銀杖のティスタ

マー

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30 雪の道中

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 魔術学院日本分校への短期留学、その出発の日。僕はティスタ先生に呼ばれて、便利屋の事務所へと足を運んだ。

 事前に「防寒対策をしっかりとしてくるように」と言われていたので、いつも以上に厚着をしている。寒いのが苦手な先生は、魔術師の象徴である白い外套の下にしっかりと厚着をして、更に大量の使い捨てカイロまで装備している。

 厳重装備な先生も気になったけれど、それ以上に気になるのは――

「先生、これは……?」

 事務所内にあったテーブルや椅子は端に寄せられていて、代わりに床の中心には丸く大きな紋様が描かれていた。いわゆる「魔法陣」というやつだ。

「これから向かう魔術学院の分校は、徒歩や車では行けない領域にあります。実際に日本に存在してはいるのですが、二重に施された高度な結界魔術に囲まれているので簡単に立ち入ることができません。これは、その1枚目の結界を超えるための準備です」

 ティスタ先生は説明をしながら僕に銀のプレートを渡してきた。

「そしてそれは、2枚目の結界を超えるための通行証だと思ってください。行き先は正に陸の孤島。人間の世界とは隔絶された空間となります。まずは転移魔術を使って、結界を1枚越えた学院周辺へと直接飛びます」

「……はい」

 先生から渡されたのは磨き上げられた鏡のような銀のプレート。通行証としてどう機能するのかはわからないけれど、駅の定期券のようなものだろうか。

 魔力を持たない者は立ち入る事すら出来ないという場所。見習い魔術師が集う学院では、いったいどんな経験をする事が出来るのだろうか。

「転移魔術で移動をするのは初めてなんですが、何か注意点はありますか?」

「そういえばキミは初めてでしたね。ちょっと眩しいくらいで、特に気を付けることはありません。転移先の座標がしっかりと定まっていて、安全を確保できている場所であれば、そこまで難しいものではありません。キミにもいつか教えますね」

 ティスタ先生は説明を終えた後、魔法陣へ手のひらで触れて魔力を流し込んだ。魔法陣は青白い光を放ち始める。これで準備完了らしい。
 
「では、行きましょうか」

 ティスタ先生は僕に向かって手を伸ばす。ちょっと恥ずかしかったけれど、僕は彼女の手を握った。よく考えてみたら、こうして先生と手を繋ぐなんて初めてのことかもしれない。

 手を繋いだまま魔法陣の中心に立つ僕達に向けて、その様子を見守っていた千歳さんが声を掛けてくる。

「トーヤ君、頑張ってね。ティスタ、お土産よろしくね!」

 先生は苦笑いしながら「わかりました」と返した。僕も「いってきます!」と元気に返す。それと同時に、目の前が真っ白な光に包まれた。



 ……………



「トーヤ君、終わりましたよ」

 ゆっくりと瞼を開くと、そこはまだ真っ白だった。目が眩んでいるわけではない。目の前には一面の銀世界。降り積もった雪に太陽の光が反射して、神秘的な雪景色が広がっていた。

「……ここ、どこなんでしょうか」

「東北地方の山に囲まれた場所です。歩きながら説明をしましょう。ついてきてください」

 前を歩くティスタ先生の背中を追いながら、除雪車が通った後のような雪道を歩く。久しぶりに踏みしめた雪の感触に感動しつつ、目的地へと向かう。

「元々は廃村となってしまった場所に、魔術学院の分校を作りました。国から許可を得てはいますが、さすがに魔術師が集まる場所を公には出来ないので特殊な結界魔術で存在を秘匿されています」

「じゃあ、どうやってそこまで行くんですか?」

「特定の場所で結界破りの魔術を使うか、ここへ来る前にキミに渡した「通行証」があれば魔術学院へと立ち入ることができます。魔術の素養が無い者には知覚すら出来ないという仕様になっていますので、本当に魔術師しか見ることのできない場所なんですよ」

「すごいですね……」

 ティスタ先生の言っていた結界魔術は、並の魔術師には扱えない高度なものなのである。しかも特定の者にしか知覚できないという条件付けまでしているとなると、はっきり言って僕は不可能だ。

 先生から魔術を教えてもらうようになってから、僕には「この魔術なら出来る」というイメージがなんとなく湧いてくる。

 教えてもらった魔術を自分が使っているイメージが出来る魔術は、時間を掛ければ習得できると思えることが多い。これは僕の中にある魔族の遺伝子に魔術の行使の仕方が刻まれているからだとティスタ先生は言っていた。

 人間が息をする方法を生まれながらに知っているように、僕の身体も魔術の使い方を知っている。 

 でも、その結界魔術というものに関しては自分が使っているイメージがまったく湧いてこない。僕がそんな疑問を持つことを見越していたかのように、ティスタ先生は説明してくれた。

「人間にも、魔族にも、ごく稀に「その魔術師にしか行使の仕方が理解できない魔術」を持つ者がいます。これを私達魔術師は「魔法」と呼ぶこともありますね。現代風に言い換えるなら「超レア能力」って感じでしょうか」

 ティスタ先生の扱う「銀の魔術」もその魔法の一部らしい。

「魔術師一族の相伝であったり、元々身に付いていた魔術が突然変異で独特のものに変わったり、パターンは色々とあります。私の場合は前者ですね」

「なるほど。先生の使う魔術は、普通の人には仕組みが理解できないということですか」

「えぇ。一応、どんな相伝の魔法にも魔導書――いわゆる取扱説明書は存在していますが、使うに値する者にしか読み解けない仕組みになっています。そんなだから魔術師界隈は衰退していく一方なんですけれどね」

 例えるなら、専門用語しか書いていない機械の設計図。素人にはさっぱりわからない言葉や図形が並んでいるようにしか見えないのだという。

「プラモデルを作ろうとしたら、説明書には知らない言語、パーツはバラバラで番号も振られていない。理解のできない者にはガラクタにしか見えないということですね」

「なるほど、わかりやすい……」

 雪道を歩きながら始まったティスタ先生の青空教室、僕は懐から取り出したメモ帳へ書き記していく。

「キミは本当に勉強熱心ですね。教えているこっちまで楽しくなってしまいます」

 僕の様子を見て、先生は嬉しそうに笑った。

「その調子なら、学院での授業も楽しめると思います。さぁ、到着しましたよ」

 ティスタ先生は歩みを止めて、目の前を指差した。そこには何もない。雪原が広がっているだけだ。

「何も無いのですが……本当にここが……?」

「たまには難しい課題を出してみましょうか。ここから先、どうやって進むと思いますか?」

「えぇっ!?」

 何もない雪原のど真ん中、僕の素っ頓狂な叫びが響いた。

「わからなかったらヒントもあげますから頑張ってみてくださいね」

 先生は笑顔を浮かべながら、僕の後ろに立って様子を見守ってくれている。彼女の期待に応えるためにも、なんとか自力で解決したい。目の前にある何もない雪原を見ながら、僕はここから先への進み方を考える事にした。
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