銀杖のティスタ

マー

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25 師匠が語る真実①

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 翌日、日曜日。

 本来、便利屋というのは定休日を設けないものらしいけれど、最近は土日は基本休日、予約があった場合のみ仕事をするというスタンス。なので、予約の無い今日はティスタ先生は事務所兼自宅となっている仮眠室で休んでいるかと思われる。

 事前に千歳さんから教えてもらったティスタ先生の好物であるケーキを持ってお見舞いへと向かっていた。体調が悪いのにお見舞いがケーキでいいのだろうかと思ったけれど、千歳さんは「大丈夫だから」と言っていたので信じることにした。

 先生のスマホに「お見舞いに行きます」と連絡を入れておいたので問題ないとは思うけれど、会うのが辛そうならお見舞いの品だけ置いて帰ればいい。

 事務所の隣にある仮眠室の扉をノックすると、室内からガタガタと音が聞こえてくる。

 お見舞いに来たと声を掛けようとすると、扉が開いて水色のパジャマを着たティスタ先生が姿を現した。寝起きなのか、綺麗な銀髪はちょっとボサボサで、眠そうに目を擦りながらふらついている。

「んうぅ……千歳さんですかぁ……?……今日は休みだって……」

「先生、僕です」

「…………ぎゃあーーっ!?」

「うわあああっ!? なんかごめんなさい!!」

 突然悲鳴をあげたティスタ先生に驚いて、僕は思わず目を逸らす。

「す、すみません! 10分……いや、5分だけ待っていてください!」

 ティスタ先生は勢いよく扉を閉めたかと思うと、仮眠室の中でドタバタとしながら片付けをはじめたようだ。

 いつもは平気で僕の前で下着姿になったりするほどズボラなのに、今日はパジャマ姿を見られたくらいであんなに取り乱すなんて、やっぱり最近の先生は少し様子がおかしい。



 ……………



「……お待たせしました、トーヤ君」

 白いセーターに紺のロングスカートという私服に着替えた先生は、仮眠室の扉の隙間から顔を覗かせた。

「突然お伺いして申し訳ありません。最近、体調が優れないようなので先生の好物を買ってきたんですが……」

「すみません、寝ていたので気付きませんでした……おぉ、これはっ!?」

 僕の持っていたケーキの箱を見て、ティスタ先生は目を輝かせる。千歳さんから事前に聞いていた通り、とても好きな様子だ。

「これ、お見舞いです」

「駅前の1日30個限定のロールケーキではありませんか! これは寝ている場合ではありませんね! トーヤ君もよかったら一緒に!」

「あ、え、いいんですか? 中に入っても?」

「せっかくだしふたりで食べましょう。さぁ、どうぞ」

 満面の笑みを浮かべるティスタ先生に誘われて、仮眠室へと入らせてもらった。

 そこは仮眠のための部屋というよりも、ティスタ先生のプライベート空間。ソファーやテーブル、本棚や薄型テレビ、小さめのベッドや冷蔵庫もある。仮眠室ではなく、完全にティスタ先生個人の部屋だ。

「千歳さんが色々と気を回してくれて、家具を取り揃えてくれたんです。広くはないですが、居心地はいいですよ。魔術師の根城とするには、少々小さすぎますけれどね」

 4畳半の部屋全体を上手く活用した秘密基地のような空間。この便利屋を始める前は海外を渡り歩いていたので定住することが無かったというティスタ先生からすれば、こうして雨風をしのぐことが出来るだけでもありがたいのだそうだ。

「せっかく美味しいケーキを買ってきてくれたんですから、タダで帰すわけにもいきませんね。何か魔術絡みの勉強になるお話をしてあげましょうか?」

 狭い室内で憧れの女性とふたりきり、年頃の男子なら誰もが憧れるようなシチュエーションの中、一緒にお茶をしながら話をできるとは、僕はなんてラッキーなんだろうか。

「……そういえば先生、体調は?」

「あ、あぁ、いや、体調は……もう大丈夫ですので」

「それなら良かったです。良い機会なので是非色々とお聞きしたいです」

 僕の知らない魔術師の歴史はまだまだたくさんある。半魔族という立場でありながら、僕は魔族の歴史に関してあまりにも無知だ。見習い魔術師として、機会があるのならば学べるうちに全力で学んでおきたい。
 
 ティスタ先生にそう伝えると、持っていたコーヒーカップをテーブルの上に置いて神妙な面持ちで語りはじめた。

「キミに教えていないことはたくさんあります。魔術師と呪術師の確執の理由、そして――」

 ティスタ先生は、なにか悩んでいるように見える。もしかしたら僕に伝えにくいことなのかもしれない。少し躊躇した後、先生を意を決したかのように視線を真っ直ぐとこちらに向けてくる。

「魔族の故郷、魔界が滅んだ本当の理由です」

「……え?」

 魔術師と呪術師の確執の話から、どうして魔界の話になるのかわからない。魔界は人間との戦争で滅んだと聞いている。

「どういうことでしょうか。僕にはさっぱり……」

「キミにとっては辛いお話になるかもしれませんが、いつかは必ず話そうと思っていました。魔術師を志すなら、必ず知っておいてほしいことなので。……聞いていただけますか?」

 僕は一瞬躊躇した後、ティスタ先生の顔を見る。その碧い瞳は、僕を真っ直ぐと見据えている。

「お願いします、先生」

 僕はゆっくりと頷いた。これから知ることには覚悟がいる――先生の表情からはそんな気持ちが伝わってくる。きっと楽しい話ではない。そうだとわかっていても、知っておく必要がある。僕は人間と魔族の血が交わった半魔族として、現実を受け止めなくてはいけない。

「……魔族の世界は、人間が作り出した呪いで滅ぼされたんです。あれは戦争などではなく、虐殺でした」

 ティスタ先生の口から語られたのは、魔界滅亡の本当の原因。

 そして、これから起こりうるかもしれない最悪の未来。先生を含めた多くの魔術師達が、人間に対して絶望した本当の理由だった。
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