銀杖のティスタ

マー

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61 人外魔境①

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「……いいのかい? 彼とふたりなら、俺にも勝てたかもしれないのに」

 この場から離脱していく冬也の背中を見ながら、ガーユスは笑う。

 完全な不意打ちでティスタに対して深手を負わせたことでアドバンテージを得たと確信しているガーユスに向けて、ティスタは笑みを浮かべていた。

「いいんですよ。巻き込まずに済むから」

 ティスタは腹部に突き立てられたナイフを乱暴に抜いて、傷口を凍らせて出血を止める。本来なら止血の魔術を使用すれば応急処置になるが、ティスタはあえてそれをしなかった。 

「用心深いあなたのことだから、ナイフに毒でも塗っていたんでしょう。本当に小賢しい」

 腹から抜いたナイフはティスタの手の中で凍結して、数秒もしないうちに粉々に砕け散った。それを見て、ガーユスは表情を引き攣らせる。

「キミは本当にどうなってるんだよ。象にも効くような毒を使ったのに」

「止血魔術よりも解毒魔術を優先しました。そんなことより、刺されたのが私で本当によかった」

 ティスタの言葉の意味が理解できず、ガーユスは首を傾げる。

「……どういうことだい?」

「もしあなたが私の可愛い弟子を刺していたら、間違いなく私はお前を全力で殺していたから」

 背筋が凍り付くような殺気を感じて、ガーユスは臨戦態勢に移行する。ティスタの身体から迸る魔力は凶悪な冷気となって足元を凍り付かせていく。

「そんなことをしたら、この街は人間が住めなくなるぞ」

 かつてティスタが本気で魔術を使った時、周辺にあった村や山々は、残った強烈な魔力痕跡によって「忌み地」と呼ばれるほどに荒れてしまったことがある。人間が住むに適さない環境へと変貌してしまったのだ。

 その強大な魔力故に、ティスタは都心に近い場所では魔術師としての本領を発揮できない。ガーユスもそれを知っているからこそ、この場で勝負をかけた。ティスタが本気では戦えないはずだった。

「私の弟子は優秀なんだ、ガーユス」

 ティスタの方は、それを織り込み済み。ティスタは弟子と共に対策を講じていた。

 ふたりが立つビル建設予定地、その周囲に魔力が張り巡らされていくのをガーユスは感じ取る。 

「これは――」

 ふたりを中心に巨大な樹木が生成されていく。輪となった巨木の列は、魔術師達を取り囲んだ。

 柊 冬也が読み解いた古代のエルフが遺した魔導書、その中に記されていた封印魔術を応用した魔力結界。

「……ずいぶんと大袈裟だね」

「これくらいしないと、私達の魔力が外に漏れてしまいますからね」

 冬也が作り出したのは、ティスタが本気で戦えるための特設リング。封印魔術の魔力封じの特性を内側にだけ集約した、エルフの自然魔術と封印魔術を組み合わせた強固な結界。

 ガーユスが殺し損ねた魔術学院の生徒やその身内の魔術師による冬也への魔力の譲渡、日本にいるあらゆる魔術師の協力と大量の魔力によって成立した産物だった。

「俺達を観戦している連中は敵討ちをしたいけれど、俺に勝てないのがわかっているから全部キミに押し付けたというわけだ。まったく、便利屋なんてやっているからこんな貧乏くじを引くんだよ」

「違いますよ、便利屋をやっていたからこそ託してもらえたんです。それよりも、大丈夫ですか?」

「何が?」

「この程度の不意打ちで優位を取れたと思いこんでいる、あなたの空っぽな頭を心配しているんですよ」

 ティスタの顔に浮かぶのは、普段の穏やかな表情からは想像もできないような凶悪な笑み。遠慮無しで魔術を使えるこの状況で、弟子には見せられないようなティスタの本性が顕在化する。

「ッ……!?」

 ガーユスの脇腹に、鋭利な氷剣が突き刺さる。魔術の行使を察知できないほどの早業に驚愕する間もなく、ティスタは追撃をかける。

 いつの間にかティスタの手に握られていた銀杖は、瞬く間に冷気を帯びた巨大な銀の剣へと形状を変化させた。飛び上がりながら巨大な剣をガーユスへ目掛けて叩き付ける。

 ガーユスを捉える――が、直撃の瞬間にガーユスの身体を銀の大剣がすり抜ける。炎の魔術で作り出した虚像。切り裂かれた虚像は、揺らめく炎となって消えた。

「相変わらず暴力的だな、キミは!」

 背後を取ったガーユスは、手のひらをティスタに向けて猛火を放つ。樹木に囲われた大きなビル建設予定地が炎に包まれた。冬也と戦った時とは比較にならないほどの熱量、並の魔術師なら骨も残らない火力。

 ティスタは、それを素手で受け止めた。

「……あっつ」

 受けたダメージは、手のひらに軽い火傷のみ。これにはガーユスも冷や汗を浮かべる。

「どうして前よりも強くなってるんだよ」

「弟子の手前、無様な姿を見せるわけにはいかないですからね。少し鍛え直しました」

 高等魔術の応酬。この場に普通の魔術師がいたら、間違いなく命は無いほどの人外魔境。

 軽口を叩きながらの戦いはここまで。本気の殺意を向けるティスタに対して、ガーユスからはもう余裕は感じられない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際の中、ティスタは心のどこかで充実を感じていた。自分の全力を出せる機会は、生まれてきてから指折り数えるくらいしか無かった。

 戦うために生きているわけではないし、悪者退治を生業にしているわけでもない。それでも、彼女には隠し切れない高揚があった。

 自分の全力を振るうことのできる場を設けてくれた最愛の弟子に感謝をしながら、ティスタは唱える。

『銀の斧槍ふそう 氷霧ひょうむまとい

 ティスタの手に握られていた銀の大剣は、冷気を帯びた銀の斧槍へと形状を変えた。

 銀の魔術は、人や魔族を傷付けることができない。与えられるのは痛みだけ。それは制約ではなく、あえてそういった特性を持つ魔術として作られた。

 銀魔氏族ぎんましぞく相伝の銀の魔術、その本来の特性は「魔術の付与」にある。魔力で作り出した銀の武具に魔術を組み合わせることによって、武器としての特性を生かしつつ、魔術の威力を増幅させることができる。

 簡単に言えば、銀の魔術とは「強力な魔道具を作り出す魔術」である。

 ティスタの銀の魔術によって作られた武器は、物理的な攻撃力が無い代わりに並の魔道具とは比較にならないほどに強力な魔術を内包することができる。

 ティスタほどの精度と速度で銀の魔道具を生成できる者は、今の世界では他にいない。彼女の意思ひとつで、魔力のある限り大量破壊兵器すら生み出せる――これが彼女が国定魔術師たる所以だった。

「……以前戦った時、俺はキミに手加減されていたわけだな」

 魔術師殺しとして何人もの魔術師を葬ってきたガーユスに数年振りの戦慄が走る。ティスタの持つ銀の斧槍が纏う強烈な魔力冷気を見て、まともに触れればタダでは済まないと本能で理解できたからだ。

「あなたが殺した多くの魔術師達の無念、ここで晴らします」

「まるで正義の味方だな、ティスタ・ラブラドライト」

「言ったでしょう。弟子の前で――」

 ティスタは銀の斧槍を振りかぶり、地面へ向けて叩き付ける。

「無様な姿は見せられないんですよ!」

 斧槍が叩き付けられた地面から冷気が溢れ出し、巨大な氷柱を形成していく。冬也の作り出した樹木の結界が無ければ、街全体が凍り付いていたほどの魔力がガーユスに向かって放たれた。
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