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65 枯死封印②
しおりを挟むこの地球上に、火を克服した生物はいない。どんなに強い生物であっても、高熱で細胞が破壊されるからだ。その扱いの難しさ故に、火を使う動物は人間や魔族を除くと存在しないと断言できる。
熱や炎を操る魔術を得意とする赤魔氏族でさえ、その身を滅ぼしてしまうかもしれない恐怖から「炎熱防御の魔術」を開発してその身を守っていたほどである。
物理的な防御を落とす代わりに肉体の温度を一定に保ち、皮膚の表面に張った魔力で火炎から身を守る――それが炎熱防御の魔術。つまり「身体の内側だけは何があっても燃えず、熱によって細胞が破壊されない」ということ。
だから僕は、ガーユスが僕から意識を外していた「最初の一撃」で彼の身体に仕込みをした。
「これ、は……ぐ、ぁ゛……!?」
ガーユスの左肩から、植物の蔦が這い出てくる。初撃で肩に撃ち込んだのは、魔力の弾丸ではない。魔力を込めた植物の種だった。
熱と炎の魔術から最も安全な場所は、ガーユスの肉体の内側。その膨大な魔力によって完璧な熱防御をしている彼の身体そのものが、植物を使った自然魔術の行使に最適な環境だった。
僕が長い時間を掛けて魔力を込めた植物の種は、ガーユスの体内で成長して、彼の身体を蝕むように成長していく。左肩の傷口から伸びていく蔦は徐々に樹木へと変わり、彼の身体を包み込んでいく。
「こんな……こんな、もの……っ……!」
ガーユスも身体の内側から生える植物を燃やし尽くそうとするが、その完璧な肉体への熱防御が災いして体内の植物の処理ができない。ものの数秒でガーユスの左半身は樹木に包まれた。
枯死封印は、対象を樹木に封じ込めるもの。その封印は、僕が意図的に解くか、樹木と化した封印者が枯れ死ぬまで続く。
この魔術に囚われた者が「輪廻転生の輪から外れる」という言葉がエルフの魔導書に書かれていたのは、半死半生のまま物言わぬ樹木へと肉体を変貌させて、その身を封じ込め続けるからだった。
魔界で生きてきた古のエルフが使用を躊躇うほどの恐ろしい魔術、当然デメリットもある。必要になる魔力の量が普通の魔術の比ではないのだ。
「はぁ、はっ……ぐ、ぅ……」
僕はその場で立っていられないほどの目眩に襲われて、その場で膝をついてしまった。魔力不足になった時の症状。
僕の魔力は、封印魔術の行使で全て持っていかれてしまった。この封印が失敗すれば後が無い。
魔界の言語による詠唱を終えて、朦朧とする意識の中で相印だけは崩さないように手に力を入れ続ける。人間の世界で使われている「智拳印」に似た相印を続けながら、ガーユスを封じる魔術を行使し続ける。
「ふ、ふざけるな、お前を、殺せばっ……!」
ガーユスはまだ動く右手で回転式拳銃を構えて、僕に銃口を向けた。ティスタ先生に1発を撃ったあの拳銃には、残り5発の弾丸が装填されているはず。
魔力が残っていない僕に、それを防ぐ手段は無い。
(……ここまで来て……!)
この封印魔術は、魔術の行使者が最後まで相印を結んでおく必要がある。対象の肉体全てが樹木に包まれるまで、封印魔術の行使は終わらない。
ガーユスの放った凶弾は、狙いすましたかのように僕の左胸へと命中した。
「が、はっ……」
死を覚悟するような痛みが左胸に走る。しかし、銃弾は僕の身体へは当たらなかった。ガーユスとの戦いの前、御守り代わりにと左胸ポケットに入れていた銀のプレートが銃弾を防いでくれた。これはティスタ先生に貰った魔術学院への通行証。
こんな偶然が有り得るのかと自分でも驚愕している。亡くなった魔術学院の生徒達が、最後に僕を守ってくれたのではないかと思う。
「何故だ、どうして――」
銃弾が直撃したというのに死なない僕の姿を見て、ガーユスの表情から余裕が消えた。弾が胸に当たった衝撃で吹き飛びながらも、僕は相印を崩さない。
もし彼が僕の頭部を狙っていたなら、今の1発で全てが終わっていた。慎重な性格のガーユスは、弾が外れることを嫌って僕の胴体を狙った。それが災いしたのだろう。
「……っ……こんなガキに、俺が、俺だけがやられるものか! お前も、連れて行く……!」
意地でも僕を道連れにしようと考えているであろうガーユスは、ほぼ全身を樹木に覆われながら、辛うじて動く右手で再び銃撃をしようと試みてくる。
「もう、遅い……!」
息も絶え絶えになっている僕は、ガーユスに向けてそう告げる。同時に4発の銃声の後、鉄を弾き飛ばすような音が響いた。
「……~~~っ……いってぇぇ……!……またお気に入りのスーツに穴が空いちまった……!」
ガーユスの苦し紛れの抵抗から僕を守ってくれたのは、ギリギリのタイミングで駆け付けてくれた兄弟子の金井さん。その身を金属のように固くする魔術で盾になってくれたのだ。
「バカ、な、俺が……こんな、愚人に――」
取るに足らない存在だと思っていた者に自分の最後の抵抗すら妨害されたガーユスは、僕達に向けて怒りに震える瞳を向けてくる。
そんな状態の彼に、背後からトドメの一撃が与えられた。
「もう充分暴れたし、好きなだけ殺しただろう。……そろそろ休めよ」
「が、はッ――」
樹木と化しつつあったガーユスの胸元を貫く深紅の刃は、千歳さんが呪術で作り上げた血の刃だった。僕がガーユスとの戦いに赴く前に連絡を入れておいたふたりが間に合ってくれたのだ。
ガーユスは、その身を完全に樹木に変貌させていく。物言わぬ樹木へと姿を変えた魔術師殺しを見て、僕は大きく息を吐いた。
「……すみません、助かりました……」
千歳さんと兄弟子に向けてお礼を言ったあと、僕は完全に気が抜けて地面に倒れ込んだ。
「トーヤさん!? うわ、すごい鼻血だ!」
「金井くん、急いで人を呼んできてくれ。ティスタとトーヤ君を病院へ運ぶよ」
「了解です!」
駆け足で去っていく兄弟子の姿を見送りながら、僕は朦朧とする意識の中でティスタ先生の方へと視線を向ける。
彼女も魔力切れで限界だったようで、眠るように地面に倒れ伏していた。刃物で刺された腹部は止血を終えているから大丈夫だとは思うけれど、すぐにでも駆け寄って元気付けてあげたい。
しかし、もう身体が動かない。
「……トーヤ君。無理をさせてしまってすまない。後始末は全部私達がやっておくから、キミはもう休んでくれ。ティスタを守ってくれた本当にありがとう」
千歳さんからそう言ってもらって気が抜けたのか、強烈な睡魔が襲ってきた。僕は弱々しく頷いた後、静かに目を瞑る。
瞼の裏に浮かぶのは、亡くなってしまった魔術学院の生徒達。彼等は笑顔を浮かべていた。
「みんな、終わったよ――」
今は亡き友人達に向けて事態の収束を告げた後、僕は意識を完全に手放した。
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