離別から始まるシェフと勇者の物語【旧:異世界転移してきた勇者にパーティを追放されたのでシェフになります】

名無し@無名

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異変

 
 ▪️急襲

「ああ、俺の聖剣んんん……」
「まだボヤいているのか、情けない」

 ジズ平原に向かう道中、楓矢はずっと不貞腐れていた。
 頭では切り替えたつもりだが、勇者である証でもある聖剣を失ったダメージは相当だったらしく自分でも驚いていた。
 唯一、勇者としてのアイデンティティーであった聖剣を魔物に奪われたとなれば、腐るのも致し方ないと言えるだろう。加えて、女神とコンタクトが取れない状況が追い討ちとなっていた。

「ウダウダ言う暇があったら剣を振れ。その一振り一振りが己の力になるんだ」
「分かってるけどよお……」
「分かってないから言ってるんだ!」
「痛ッてえ! 尻を叩くな尻を!!」
「……ふふ」
「ん? ミリアちゃん笑ってる?」
「ごめんね。なんだか二人のやり取りが面白くって」

 夫婦漫才みたいと、流石にミリアも口にはしなかった。

「ふん、腑抜けにはこれくらい必要だ」
「ああもう分かったよ聖剣は諦める! あんなもの無くったって俺は勇者だ!」
「よしその意気だ。ではあと素振り千回!」
「腕千切れるわボケ!」
「その勢いで頑張れという意味だ」
「あはは」

 リアンの加入に若干の不安を覚えていたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
 楓矢との相性で言えば水と油だが、楓矢にはこの手のタイプが丁度いいのかも知れない。何でもズバズバ言うリアンの態度は冷たくも感じるが、忖度無しに向き合う姿勢は自分には無いものだと痛感させられる。
 楓矢の事を完全に認めきれていない自分に対し、リアンの真っ直ぐな態度が眩しくもあった。

「……お、なんか雰囲気が変わった? 肌寒いというか」
「ジズ平原に入ったね。ここは周りと違って少し気温が低いんだ」

 ジズ平原は周辺の山から降りてくる風の影響で気温がやや低く、加えて障害物になる岩なども皆無だ。見晴らしも良く広大な大地が広がる様は、大陸でも珍しい風景として有名だった。
 故に敵から見つかりやすい傾向にある為、冒険者は常に魔物の気配に神経を尖らせなければならない。

「さて、グランライノセスはどこだ?」

 辺りを凝視する楓矢だが、見た所グランライノセスはおろか魔物の気配すら感じられない。
 リアンも違和感を覚えたらしく、目を凝らして索敵を開始した。

「盗賊スキルの【鷹の目】を使ってみたが……妙だな、雑魚すら居ないだと?」
「え? じゃあ誰かが倒しちまったとか?」
「……分からん。だがこの違和感はーーーー」

 そこまで口にした瞬間、リアンとミリアは同時に反応を示した。
 ミリアは即座に【シールド】を辺りに展開し、リアンは両手に剣を携えて構えを取る。
 二人のあまりの速度に対し、楓矢が驚きを露わにする頃には状況が一変していた。
 ミリアの【シールド】を隔てた先には、ドス黒い炎が轟々と燃え盛っている。隙間なく展開された防御が無ければ、この一瞬で全員が消炭になっていただろう。

「は!? 何だよコレ」
「敵襲に決まっているだろう! しかし【鷹の目】にも反応しないだと……?」

 解せない状況にリアンは舌打ちすると、両手の剣に紫電を纏わせた。

「炎は止まないらしいな。ミリア、一瞬だけ後方の【シールド】を解除してくれ。炎の周り込みが無い部分だけでいい」
「どうするの?」
「決まっている。このふざけた炎を出している奴を叩き斬るだけだ」
「おいおい、危ねえって!」
「私を甘くみない事だな」

 ミリアは頷くと、一瞬だけ背後の【シールド】を解除した。炎がギリギリ無い部分を的確に解放すると、リアンはその隙を付いてバックステップして【シールド】の守護範囲から外に躍り出た。そのまま周囲の状況を把握すべく高く飛び上がる。

「……前方は炎の海という訳か」

 燃え盛る視界に舌打ちをすると、リアンは空中で短く詠唱を唱え氷属性の魔法【アイシクル】を発動させる。だが氷の矛先は炎では無く自らの足元。
 リアンは空中で発動した【アイシクル】を足場として炎の上を駆け抜け突破したのだ。

「無茶苦茶だなアイツ……でもすげぇ!」
「……うん、そうだね。魔法の発動までの時間やコントロール、どれも無駄が無くて洗練されている」

 驚きを露わにする二人だがリアンの躍進は止まらなかった。
 一気に宙を翔けたかと思えば、急転直下、身を翻して攻撃に転じた。両手の剣に雷を纏わせ回転しつつ、上空からの鋭い突きへと発展する。

「【轟襲(ごうしゅう)双雷斬(そうらいざん)】!」

 一瞬、炎と雷が混ざり合い視界が揺れる。
 やがてミリア達に襲い掛かっていた炎は止み、敵らしき存在の猛攻に歯止めが掛かった。

「やったか!?」
「まだ気を抜いちゃダメ!」

 ミリアは叫ぶと同時に前に出る。
 炎は消えたが硝煙で視界が悪い。だが程なくして、ようやく楓矢にも状況が理解できるようになった。

「なんだよ……あれ」

 リアンが剣を突き立てたーーーーかに見えた。
 だが実際は剣は敵にダメージを与える事は叶わず、巨大な牙によって刀身の動きを封じられている。
 そして残された“二つの頭”は再び口に炎を蓄えていた。

「ミリア!」
「任せて!」

 怯んだ楓矢とは違いミリアは魔物に接近すると、杖を振り翳して詠唱を唱える。刹那、弾ける光によって剣に噛み付いていた牙が緩みーーーーその場から離脱する。
 炎は退避しようとしたリアンに降り注ぐが、半透明の壁に遮られて拡散する。

「やはり……流石だな」

【フォトン】と【シールド】の同時発動。どちらも下級魔法ではあるが、咄嗟にこれだけ正確な発動を可能とするのは至難の技だ。
 ミリアの冒険者としての経験則、技量を信頼したリアンだったが、己の目に狂いは無かったと笑みを浮かべた。
 改めて距離を取ると、炎を吐き出した牙獣種の魔物の全容が見えてくる。体躯は人間の五倍はあるだろうが、目を見張るのはその“頭の数”だった。
 まず獅子と山羊を彷彿とさせる巨大な頭が並び、その後方ーーーー正確には“尾”に該当する部位の先端に蛇の頭が付いている。

「あの風貌……まさか」

 リアンが驚きを露わにするのも無理はない。
 当初の目的、王都に招集された最大の理由であり、討伐目標の魔神の姿に酷似している。
 その懸念を確かなものにする様に、魔物はゆっくりと頭を擡げつつ、口を開いた。

「また脆弱な人間か……流石に飽いたぞ」
「喋った、だと?」
「何をこの程度で驚いている? 少なくとも、我と同じ“魔神”と呼ばれる連中なら当たり前の事だ」
「……魔神、だと!?」
「ふむ、貴様は匂いが違うな。人間よりも醜悪な匂いがする」

 楓矢に狙いを絞ると、自らを魔神と称した魔物は牙を剥いた。

「……我が名は【キマイラ】。魔王が無きこの世界を統べる者だ」
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