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別れと
▪️
「いやー、今回は大変だったねえ」
馬車に揺られながら、ペトラは窓から顔を出して大空を仰いだ。燦々と照りつける日差しは容赦なく大地に降り注ぎ、芽吹いたばかりの若葉を青々と染める。
ラングウェイ家の問題は全て解決した。
病に伏していたボリスは月の雫によって回復し領主としての仕事に復帰。ソラスも自分の中で折り合いを付けたのか、元の明るい性格を取り戻していた。
ギルド・ハーメルンに対する報酬はグラウが提示した通り、ボリスの人脈から事業を発展させる事だ。様々な分野で活躍するハーメルンにおいては人脈は不可欠。今回の件でボリスとの関係はより強固となったと言えるだろう。
対してオルクスーーーープレジール側の報酬はまた特別だった。
依頼に対して最初にウォルフが持ち掛けたのはギルドの改築、及び業者の斡旋である。ドルドゥの街には魔術師以外にも職人が多く滞在しており、その中でも特に腕の良い職人を派遣して欲しいとの事だ。
依頼がボリスが特に懇意にしている職人は世界的にも有名で、ウォルフ自身も興味があったという。オルクスがそれを聞かされたのは料理を振る舞った後らしく、指示は雑なくせに抜け目のない己のギルドマスターにため息を吐いた。
「まあそんな顔をするな。ウォルフさんの考えはお前にとってもメリットだぞ?」
手土産に持たされた酒を片手にグラウは上機嫌だった。
「メリット? 俺に?」
「ああ。職人として名高いフォビルと弟子達が得意とするのは改築だ。このタイミングでギルドの改築となれば、当然、お前が料理人として存分に腕を振るえる様にキッチンを広くするんだろうよ」
「キッチンを……広く」
「お、少しは乗り気になったな?」
「!? 別に、嬉しくなんかないぞ」
「あはは、ツンデレきもーい」
リリーナは隣の席でその様子を見てニヤニヤしているが、「ま、でも今回はオルクスくんに感謝だよ」と笑みを浮かべた。
「私達だけじゃミストヴェノムはどうにも出来なかったし、料理だってオルクスくんのお陰だ」
「へえ、リリーナえらくオルクスの事褒めるじゃん。もしかして……」
「可能なら夫にしたいね」
「ぶッ!」
「んなッ!?」
「ふむ」
唐突な言葉にそれぞれが異なった反応を見せた。その様子に悪ノリしたリリーナは、手慣れた手付きで胸元のボタンをいくつか外した。露わになった谷間を強調しながらオルクスに擦り寄る。
「私は強い男性が好きなんだ。料理が出来るのもポイントが高いね。目付きはちょっと怖いけど顔も整ってるし……」
「おいやめろ、押し付けるな!」
「ん~? 何を押し付けるなってえ?」
「グラウさん、コイツをどうにかしてくれ!」
「すまん、ハーフエルフは年に数回、発情期があるんだ」
「は、発情期?」
「お前も男なら、な?」
「いやいやいや、おかしいだろう!」
「ほらほら、グラウくんもこう言ってるし。次の街に着いたら、ね?」
「ね? じゃない!」
「こうなったリリーナは大変だよオルクス。頑張ってね!」
「応援してないで引き剥がしてくれ! こら服を脱がそうとするな!」
「遠慮しなくていいよオルクスくん、私は経験豊富だから安心してよ」
「ああもう! 俺は自分で帰るッ!」
オルクスは逃げる様に馬車から飛び降りた。
「ちょっとオルクス、怒んないでよ冗談じゃん」
馬車の屋根の上でペトラは胡座をかいて笑う。
しかしオルクスは肩で息をしながら乱れたコックコートを整えた。
「ど、どこが冗談だ!」
「本当だよペトラちゃん。私は本気だったよ」
「え、マジ?」
「クク、賑やかなものだな」
空になった酒瓶を揺らしながらグラウも笑う。依頼が無事に完遂したせいもあり、オルクスを除いた全員が上機嫌だった。
「それはそうと、月の雫だがな」
「……月の雫?」
急に話題が変わって怒りを削がれた。
「あの水は元々、低級の回復薬くらいの効能しかなかったそうだ。だが数年前から飛躍的に効果が上がり、万能薬たらしめる存在へと昇華したとさ」
「…………」
「あのリゾット、ソラス嬢の母親の思い出の料理だったな。亡くなってなお強く残る想いや願いってのは不思議なもんで、月の雫にも影響を及ぼしたんだろう。昔は効かなかった病すら治してしまうんだからな」
「それはつまり、クラリアさんの願いが月の雫の効果を上げたと?」
「ま、たまたまかも知れんがな」
クラリアが亡くなった病はボリス伯と同じものだ。かつては月の雫が全く効かなかったが、ボリスは一日で回復するまでに至っている。
そこにクラリアの願いが込められているかは定かでは無いが、そう考えるのがしっくりくるとグラウは話を纏めた。
「さてオルクス、俺達はこのままハーメルンに戻るがどうする?」
馬車を降りたオルクスに問いかける。
「……このまま乗っていたら俺は落ち着けないから歩いて帰る」
「クク、そうか。なら近くにあるデルトール海岸に寄ってみろ。今の時期なら活きの良い【クルーアルシュリンプ】が獲れるぞ」
「クルーアルシュリンプ……あの高級食材の?」
「これは秘密の情報だが、俺もこう見えてお前には感謝しているからな」
グラウは一枚のコインをオルクスに投げると、手をヒラヒラさせて馬車を出した。
「これは?」
表面にはハーメルンのギルド名が記されており、周りには細やかなレリーフが刻まれている。金貨に近い鉱物で出来ており、単体でも高価なものだと分かった。
「仕入れで困ったらそのコインを見せろ。ウチの得意先ってことで良くしてくれる筈だ」
「グラウさん……いいのか?」
「お得意様って事にしておいてくれ。逆にまたウチからも依頼するだろうからな。その時は頼んだぞ」
「う……考えさせてくれ」
「じゃーねーオルクス、また一緒に仕事しようぜ!」
「いつでもお嫁に行くからねー!」
「……全く、勝手な奴らだ」
馬車が見えなくなると、台風が過ぎた様に静けさに包まれた。
「さて、クルーアルシュリンプか……新鮮な海産物はアリだな」
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