銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
50 / 71

49 烈火の猛攻

しおりを挟む

 事務所の窓から投げ飛ばされたはずのガーユスは、何事も無かったかのように二車線の道路の真ん中に悠然と立って僕を待ち構えていた。

「意外と武闘派なんだな、キミは」

「すみません、咄嗟だったもので」

「ああ、別に責めているわけじゃないんだ。キミの師匠も同じようなものだし」

「光栄です」

「嫌味で言ったんだけどな……」

 僕は事務所の窓から飛び降りて地面へと降り立って、それと同時に地面へ魔力を流し込む。ガーユスの足元のアスファルトを突き破った樹木は、彼の身体を雁字搦めにした。

「素晴らしいね。その歳でここまで出来るのか。街の片隅で便利屋なんてしているのがもったいないよ」

 ガーユスは何食わぬ顔で全身に巻き付いた樹木を火炎の魔術で焼き払った。

(足止めにもならない……)

 全身に魔力を纏わせるガーユスの姿は、まるで全身を炎の鎧で包み込んでいるかのようだ。赤魔氏族せきましぞく特有の強力な熱と炎の魔術に対して、考え無しに樹木や植物を生成しても灰にされてしまうだけ。

「エルフの魔術を見るなんて、いつ以来だろうか。キミや彼等のような賢人達こそ、魔術を使うのに相応しい種族だと思うんだ。他にも――」

 ガーユスの語りを邪魔するかのように、大きなクラクション音が鳴り響いた。たまたま通りかかった大型トラック、その窓から顔を出した男性がガーユスに向けて怒声を浴びせる。

「馬鹿野郎、そんなところに立ってたら邪魔だろうが!」

 先程までの穏やかな表情とは打って変わって、恐ろしい形相でトラックの運転手を睨みつけるガーユス。背筋に冷たいものが走る。

「やめろ、ガーユス!!」

 僕が叫びながらトラックの方へと走るのと、ガーユスが大型トラックに向けて巨大な火球を放つのは同時だった。

 街中に響く爆発音。周囲のビルのガラスが割れて、肌の表面を焦がすほどの熱風が吹き荒れる。夕陽に染まっていた街中が、更に赤く染まった。

「……はは、はははっ! 大したものだ! 今のを凌いだのか!」

 ガーユスの高笑いが街中に響き渡る。放たれた巨大な火球を辛うじて防いだのは、僕が魔術で生成した樹木。トラックとその運転手の壁になるように精製した樹木は、火に強い常緑広葉樹――魔力によって作り出した即席の防火林。

 ガーユスの炎の魔術を何度も防ぐことはできないけれど、時間稼ぎくらいにはなる。

「早く逃げてください!」

「ひ、ひぃぃっ!?」

 運転手はトラックを置いて駆け足で逃げて行った。しかし、周囲には何台かの車が立ち往生をして僕達の様子を見ている。

「何アレ、映画の撮影?」

「すっげー」

 スマートフォンのカメラで僕達を撮影する人間が増え始めた。このまま野次馬が集まれば、僕とガーユスの魔術に巻き込まれて死傷者が出るかもしれない。

「……ガーユス、場所を変えませんか」

 無駄だとわかってはいるけれど、提案をしてみる。ガーユスはおどけた様子で両手を広げながら、無邪気な笑みをこちらへ向けてくる。

「そう弱気になるなよ。キミはこの街の人々のために仕事をしているんだろう? しっかり守ってあげればいい」

 ガーユスは人差し指を立てて、指先から小さな炎を灯した。指先に灯った小さな炎は、まるで蝶のような姿へと変わって、指先から飛び立っていく。

 数匹の炎の蝶は、道路沿いに並んで生えていた街路樹のうちの1本へと止まったかと思うと、ボンッ!!という凄まじい音と共に爆発炎上。見る見るうちに街路樹は燃え尽きて、数秒で灰になってしまった。

 周囲でその様子を見ていた野次馬も、そんな恐ろしい様子を見て騒ぎ始めていた。

 もしこんなものが人間の身体に触れたりしたら――

「今からこれを、そこらへんにいる野次馬に向けて放つよ」

「……やめろ」

「死なせたくないなら「守って」あげるんだよ、冬也くん」

 さっきのまでの穏やかな笑みから一転して、狂気を孕んだ不気味な笑顔を浮かべるガーユス。さっきからこの男は、僕の反応を見て楽しんでいる。まるで自分の獲物を弄ぶ残酷な捕食者。彼は本当にやる。そう確信するような表情。

 ガーユスの指先から、先程とは比較にならない数の炎の蝶が飛び立っていく。周囲でスマートフォンのカメラを向けていた野次馬は、逃げずにその蝶をカメラと視線で追っていた。

「逃げてください!! その蝶に触らないで!!」

 喉が潰れるくらいの大声で叫ぶけれど、野次馬達は聞く耳を持たない。幻想的な炎の蝶の大群に見惚れている者までいる。

「あぁ、くそっ……!」

 地面に手をついて、全力で魔力を送り込む。民間人と炎の蝶の大群の間に巨大な樹木のバリケードを作りだした。

 僕が魔力で作り出した樹木のバリケードに炎の蝶が触れた途端、激しい音と共に弾ける。しかし、これだけでは防ぎようがない。バリケードの上を越えて、周囲の建造物へと炎の蝶が飛翔していく。

