47 / 71
46 急転
しおりを挟む「うひぃ~……これは効きますねぇ……」
日頃の疲れを取るため、ティスタ先生の肩を魔力を使ってマッサージ中。魔導書に記されていた魔術的健康法は僕のような治癒の魔術を使う者には相性が良いらしくて、思った以上に効果があるらしい。
「この手の魔術は得手不得手が出るものですが、キミは本当に上手いですね……」
「恐縮です」
仮眠室で身体を休めていたティスタ先生を少しでも癒せるように誠心誠意、丁寧なマッサージを続ける。相手が憧れの女性とはいえ、決して邪な心を持ってはいけない。これは彼女を労るための行為なのだから。
「魔力というのは血液のように身体を循環しているものですから、こうして魔力を使ったマッサージをしてもらうと調子が良くなるんです。肩こりだけではなくて、魔術の調子も戻りそうですね……あぁ~……」
「最近、働き詰めでしたからね」
「えぇ、おかげですっかり本調子! 仮眠室に入ってきて「マッサージします」と言われた時は「いったい何をする気なんだ」と驚きましたけれどね」
背後で肩のマッサージを続ける僕に向けてそんなことを言いながらクスクスと笑うティスタ先生。一方、あらゆる欲を捨て去った明鏡止水の境地へと至っていた僕は、彼女からのそんな冗談にも素っ気無く返答してしまった。
「あはは、そうですねー」
「……トーヤ君、さっきから様子がおかしいですよ。顔つきもまるでチベットスナギツネみたいだし」
「明鏡止水なんで」
「ちょっと何を言っているのかわかりませんが、ありがとうございました。おかげでスッキリ、これなら全力を出せます」
マッサージを終えると、先生は肩をクルクルと回して身体の調子を確かめる。
「……うん、すっかり疲れも吹き飛びました。これで「もしもの時」も大丈夫でしょう」
「もしもの時?」
「魔術師殺しが……ガーユスが本格的に動き出した時は、私か千歳さん、あるいはふたりで対応することになります」
ティスタ先生は魔術師殺し・ガーユスと2回戦った経験があって、最初は敗走を余儀なくされたけれど、2度目は千歳さんとの共闘で追い詰めたと聞いている。今回も同じようになるだろうと予想しているらしい。
「万が一、私と千歳さんが殺された場合のことを話しておこうと思いまして」
「そんな、やめてください。縁起でもない」
「もちろん全力は尽くしますが、絶対はありません。もしもの時は、キミは自分のご家族と兄弟子の金井さんと一緒に国外へと逃げてください」
そう言って渡されたのは、3枚の書類。これがあれば、国定魔術師の権限で最優先で国外へ飛ぶ飛行機に乗ることができるのだという。
「この国の偉い方々はガーユスという魔術師を過小評価しています。最悪の場合、あの男は単独で国家転覆をさせるでしょう」
「……この国が滅ぶということですか?」
話のスケールが大きくなり過ぎて目眩がしそうだった。たったひとりの魔術師が国をひとつ滅ぼせるなんて思えない。
「本当の話ですよ。ガーユスはじっくりと準備をする時間さえあれば、単独でこの国の人間を皆殺しに出来ます」
「…………」
絶句する僕に向けて、ティスタ先生は淡々と説明を続けた。
「例えば、日本には100を超える活火山があります。ガーユスの扱う炎と熱の魔術は、大掛かりな準備をすれば、それらを一斉に噴火させることも可能です」
「日本列島全体に魔力を張り巡らせるということですか? そんなの、魔力が足りるはずが――」
「例えるなら、ダイナマイトの起爆スイッチを押すのと一緒なんです。導火線に火を放ち、活火山に仕込んだ魔力雷管を作動させて……ドカーンとね。魔術工学を組み合わせれば可能なことです。時間は掛かりますし、これは極端な例ですけれど」
実現してしまえば、日本列島は火砕流と火山灰、有毒なガスなどの影響で住めるような場所ではなくなる。
「そんなの、どうすればいいんですか」
「……そうなる前に捕らえるか、殺すしかないです」
幸い、そうした大規模な魔術を使おうと準備をすれば勘の良い魔術師ならば予兆を察知できるので今のところは大丈夫とのこと。
「安心はできませんが、今すぐ日本国民が火山噴火で吹っ飛ぶなんて最悪の事態は無いでしょう。ガーユスに勝てる魔術師や呪術師が日本に健在ならばの話ですが」
ガーユスは用意周到で警戒心が強く、敵と見なした相手には手段を選ばないという。その一方で魔術師としてのプライドの高さは人一倍らしく、自分よりも格が下だと判断した魔術師への攻撃は躊躇が無いとのこと。
一見すると人当たりが良さそうな男だけれど、その言葉の端々から感じ取れる傲慢さは隠しきれていないらしい。会ったこともない人だけれど、ティスタ先生の口振りからしてろくでもない魔術師なのは明白だ。
そして先生は最後に「ヤツを人間だとは思わないで」と強く念を押した。
「色々と説明しましたが、私が一番言いたいのは「もし私や千歳さんが殺されても敵討ちなんて考えずに逃げろ」です。命あっての物種ですよ」
「そんなことはさせません」
「ふふ、そうやってカッコいいことを言われてしまうと頼りたくなっちゃいますねー」
「真面目に言っているんですよ」
ティスタ先生の前に立って、小柄な先生を見下ろしながら強い口調でそう言った。僕の真剣な様子を見て、先生は少し顔を赤くしながら頷く。
「……わかった。本当に困った時は、キミに頼らせてもらうね」
小さく呟いた後、ティスタ先生は僕の胸元に額を当てたまま動かなくなってしまった。僕はそっと彼女の身体を抱き締める。その肩は思っている以上に小さく、とてもか弱い。
しばらく無言で抱き締めていると、廊下から足音が聞こえてきて、仮眠室の扉が勢いよく開いた。
「ティスタ!」
ノックもせずに扉を開けたのは千歳さんだった。いつものように僕達を茶化すようなこともなく、慌てた様子でティスタ先生を呼びに来た。緊急事態のようだ。
「邪魔をしてすまない。ティスタ、すぐに出る。準備を」
「じゃあ、僕も――」
僕がそう言うと、千歳さんは少し考えた後に笑顔で「今回はいい」と言われた。
「悪いけれど、トーヤ君には留守番を頼んでいいかな」
「……はい、わかりました」
何が起きたのか聞き出そうとしたけれど、そんな余裕が無いくらいに千歳さんとティスタ先生はすぐに出発の準備を始めて、気付いた頃には事務所からいなくなっていた。
言い知れない不安の中、僕は兄弟子と一緒に便利屋の店番をすることになった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる