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57 一時の別れ
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ガーユスの次の襲撃に備えた動きは、魔術師全体で進められていった。まずは全国にいる見習い魔術師、その近親者の避難準備。
相手は国際指名手配をされているテロリスト、この先に何があるかわからない。徹底した対策のためにも、魔術師の身内はなるべく遠くへ、可能なら海外へと逃げるのが一番安全。
「おばあちゃん、身体に気を付けてね」
「それはこちらのセリフだよ。冬也、あなたがやると決めたからにはもう止めないから……しっかりやるんだよ、あんたはやればできる子なんだから」
僕の育ての親である祖母の避難には、リリさんが安全な場所への付き添いと警護を直々に申し出てくれた。ガーユスが僕個人に対して興味を持っている以上、祖母がこのまま同じ場所に住み続けるのは危険と判断したからだ。
「トーヤさん、おばあ様は私が責任を持って守るから安心して」
「はい、リリさん。どうぞよろしくお願いします」
リリさんが守るのは、僕の祖母だけではない。この国にいる見習い魔術師や避難対象の人々と一緒に安全な場所へと移動して、その警護に当たってくれることになっている。
リリさんの異名である「金鎧のリリエール」は、魔術師の中でも「守りの魔術」において右に出るものがいないとされていることから名付けられたらしい。
警護において、リリさんほどの適任はいないとティスタ先生が言っていた。実際にガーユスの熱と炎の魔術を防いだ瞬間をこの目で何度か見ているので、本当に心強い。
「それと、まだしっかりとお礼を言えていなかったから、この場で言わせてほしい。魔術学院の学院長として、魔術学院の生徒達を助けてくれて本当に感謝しています。亡くなった生徒達の御両親からも感謝の言葉をたくさん受け取っているわ」
「……はい」
僕ができたのは亡くなった生徒の遺体保全と修復だけだったけれど、それは決して無駄ではなかった。実際、次のガーユス襲撃の際には多数の魔術師の協力を取り付けることができたから。
「それと、これを所長さんに渡してくれないかしら」
リリさんは、便利屋所長の千歳さんに向けた手紙を僕に渡した。
「今回、彼女とはゆっくり話せなかったから。全部終わったら、みんなでたくさんお話をしましょう」
「楽しみにしています。では、どうかお気をつけて。おばあちゃんも元気でね」
今生の別れというわけでもないのに、不思議と涙が溢れてくる。それは祖母も同様だった。
リリさんは祖母と一緒に荷物を抱えて、自宅の庭の中心に立った。ふたりが淡い光に包まれた後、黄金の粒子となって消える。リリさんの用意してくれた安全な場所へ、転移魔術で移動をしたのだ。
しばらくすると、スマートフォンに連絡が入る。無事に避難場所に着いたという祖母からの連絡だった。
「……ふぅ」
これで一安心。危険なことに祖母を巻き込まずに済む。
「…………」
夕方、独りになった自宅は思っていた以上に静かだった。
今までずっと面倒を見てくれた祖母が家にいないというだけで、こんなにも家の中が広く感じる。正直、ちょっと寂しい。
少し沈んだ気分でいると、インターホンの音が鳴った。
玄関へ向かうと、すりガラスの引き戸の向こうに小柄なシルエットが見えた。もう何度も見てきたからか、引き戸の向こうにいる者の顔が見えなくても誰なのかわかる。
「ティスタ先生?」
「おや、よくわかりましたね。こんばんは」
ティスタ先生は珍しく私服。紺のロングスカートに白のポンチョ、普段見れない姿ということもあってか思わず心臓が高鳴る。
「トーヤ君、今日からしばらくひとりで暮らすことになるでしょう。弟子のキミを師匠の私が面倒を見るのは当然のことです。それに、キミのおばあ様からお願いされていましたからね」
先生は、手にしたビニール袋に入った食材を見せてくれた。カレーの食材のように思える。もしかして、憧れの女性の手料理を食べさせていただけるのだろうか。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「えぇ、いっぱい甘えてください。キミには英気を養ってもらわないとですからね!」
好きな女性とふたりきりでひとつ屋根の下、こんな素敵なことが他に無い。しかし、そんな甘い幻想から目を覚ます事態がすぐに起こることになる――。
……………
「えーと……レシピは……」
ティスタ先生は僕に向けて自信満々に「お夕飯は任せて!」と言って台所に立った。スマートフォンでレシピを確認しながら、食材をまな板の上に並べている。
「……先生、大丈夫ですか?」
「もちろんです。大丈夫。包丁で食材を切るくらい……」
包丁を持つ手がプルプルと震えているのを見て、僕は冷や汗が止まらない。明らかに料理慣れしていない手付きだ。
「…………もういいや。こっちでやろう」
ティスタ先生はそう呟いた後、魔術で野菜を浮かばせて、風の魔術を使って食べごろサイズに切り刻んでいく。
「うわ、すご……」
さすがの早業。さっきまでの手際の悪さがウソのような速さで野菜の下拵えを終えた後、今度はお米を炊こうと炊飯器の内釜にお米を入れた。
無洗米でもないのにお米を洗わずに炊飯器のスイッチを入れようとしているのを見て、僕は思わずストップをかける。
「先生、すみません。そのお米は無洗米ではないので、ちゃんと研いだ方が美味しいかも……です……」
「なんと、そうでしたか。わかりました。では、この洗剤で――」
「あああっ!? 先生、洗剤はダメです! 先生ーっ!!」
