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48 反撃
しおりを挟む目の前にいるのは今まで何人もの魔術師を殺してきた殺人犯。肌がひりつくような緊張感の中、僕は彼に質問をする。
「……もしこの場で僕があなたの提案を受け入れれば、そこにいる兄弟子は見逃してもらえますか?」
最悪の事態を避けるためにも、今は彼の言葉に従うしかない。せめて兄弟子を安全な場所へ移動させてあげたい。
僕のそんな甘え考えを見透かしたかのように、ガーユスは答えた。
「それはできないね。俺の仲間になってくれるのなら、ロクでもない魔術師はちゃんと殺してくれなければ困る。一思いに、キミが兄弟子にトドメを刺してあげればいい」
論外。無駄な抵抗だとしても、戦う以外の選択肢は無い。僕は全身に魔力を漲らせて、臨戦態勢へ移行する。
「おっ、やる気かい? いいね、勇気のあるヤツは好きだよ」
「勝てるとは思っていません。でも、兄弟子にだけは手出しをさせない」
「……理解できないな。その才能を利用されているだけだというのに、どうしてそんなに人間のことを庇うんだ。優し過ぎて気持ちが悪いよ」
「あなたが気持ちが悪いと感じる人間の優しさに助けられたこともあったからです。あなただって、一度くらいはあるでしょう」
ガーユスは首を捻りながら「何を言っているんだ」と言いたげな表情で僕を見ている。そんな彼を目の前にしながら、僕は彼の心に訴えかけるように話を続けた。
「赤魔氏族……あなたの家族や同胞達が人間に滅ぼされたのは知っています。それで人間を恨むのも当然だと思います。それでも、復讐のあとには何も残らないですよ……!」
ティスタ先生と同じく、一族を人間に滅ぼされたのなら人間への恨みがあってもおかしくはない。同情はするけれど、決してその行いを許容はできない。
話が通じるのであれば、言葉を尽くして説得できないだろうかと一縷の望みにすがる思いで彼に自分の思いを伝えた。
「あぁ、そうか。赤魔氏族って人間に滅ぼされたことになってるんだったな。実はさ――」
ガーユスはソファからゆっくりと立ち上がって、僕の目の前に立った。耳元まで顔を近付けてきて、小さな声で真実を語った。
「あれ、滅ぼしたのは俺なんだ」
「…………え?」
発言の意味がわからずに困惑する僕に向けて、ガーユスは語り続ける。
「他の魔術師一族は人間に滅ぼされたけれど、赤魔氏族だけは俺が皆殺しにしたんだよね」
「なん、で、どうして、自分の一族を――」
「連中は人間社会との融和のためにって、魔術の知識を人間に提供したんだ。それって俺の理想とはまるで逆の行為だったからね。言うことを聞かないから、一族郎党皆殺しにした。……いや、流石にちょっと話を盛ったかもしれない。末裔くらいは残っているかもね」
「…………」
絶句する僕に向けて、ガーユスは楽しそうに自分語りを始めた。
「魔術っていうのは、俺やキミのように選ばれた者だけが使うべき異能なんだ。実際、人間に魔力を込めた近代兵器を売り捌いたら、犯罪に手を染めたり、勝手に殺し合いをして数を減らすくらいに愚かだしさ。でも、そのおかげで俺には金がたくさん入ってくる。魔術師としての基準にも満たないゴミを片付けられて一石二鳥だ」
「……あなたは、なにをしようとしているんですか」
「民族浄化。純粋な魔術師だけの優しい世界を作ろうって思っている。魔族や半魔族、そして純粋な魔術師が共存する世の中だよ。キミも間違いなく得をするし、きっと楽しいよ。キミのようにいじめられるような半魔族の子供もいなくなるし、あらゆる魔族や半魔族が人間達に媚びへつらう必要がなくなるんだ。最高だろう」
ティスタ先生が「ガーユスを人間だと思うな」と言っていた理由がよくわかる。実際に話して、彼の一挙手一投足を見て、暴力を厭わない気質を感じ取って、理解した。
僕の中の魔族の血が、エルフの直感が告げている。この男は「人類の天敵」だ。あるいは、意思を持った災害とでも言うべき存在。野放しにしてはいけない。
沈黙の中、不意に事務所内に物音が響く。
ガーユスに腹を刺された兄弟子は、床に身体を引きずりながら動いていた。視線はデスクの上にあるスマートフォンに向いている。ティスタ先生達に連絡を取ろうとしてくれているようだ。
「おいおい、意外にタフだな。普通の魔術師なら半日はまともに動けないはずの魔術を込めて刺したっていうのに」
「ぐ、ぅ……トーヤさん、逃、げ……」
兄弟子の様子を見て、ガーユスの意識が一瞬だけ僕から外れた。
僕は事務所の床に手をついて、一気に魔力を流し込む。魔力の行き先は、事務所外にある街路樹。
事務所前の道路沿いに並んで立つ街路樹の内の1本に大量の魔力を流し込んで、それをコントロールする。街路樹の表面から大量に生えた植物の蔦が事務所の窓ガラスを破ってガーユスへと巻き付いた。
「……ッ!?」
魔術師殺しであると同時に歴戦の魔術師でもあるガーユス相手に、こんな不意打ちが通用するのは今回だけに違いない。
少しでも時間を稼ぐために、植物の蔦をコントロールしてガーユスを思い切り事務所の外へと投げ飛ばした。窓ガラスを突き破って吹き飛んでいったガーユスを確認した後、急いで兄弟子の元へ。
「兄弟子っ!」
刺されていたナイフを抜き取り、すぐに止血と治癒を試みた。傷は深く、出血も多かったが、塞げない傷ではない。
「トーヤさん、俺はいいから……逃げて……」
「……いいえ、このまま先生達が帰ってくるまで時間を稼ぎます。兄弟子、怪我を治してすぐで申し訳ありませんが、先生達に引き続き連絡をお願いします」
デスクの上に置いてあったスマートフォンを兄弟子に手渡して、覚悟を決めて立ち上がる。あんな危険人物を放置しておくわけにはいかない。勝てないとしても、足止めくらいはしなければいけない。ティスタ先生ならきっとそうする。
僕は兄弟子の治療を済ませて、魔術師の象徴であるグレーの外套を纏う。ガラスの割れた窓から飛び出して、ガーユスを追った。
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