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63 人外魔境③
しおりを挟む魔力を肉体の強化に回したティスタは、ガーユスを目掛けて一直線に突っ込んでいく。それを迎え撃つガーユスは、強奪した回転式拳銃の銃口をティスタに向ける。
魔術師でありながら現代兵器の扱いにも長けるガーユスであっても、動いている対象への急所を狙った銃撃は難しい。まずは機動力を奪うために、ティスタの下半身を目掛けて発砲。
大きな銃声の後、ティスタの太ももに鉛玉が着弾。魔力を皮膚表面に纏った状態での防御で弾は貫通しなかったが、太ももからは僅かに出血が見られる。
ティスタは弾丸をまともに受け止めた衝撃でふらつくが、すぐに体勢を立て直してガーユスへ直進。
「この、化け物が……!」
近距離から発射された拳銃の弾丸すら受け止める魔力に驚愕するガーユスに向けて、ティスタは渾身のパンチをお見舞いした。
「お互いに、ね!」
魔力によって肉体を強化した渾身の一撃を腹に受けたガーユスは、地面を何度も弾みながら吹っ飛んでいく。
「あとは――」
ガーユスにトドメを刺す余裕は無い。天空から墜ちてくる巨大な火球に対処しなくてはいけない。
『銀の輝弓 氷河の槍』
短い詠唱の後、ティスタの右手には身の丈ほどある巨大な銀の弓が、左手には冷気を纏った水の槍が生成される。
ティスタが使える魔術の中で最も強力で、最も魔力を消費するとっておきの魔術。ガーユスの切り札である巨大な火球を打ち消すため、銀の弓を天空に向けて構える。
凝縮された魔力と冷気を纏った水の槍を矢の代わりとして、天から降ってくる巨大な火球に向けて、銀の弓から放たれた碧い一閃は、ガーユスの切り札である火球に直撃した。街の真上で巨大な爆発が起きる。
どちらの魔術も大量破壊兵器並みの威力を有している。ぶつかり合った強大な魔力は、上空で凄まじい爆発をした後に霧散していく。
「はぁっ……はっ……」
ガーユスの切り札を止めはしたが、ティスタは魔力がほとんど尽きてしまった。魔力不足でふらつくティスタは、その場で膝をつく。
一方、不意打ちを駆使して、魔力を温存しながら入念な下準備をしていたガーユスにはまだ余裕があった。
「げほっ……はぁ……まともに相手をしていたら、死んでいたのは俺だったな。楽しかったよ」
楽しかったというのは皮肉ではなく、心の底からの賞賛。ガーユスほどの魔術師に並び立つ者がほとんどいない今、彼がこの世界で唯一充実感を得られるほどの激しい戦いだった。
殴られた腹を抑えながら、ガーユスは回転式拳銃を手にしたままティスタに向けて近付いていく。ティスタを確実に仕留めるために時間を掛けてゆっくりと消耗させて不意打ちまでしたというのに、彼女を仕留めきれなかった。これはガーユスにとっては計算外。
「そうでもありませんよ。私も弟子のおかげで本調子でしたが……さすがにあなた相手にひとりでは無理がありましたね」
冬也の治癒魔術や疲労回復魔術のおかげで本領を発揮して戦えたティスタだったが、それでもあと一歩及ばなかった。
ティスタは魔力がほとんど尽きた状態、刃物で刺された腹部の傷を塞いでいた氷が溶けて再び出血し、白い外套とブラウスが鮮血で赤く染まっていく。
ここが限界――そう判断したティスタは、地面に膝をついたままゆっくりと両手をあげた。
「……なんのつもりだい。降参ってことかな?」
「そうですね、お手上げってやつです」
「…………」
ガーユスは少し残念そうに笑った後、回転式拳銃の銃口をティスタに向けようとした、その瞬間――
「ぅ、ぐ!?」
ガーユスの肩に激痛が走る。極小の魔力弾らしきものがガーユスの左肩に撃ち込まれた。
「今のは……そうか、彼も来たみたいだね」
この人外魔境に介入できる者は限られている。宝生 千歳ともうひとり――ティスタ・ラブラドライトの弟子、柊 冬也のみ。
若干18歳で魔術師へと昇格した魔術師。世界規模でも5本の指に入るほどの実力を持つガーユスが、明確な脅威であると認めた若き天才。
「先生……!」
その冬也は、ガーユスには目もくれずにティスタの元へと駆け寄る。
「すみません。やっぱり無理でした。あとは任せます」
「話は後でしましょう。傷を塞ぎます」
冬也はティスタの腹部の傷に手で触れて、魔力を送り込む。一瞬の間に止血は終わってしまった。
(本当に何者なんだ、彼は――)
ガーユスも自分と同等、あるいは格上の魔術師を何人かは見てきたが、冬也ほどのスピードで治癒を扱える魔術師は見たことがない。治癒のスピードも精度も以前戦った時より上がっている。
単純な魔力量はガーユスが圧倒しているが、魔力の精密なコントロールに関しては冬也は遥か上をいっていると認めざるを得なかった。
将来的に自分を脅かす存在になるかもしれない魔術師。この場で冬也を仕留めておかなければ、この先に看過できない存在になるとガーユスは本能で察知した。
「キミ達を待つ気は無いよ!」
ガーユスの手から放たれた炎は、目の前の魔術師ふたりを包み込む。以前、冬也と戦った時とは比べ物にならない火力。今回は最初から手加減無しで殺す気で魔術を使ったはずだった。
冬也とティスタを囲むように、1mほどの小さな樹木が並び生えていく。特徴的なノコギリ状の葉を生やした樹木――それは現実にもある樹木、ヒイラギを魔術によって再現したもの。
その矮小な樹木は、見た目からは想像も出来ないほど完璧にガーユスの炎の魔術を防いだ。
「……どういうことだ」
ガーユスは困惑する。こんな魔術を彼は知らない。
ヒイラギは、日本に限らず様々な国で「魔除け」として扱われている。
ガーユスの火炎を防いだこの魔術は、そのイメージを具現化した魔術除けの自然魔術。冬也が読み解いた古のエルフが遺した魔導書の内容、そして赤魔氏族の末裔の少女から得た知識を組み込み合わせた特別なもの。
このビル建設予定地を囲む巨大な樹木の結界は封じの力を「内側」へ集中させたもの。このヒイラギはその逆で、封じの力を「外側」へと集中させて「内側を守る結界」として形成したもの。熱と炎への防御に特化した、急場凌ぎのオリジナル魔術。
「今度は僕が相手になります」
相手はまだ18の子供、魔術師になったばかりの若者を目の前にしながらも、ガーユスにはティスタと戦っている時と同様の緊張が走っていた。
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