後で知ったことだけれど、ティスタ先生は料理が下手というわけではなく、ほとんど台所に立った経験が無いのだそうだ。
結局、僕達ふたりで台所に立って料理をすることにした。これはこれで悪くないなんて思いながら、夕飯のカレーライスを無事に作り上げた。
相手は国際指名手配をされているテロリスト、この先に何があるかわからない。徹底した対策のためにも、魔術師の身内はなるべく遠くへ、可能なら海外へと逃げるのが一番安全。
「おばあちゃん、身体に気を付けてね」
「それはこちらのセリフだよ。冬也、あなたがやると決めたからにはもう止めないから……しっかりやるんだよ、あんたはやればできる子なんだから」
僕の育ての親である祖母の避難には、リリさんが安全な場所への付き添いと警護を直々に申し出てくれた。ガーユスが僕個人に対して興味を持っている以上、祖母がこのまま同じ場所に住み続けるのは危険と判断したからだ。
「トーヤさん、おばあ様は私が責任を持って守るから安心して」
「はい、リリさん。どうぞよろしくお願いします」
リリさんが守るのは、僕の祖母だけではない。この国にいる見習い魔術師や避難対象の人々と一緒に安全な場所へと移動して、その警護に当たってくれることになっている。
リリさんの異名である「金鎧のリリエール」は、魔術師の中でも「守りの魔術」において右に出るものがいないとされていることから名付けられたらしい。
警護において、リリさんほどの適任はいないとティスタ先生が言っていた。実際にガーユスの熱と炎の魔術を防いだ瞬間をこの目で何度か見ているので、本当に心強い。
「それと、まだしっかりとお礼を言えていなかったから、この場で言わせてほしい。魔術学院の学院長として、魔術学院の生徒達を助けてくれて本当に感謝しています。亡くなった生徒達の御両親からも感謝の言葉をたくさん受け取っているわ」
「……はい」
僕ができたのは亡くなった生徒の遺体保全と修復だけだったけれど、それは決して無駄ではなかった。実際、次のガーユス襲撃の際には多数の魔術師の協力を取り付けることができたから。
「それと、これを所長さんに渡してくれないかしら」
リリさんは、便利屋所長の千歳さんに向けた手紙を僕に渡した。
「今回、彼女とはゆっくり話せなかったから。全部終わったら、みんなでたくさんお話をしましょう」
「楽しみにしています。では、どうかお気をつけて。おばあちゃんも元気でね」
今生の別れというわけでもないのに、不思議と涙が溢れてくる。それは祖母も同様だった。
リリさんは祖母と一緒に荷物を抱えて、自宅の庭の中心に立った。ふたりが淡い光に包まれた後、黄金の粒子となって消える。リリさんの用意してくれた安全な場所へ、転移魔術で移動をしたのだ。
しばらくすると、スマートフォンに連絡が入る。無事に避難場所に着いたという祖母からの連絡だった。
「……ふぅ」
これで一安心。危険なことに祖母を巻き込まずに済む。
「…………」
夕方、独りになった自宅は思っていた以上に静かだった。
今までずっと面倒を見てくれた祖母が家にいないというだけで、こんなにも家の中が広く感じる。正直、ちょっと寂しい。
少し沈んだ気分でいると、インターホンの音が鳴った。
玄関へ向かうと、すりガラスの引き戸の向こうに小柄なシルエットが見えた。もう何度も見てきたからか、引き戸の向こうにいる者の顔が見えなくても誰なのかわかる。
「ティスタ先生?」
「おや、よくわかりましたね。こんばんは」
ティスタ先生は珍しく私服。紺のロングスカートに白のポンチョ、普段見れない姿ということもあってか思わず心臓が高鳴る。
「トーヤ君、今日からしばらくひとりで暮らすことになるでしょう。弟子のキミを師匠の私が面倒を見るのは当然のことです。それに、キミのおばあ様からお願いされていましたからね」
先生は、手にしたビニール袋に入った食材を見せてくれた。カレーの食材のように思える。もしかして、憧れの女性の手料理を食べさせていただけるのだろうか。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「えぇ、いっぱい甘えてください。キミには英気を養ってもらわないとですからね!」
好きな女性とふたりきりでひとつ屋根の下、こんな素敵なことが他に無い。しかし、そんな甘い幻想から目を覚ます事態がすぐに起こることになる――。
……………
「えーと……レシピは……」
ティスタ先生は僕に向けて自信満々に「お夕飯は任せて!」と言って台所に立った。スマートフォンでレシピを確認しながら、食材をまな板の上に並べている。
「……先生、大丈夫ですか?」
「もちろんです。大丈夫。包丁で食材を切るくらい……」
包丁を持つ手がプルプルと震えているのを見て、僕は冷や汗が止まらない。明らかに料理慣れしていない手付きだ。
「…………もういいや。こっちでやろう」
ティスタ先生はそう呟いた後、魔術で野菜を浮かばせて、風の魔術を使って食べごろサイズに切り刻んでいく。
「うわ、すご……」
さすがの早業。さっきまでの手際の悪さがウソのような速さで野菜の下拵えを終えた後、今度はお米を炊こうと炊飯器の内釜にお米を入れた。
無洗米でもないのにお米を洗わずに炊飯器のスイッチを入れようとしているのを見て、僕は思わずストップをかける。
「先生、すみません。そのお米は無洗米ではないので、ちゃんと研いだ方が美味しいかも……です……」
「なんと、そうでしたか。わかりました。では、この洗剤で――」
「あああっ!? 先生、洗剤はダメです! 先生ーっ!!」
後で知ったことだけれど、ティスタ先生は料理が下手というわけではなく、ほとんど台所に立った経験が無いのだそうだ。
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