 炎の蝶は同時に何匹も爆ぜて、張り付いていたビルの窓ガラスは一斉に割れた。ビルの下には通行人がいる。

「伏せて!」

 数十人といる通行人をガラスの破片の雨から守るために樹木のシェルターをいくつも作り出して防いだ。何が起きたかわからずに困惑する者もいれば、その場から悲鳴をあげて逃げ出す者もいる。

 ここに来てようやくこの場が危険なことに気付いた野次馬達は、怯えた様子で逃げて行った。

 でも、これで終わりではない。ガーユスからしてみれば、この街の人間すべてが人質になっているのだ。

(これじゃあ、魔力が――)

 ガーユスの猛攻を凌いでいただけで、魔力はあっという間に空に近い状態になってしまった。民間人を守りながら、ティスタ先生達がここに来るまでの時間を稼ぐのは難しい。

 更には、息をする度に肺の中まで入り込んでくる凶悪な炎熱。視界と呼吸の自由を奪う黒煙。ガーユスの放つ炎の魔術は、僕から戦う気力と冷静な判断力を奪っていく。

「……よほど人間が好きみたいだね、キミは」

 魔力の大半を失って息を切らしながら地面に膝をついた僕を見て、「何をやっているんだか」と嘲笑をしているガーユス。正直、自分でもそう思う。

「そうでも、ないです……はぁっ……どちらかというと、嫌いですし……」

「それなら、どうしてここまでするのかな」

「……なんででしょうね。バカなんですかね、僕は……」

 自分を蔑んできた人間を守って、自分が殺されかけている。こんなにバカらしいことはない。それでも、この道を選んだのは――

「ガーユス、あなたは誰かを好きになったことってありますか?」

「……は?」

 質問の意図が理解できずに間抜けな顔をするガーユスに向けて、僕は続ける。

「僕は、別に世界平和とか……この世界で暮らす魔族や半魔族のためだとか……魔術師として大成したいだとか……そういうことには興味は無いんだ。ただ――」

 僕が魔術を使うのは、僕をどん底から救ってくれたティスタ先生のために。それだけは、どんなことがあっても見習い魔術師のころからずっと変わっていないひとつの信念。

「大好きな人に、楽しく健やかに生きてほしいだけだから」

 僕の言葉を聞いて、ガーユスは心底落胆したようだ。まるでゴミを見るかのような目で、地面に膝をつく僕を見下ろしている。

「残念だ」

 ガーユスはそれ以上何も言わなかった。僕の目の前に立つと、掲げた手のひらに巨大な火球を生み出す。まともに喰らえば、僕は骨も残らないだろう。

 それなら、せめて最期くらいは悔いを残さずに逝きたい。最後の抵抗、悪あがき。残り僅かな魔力で、何が出来るだろうか。

 以前、ティスタ先生が見せてくれた「少ない魔力で威力を出す方法」を思い出した。これは魔術学院に留学した時の記憶。走馬燈かもしれないが、せっかくなら実践してみることにした。指先に魔力を集めて、圧縮、回転させ、弾丸のように撃ち出す。

 これほどの大規模な魔術を連発できるガーユスの魔力量を考えると、この程度の単純な魔術では傷ひとつ付けられないかもしれない。実際、ガーユスは僕の樹木の魔術をその身に受けても一瞬で消し炭にしていた。

 これでもティスタ先生が教えてくれたことだけれど、魔術師の戦いは単純な魔力の量で決まる。ガーユスが僕と正面を切って戦うのは、魔力の量が僕よりも遥かに多く、出力も上だからだ。つまり、彼は勝利を確信している。

「さようなら。準備が出来たら、キミの師匠も同じところに送ってあげるさ」

「きっと師匠があなたを倒しますよ……!」

 巨大な火球をこちらに向けて放とうとする寸前、僕は最後の魔力を弾丸のように撃ち出した。

「がッ!?」

 僕の放った最後の魔術がガーユスの左肩を貫いたのと同時、巨大な火球は宙で消え去った。

「……え?」

 お互いに何が起きたのか理解できずに困惑する。

 ガーユスは獲物でしかないと思っていた者からの反撃を受けた衝撃。
 僕は効くはずもないと思っていた魔術が相手に通用したという衝撃。

(どうして、なんでこんな初歩的な魔術がこんな格上の相手に通ったんだ?)

 高位の魔術師は、常に身を守る魔力を身に纏っている。衝撃を和らげたり、出血を防いだりするためだ。単純に魔力量の多い者ほど強靭な防御力があると思っていい。

 しかし、様子がおかしい。先ほど僕が撃ち抜いたガーユスの肩の傷からは、出血をしているのが見えたから。

(もしかして、他の魔術にリソースを割いていた……?)

 色々と考えられることはあるけれど、確証が得られない。それに、理解したところで僕にはもう魔力が残されていない。

「この、クソガキ……!」

 撃ち抜かれた肩を抑えながら、ガーユスは再び巨大な火球を作り出す。

 今度こそ終わりだと思ったその瞬間、ガーユスの背後から大きな衝撃音と共に上空から何かが着地した。

 砂煙で姿がよく見えないけれど、白い外套を羽織っているのが見える。

「……先生……?」

 あの白い外套は、国定魔術師のみに許された色。兄弟子が呼んでくれた救援が間に合ったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...