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29 短期留学
しおりを挟む「留学、ですか?」
「はい、日本にある魔術学院の分校への国内短期留学です。キミにとって良い経験になると思いますよ」
ティスタ先生からそんな提案があったのは、12月の半ばのことだった。
この日本にも魔術学院の分校が存在しているそうで、そこへ1週間ほどの短期留学をさせてもらえるとのこと。僕にとっては願ってもない機会である。
「ぜひお願いします!」
「キミならそう言ってくれると思いました。では、トーヤ君の通っている高校に連絡を入れておく必要がありますね。それと、1週間分の着替えを用意しておいてください。寝泊まりは学院寮を借りるので」
「わかりました」
「トーヤ君と同じくらいの年齢の子が多いので、見習い魔術師の友達を作る良い機会です。短い期間ですが、存分に楽しんできてくださいね」
「はい、しっかり勉強してきます!」
「あー……勉強に関しては、すでに私の方から教えてしまったこともあるのでキミにはもう必要のないものかもしれないです。今回は、そういった環境に身を置くことによって、トーヤ君自身が自分の魔術をどれほどのレベルで使っているのか察してもらうことが目的です。それと、同世代の子達と一緒に切磋琢磨する雰囲気を楽しんでください」
「なるほど……」
分校とはいえ、日本に唯一ある魔術専門の学院。きっと僕よりも遥かにレベルの高い見習い魔術師がいるに違いない。
「少しの間ですが、私の元から離れて勉強をすることになります。頑張ってくださいね」
先生は便利屋としての仕事もあるから、一緒には行けないとのこと。残念だけれどこればかりは仕方がない――なんて考えていると、僕達の会話を聞いていた千歳さんから新しい提案があった。
「ティスタ、こっちの仕事は私に任せてトーヤ君と一緒に行ってあげなよ。心配なんだろう?」
「いや、でも……さすがに千歳さんひとりに全部押し付けるわけにも……」
「所長の私がそう言ってるんだから、気にしなくていい。出張手当もちゃんと出すよ。それに自分が作った学院に顔を出しておいた方がいいんじゃないか」
「うっ……」
驚くことに、日本に魔術学院の分校を作ることを主導したのはティスタ先生。僕が知らないだけで、先生は色々なところで魔術師のために尽くしているようだ。
国定魔術師として、見習い魔術師が正しい道を進めるように教育をするための場所、魔族保護特区では特に必要になる教育機関だと思ったティスタ先生やその賛同者たちが作った分校らしい。
「先生、学院の分校を作るなんて本当にすごいですね!」
「私が関わったのは資金の提供や魔術教師の育成だけですよ。それに生徒の数は年々減ってきているそうなので、将来的には存続も危ういです。今では全ての学年の生徒を合わせても30人ほどしかいないと聞いていますから」
魔術学院は自主退学をする見習い魔術師が多いらしい。その理由の大半が「自分に才能が無いと思い知ってしまったから」というものなんだとか。
魔力の質と量、行使できる魔術の数、一族相伝の秘匿魔術――魔術の才能は血筋で決まりやすいそうで、誰もが一流の魔術師になれるわけではない。魔術学園に通い続けて3年生になれるというだけでも凄いことらしい。
「そんな話を聞いちゃうと、僕は上手くやれるか不安ですね……」
1週間という短い期間とはいえ、才能溢れる見習い魔術師達に囲まれながら仲良く過ごせるだろうかと不安になる。
そんな僕の様子を見て、ティスタ先生と千歳さんはキョトンとした表情をしていた。
「……トーヤ君。自覚が無いようなのでちゃんと伝えておきますが、キミは今の時点でも魔術師として充分に練度が高いです。もっと自信を持ってください」
「ありがとうございます」
ティスタ先生は優しいからこう言ってくれているけれど、先生に比べたらまだまだ僕は未熟だ。
先生の隣で一緒に仕事をしていきたいなら、もっと上を目指していかなくてはいけない。魔術学院への短期留学という機会を活かして、自分の成長につなげていきたい。
想像がまったくつかない魔術学院という場所で、どんな経験を積むことが出来るのか今から楽しみだ。
「そういえば、その魔術学院の日本の分校はどこにあるんですか? 今までそんな場所があるということを聞いた事が無いのですが」
「えぇ、公表はされていません。それについては後日説明します。魔術的な手段で隔絶された場所に存在しているので、行くには少々時間が掛かるのです。2日ほどで準備が出来ると思うので、キミは外泊の準備とご家族への連絡をしておいてください」
「わかりました」
「人間、魔族、半魔族――様々な種族が入り乱れている学院ですが、きっとトーヤ君にとっては良い出会いがありますよ」
僕と同じ半魔族もいると聞いて、一層興味が湧いてきた。今までも人間の世界で暮らす半魔族とは話をしてきたけれど、魔術師を志す半魔族と会うのは初めてのことだ。
人間の世界とは違う、隔絶された魔術師の世界――いったいどんな場所なのだろうか。今から楽しみで仕方が無い。
期待で瞳を輝かせる僕の様子を見たティスタ先生と千歳さんは、なんだかとても嬉しそうな表情をしていた。
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