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62 人外魔境②
しおりを挟む正午の街中で強烈な水蒸気爆発が立て続けに発生する。冷気と熱気、氷と炎、純粋な殺意に満ちた魔力が何度もぶつかり合い、大気を震わせるような轟音が響き続けていた。
冬也の作り出した結界内で、世界最高峰の魔術師ふたりが周囲の被害を気にすること無く全力で魔術の行使を続ける。ビル建設跡地だった土地は、あっという間に更地へと変貌していく。
互角に見える戦いの中、ティスタは違和感を覚える。
(ガーユスは何を狙っている……?)
まるで時間稼ぎをしているかのような戦い方。腹を刺された状態のティスタが消耗することを狙っているのか、ティスタが予想もしていない切り札があるのか。
それでも彼女のやることは変わらない。全力でガーユスを相手にして、少しでも消耗させる。可能なら自分の手で仕留める。
出来ることなら弟子の手を煩わせたくはないというティスタの焦りは、その表情と戦い方に現れはじめていた。ガーユスはそれを見逃さない。
「他のことに気を取られている場合じゃないだろう!」
久々に全力を出せる相手との魔術の応戦にガーユスは高揚を隠せずにいる。魔術師の誰もが心の中に抱える「魔術を好き放題に振るいたい」という欲求を解放しながら、猛火の魔術を放った。
放たれた無数の火球がティスタに襲い掛かる。
『銀の戦輪 流氷の刃』
短い詠唱の後、ティスタの周囲に4つの銀の輪が現れる。回転ノコギリのように回る戦輪は、冷気と水流を纏いながら凄まじいスピードで飛び交い、襲い掛かってくる火球を全て掻き消した。
魔術師としての実力は拮抗している。このまま戦いが続けば相打ちも有り得る。
「なぁ、ティスタ・ラブラドライト。ちょっといいか」
戦いの最中、ガーユスは動きを止めた。それを見て、ティスタも攻めの手を一旦止める。罠の可能性を考慮して、ガーユスの様子を観察しながらティスタは彼の言葉に応じた。
「命乞いですか?」
「いや、そうじゃなくね……やっぱり殺すには惜しいよ。間違いなくキミは魔術師として最高峰の実力がある。どうして人間の味方をするのか疑問なんだ」
「……それが食い扶持だからですよ。深い意味なんてありません。地に足を付けて、弟子や同僚と一緒に普通の生活を楽しんでいたいだけなんです」
「才能の無駄遣いだと思わないのか」
「そうでもありませんよ。私のような者に合っている仕事です」
「いいや、違うね。キミは世界を旅して回った経験があるだろう。その過程で見たはずだ。魔族や魔術師が現代社会においてどれほどの仕打ちを受けているのか」
「…………」
「キミがその気になれば、俺と一緒に人間を滅ぼして魔族と魔術師全盛の時代を創れるんじゃないか」
ティスタは知っている。魔力を持つ者が海外でどのような扱いをされているのか、どれほど恐ろしい所業を受けているのか、それを自分の眼で何度も見てきた。
良くて軟禁状態、最悪の場合は実験動物扱い。魔力という異能の力を恐れた人間達からの魔術師や魔族の扱いは、筆舌に尽くし難いものばかりだった。深刻な魔族差別が横行している日本の現状ですら、比較的にまともと言えるような状態である。
「……大半の人間がロクでもないのは、私も認めましょう。返す言葉もありません」
幼いティスタは、自分が「世界の異物」として扱われていることに心の底から絶望していた。
そんな現状を少しでも良くしようと手を尽くし、大人になってからは少しでも魔術を広めようと弟子を取ったこともあったが、世間の魔術師に対する風評が原因でそれも長くは続かなかった。
それが原因で酒に溺れて、自堕落な生活を続けるようになってしまった自身の過去を省みれば、ガーユスの言う「才能の無駄遣い」という言葉は間違いなく正しい。
そんな彼女にもただひとつ、胸を張って言えることがある。
「便利屋稼業は楽しいですよ。色んな人との出会いがありましたし、幸いなことに出来の良い弟子も取れましたから」
人間の負の側面ばかりを見てきたティスタだったが、便利屋稼業を通じて出会った者達の感謝の言葉が、笑顔が、冬也の存在が、彼女の心を繋ぎとめていた。
一歩間違えればティスタもガーユスと同じ存在になっていたかもしれない。そして、ティスタは決してガーユスの思想を否定していない。ただ違う生き方をしてきただけ。
「あなたも私も、どんな生き方をしても文句を言われる筋合いはありません。しかし、自分の思想を押し付けて迷惑を掛けるのは論外です。わかりますか、ガーユス。小学校で習うことですよ」
「余計なお世話だよ」
「……やっぱりあなたとは気が合いませんね」
言葉は尽くした。あとはお互いに自分の意地を通すだけ。魔術師としてだけではなく、この醜い人間の世界で苦悩した者同士、どちらの生き方が正しいのか決着をつけなくてはいけない。
真正面からぶつかり合い、そのプライドごと彼を叩き潰そうというティスタに対して、狡猾なガーユスは一体何を仕掛けてくるのか。
(必ず何かある。私のみを狙うだけではない、大規模な切り札が――)
街の中心という場所での戦いで、ガーユスがそれを利用しないとは考えられない。街の人々、あるいは街そのものを狙って大規模魔術や現代兵器を使用すれば、ティスタは周辺への影響を考えながら戦わなければいけない。
例えば、時限爆弾。冬也とはじめて戦った際に撤退の手段として使った爆弾の件は虚言だったが、今回は本当に仕掛けているかもしれない。
ガーユスは、勝利を確信している時以外に正面から戦うような男ではない。それは身を以って知っている。
(ああ、そうか。探知範囲外からの攻撃)
ティスタは天を見上げながら、魔力の感知範囲を拡げる。正午、太陽が最も高い位置に昇る時間。頭上で輝く太陽の光に隠れて、ガーユスが密かに作り上げていた膨大な熱量を持つ火球の存在に気付く。
「……なんでわかるんだよ。キミは本当に化け物だな」
成層圏で密かにゆっくりと時間を掛けて作り上げられた強大な魔力の塊。もしアレがこの街に落ちれば、冬也の作り上げた樹木の結界ごと一帯は焦土となるに違いない。
間違いなく、あれがガーユスの切り札。先程までの会話も時間稼ぎ。戦闘の最中、気付かれないように少しずつ魔力を送って作り上げた滅びの火炎。
「できればもう少し大きくして、キミごと街を燃やし尽くしたかったんだけどな!」
ガーユスは天に目掛けて手を挙げた後、勢いよくその腕を振り下した。
天空から落ちてくる巨大な火球は、着弾すれば間違いなく大きな被害が出る。街だけではなく、ティスタ自身の身も危ない。
(やっと見せたな、切り札を!)
この状況の中、ティスタは天から襲い掛かる火球には目もくれずにガーユスに向けて突撃。ティスタに気付かれることを警戒して遥か上空で生成していた巨大な火球は、地表への着弾までには時間が掛かる。
躊躇せずにガーユス本人へ攻撃を加えようとするティスタの判断は間違いではなかった。
「本当にキミはやりづらいな……!」
吐き捨てるように叫ぶガーユスは、隠し持っていた拳銃を構える。今朝、警官から強奪した回転式拳銃には、6発の弾丸が装填されている。
この土壇場でガーユスが現代兵器を持ち出したのは、これ以上の魔力消費が命取りになると判断したから。撤退のための魔力を温存するためだった。
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