銀杖のティスタ

マー

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45 暗雲

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 3月。

 魔術師、便利屋、学生という3つの生活、大忙しだけれど充実した生活を送る中、便利屋の面々は日々増えていく魔術犯罪に気を張り巡らせていた。

「……不自然ですね」

 依頼を終えた後。事務所での休憩中にティスタ先生は俯きながら呟いた。

「魔術を使った犯罪が増えていることですか?」

「それもありますが、その魔術犯罪の大半の犯人が短絡的なものばかりなんです。先日の透明人間の万引き集団、他には連続痴漢事件、コンビニ強盗……」

「大半が街のチンピラや半グレでしたね。そういった人達へ魔符を売り捌いている魔具商人がいるらしいですが、未だに正体不明……というか、もしかしたら同一人物ではないかもしれないですね」

「魔符をばら撒いたことによる魔術犯罪の増加、そういった事態を起こす意図が見えてきません。魔符を売りつけるにしても、もっと金払いの良い組織にでも売り込めばいいはずですし」

 先生の言う通り、全国で発生している魔符を利用した魔術犯罪に手を染めた者の中には、どこにでもいそうな不良やチンピラ、半グレだけではなく、職を失って自暴自棄になった者までいる。

 金儲けのために魔符を売り捌くのなら、そういった者達よりも最適な相手がいるはずだ。

「……魔符の売買組織の代表は、ティスタ先生が以前に教えてくれた「ガーユス」という魔術師なんでしょうか」

「それに関しては間違いないでしょう。世界的に見ても、あの男くらいしか魔術を応用した物を金儲けに使う魔術師はいませんから。売買に関しては、部下にやらせているのかもしれません」

「大した儲けも無いのに、魔符を売り捌く理由……」

 魔術師殺しという恐ろしい異名を持つガーユス。魔術師を殺すことを生業としているなら、どうして魔符を拡散させて魔術を使う者を増やそうとしているのだろうか。

 ティスタ先生は「これは私の推測ですが」という前置きをして、これから魔術師殺し何を考えているのかを話してくれた。

「無意味なことをする男ではないですから、何か大きなことを隠すために小さなトラブルをいくつも起こしているのかもしれません。同時に、この国にいる数少ない魔術師を疲弊させるためとも考えられます」

「ガーユスの行方がわからない以上、僕達は後手に回るしかありませんからね」

 わからないことは多いけれど、それでも世間で起きている魔術犯罪を放置しておくわけにはいかない。今は出来ることをするしかないのである。

「……あ゛ー……」

 考えるのに疲れたのか、ティスタ先生は頭を抱えながら事務所のソファの上に寝転がってしまった。

「先生、寝るなら仮眠室へ行きましょう。風邪を引きますよ」

「この前みたいに連れて行ってくださーい……」

 相変わらず僕とふたりの時は素の自分を出してくれることが多いけれど、こうも無防備だと僕も彼女をからかいたくなってしまう。

「わかりました」

 僕はティスタ先生が寝転がるソファまで近付いて、彼女をお姫様抱っこした。

「……え? えっ? ちょ、ちょっと……」

 突然のことで困惑するティスタ先生を抱きかかえたまま、仮眠室へと向かう。顔を真っ赤にして、まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまった先生の様子を楽しみながら、僕は事務所の扉を開けようとすると――

「ただいま、戻ったよー」

 外回りを終えた所長の千歳さんと兄弟子の金井さんと鉢合わせてしまった。

「あ゛っ……」

 4人全員、同じような声を出した後に固まる。気まずい静寂の中、最初に口を開いたのは千歳さんだった。

「お持ち帰りの途中に邪魔してごめんね……?」

「い、いや……そういうつもりでは……!」

 僕の弁解が終わる前に、僕に抱かれたままのティスタ先生が小さく呟く。

「え、違うの……?……私のことを弄んだの……?」

 泣きそうな顔をしながら僕の顔を見上げるティスタ先生。そんな彼女をかわいそうな目で見る所長と兄弟子。みんなで悪ノリしている。

 そんな中、兄弟子は僕にお姫様抱っこされている先生のことをスマートフォンのカメラで撮影し始めた。

「あ、てめっ、撮ってるんじゃねえぇぇぇ!」

「ぎゃあああああ!?」

 僕の腕から離れたティスタ先生が、どこからともなく取り出した銀の杖で兄弟子の尻をシバき倒す。それを見て爆笑する千歳さん。事務所の入口は混沌と化していた。



 ……………



「ティスタの考えている通りかもしれないね。最近の魔術犯罪の頻度は異常だよ」

 僕と先生の見解を千歳さんにも伝えると、疲れた表情で溜息を吐いていた。この便利屋近辺だけで起きた魔術犯罪の件数は10を超える。年に数回あるくらいのハードな依頼が、ここ数ヵ月で何度も来ているという。

「トーヤ君、ティスタは大丈夫かい?」

「大丈夫、といいますと?」

「あの子、周囲に自分の疲れを悟らせないからね。魔術を使った犯罪がこれだけ立て続けだと、心身共に結構キてるんじゃないかと心配でさ」

 人々のために魔術を使う先生にとって、こうした犯罪に何度も遭遇するのは気持ちの良いものではないだろう。それは僕にも理解できる。

「確かに、仕事が終わって事務所に帰ってくるとすぐに寝てしまうことが多くなった気がします」

「……そうか。ちゃんと休める時に休むように言っておいてくれ。もちろん、キミもね」

「はい、わかりました」

 魔術を使えても、その身に溜まった疲れはそう簡単には取れない。今も仮眠室で身体を休めている先生のために出来ることはないかと考えていると、留学していた魔術学院のクラスメイト達から魔術師への昇格祝いで送ってもらった魔導書のことを思い出した。

 全身の魔力の流れを良くする魔術、眼精疲労を取る魔術など、様々な魔術的健康法が記されたものだったと記憶している。自分の身体でも実践してみけれど、結構な効果があった。

(……先生にもやってみてあげようかな)

 ボディタッチの多い魔術なので女性に対して使うのは少々気が引けるけれど、今後のことを考えるとやっておいて損は無い。……決して邪な気持ちは無い。これは仕事に必要なことなのだから。
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