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一章 (日常)
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――夢を見た。
夢を見た。
夢を……見た。
荒野に佇む見知らぬ誰かを背後から見ている。
見ようとしていたのか? それとも見ていたのか? あるいは見てしまったのか? それはわからない。その光景が目の前にあるのは確かなこと。
戦場かと思うほど荒れた砂漠と化した場所。周りには崩れ落ちたビルの天辺らしき残骸が寂しく散らばっている。
男は荒野の真ん中にある石に腰を下ろして俯いている。その背中は大きくありながら、ビルの残骸と同様に寂しく見えた。絵になる風景と男。ただ、絵にしてしまうには余りにももったいない。絵では決して表現できないそれにふさわしい記録方法は脳内に焼き付けることしかないと俺は思った。
しばらくして男は立ち上がって、空を仰ぎ見た。その男がどんな表情で、どんな感情で空を仰ぎ見たのは窺い知ることはできない。
だた……俺は思った。苦笑しているのではないかと――
男は少し振り返って、何か言葉を口にした。それは俺に言ったのか、他の誰かか、自分自身に言ったことなのか……。
男は荒野の中を一人歩き始める。男は砂塵とともに姿を消した。
残ったのは意味をなさないビルの残骸と目的がなくなった石。そこはやはり荒野だった。孤を意識させるだけの。
――目が覚めた。
いつも目が覚めると見える天井。
この何の変哲もない天井が今日という日常が始まるのだと感じることができる。
今日は十二月二日。とても寒い。それでも掛布団を取っ払って、ベッドから出なくてはならない。例え今日が休日であっても同じことだけど……
それにしても本当に寒い。これはあれだろうか……お前はきょう一日部屋でぬくぬくしていろと天のメッセージだろうか? それにしたって寒すぎる。
今日もいい匂いがする。これは朝食定番の味噌汁の香り。
妹がキッチンで料理をしている。何年か前までは俺がしていたが中学生になった妹は言った。
「お兄ちゃんの負担を少しでも減らしたいから」
それを聞いたときは妹も大人になったなと兄として嬉しかったりしたものだ。
最初のころは料理が下手で食べられたものではなかった。でも自分も料理を始めた頃も似たようなものだった。作っては失敗して、それを母親はマズイとは言わずに食べていろいろと教えてくれたものだ。
妹が料理を始めた時に母親の立場を経験して、いいものだと感じたし、自分自身いい勉強にもなった。
その妹も今や一人で料理を作れるうえに、俺よりも上手くなっている。嬉しい反面、寂しかったりする。
寒さに反応して震える体を摩りながら起き上がって部屋を出る。
廊下はより一層寒くて背中が丸々。床も冷え切っていてつま先立ちをしたいくらいだ。どうしよう。しようかな?
階段を降りると一層味噌汁の匂いが増して、お腹が唸る。
こんなにもお腹が空いていたのか……アルバイトが遅くなって夜ご飯を抜いたからだな。これではまさに腹が減っては戦ができぬだ。
それにしても、あの夢は一体?
「おはようお兄ちゃん。ご飯もう準備できてるよ」
「おはよう。朝から元気だな」
天草栞。天草家の長女にして、妹。現在中学二年生。
まず一番と特徴は背だ。女子の割に背が高く、兄である俺とほとんど大差がない。兄の威厳も何もありません。母親も背が高いのでおそらく遺伝。どうして俺に遺伝しなかったのか……悲しい限り。
ミディアムヘアに毛先を遊ばせた髪型。家では眼鏡をかけているが外ではコンタクトと二面を持っていたりする。
好みで言えばメガネのほうが断然いい。別に眼鏡属性があったり、妹と一線を――等は全くもってない。誤解している人もいると思っての説明であって、言い訳ではない。
ともかく、眼鏡をかけると少し若く見えて、素で子供っぽい顔立ちの兄としてはそのほうが嬉しいという願望だ。
「まぁね。今日は朝練があるから楽しみで、昨日からテンションが上がりっぱなしだよ」
「それはそれは。まさか昨日は眠れなかったとかはないよな?」
「あるわけないよ……あはははは」
「あったのか。遠足前の小学生じゃあるまいし」
妹は部活動をしている。スポーツ競技の中の陸上をしている。種目は走高跳。全国大会で優勝経験があるほどで、陸上をしている人間なら妹の名前を知っている人は多いい。
走高跳で鍛えた体は引き締まっていて、女性らしさを強める。
手足の長い妹はスポーツ競技全般をそつなくこなす。
兄である俺は全てが平均的で何か突出したものなど一つもない。
妹曰く――
「お兄ちゃんは誰よりも優しいよ」
との事だ。それを言ってくれる妹の方が優しいではないかと泣きたくなったものだ。いろいろな意味で。
「それで、お兄ちゃんはアルバイト?」
「まぁね。八時半からだからゆっくりしていけるかな」
「確か今日は美代子さんの喫茶店だよね?」
「そうだけど?」
「ならこれを美代子さんにありがとうございましたって返しておいて」
手渡されたのはやたらと分厚い料理本。今以上に料理の幅を広げたいようだ。
「わかったよ」
「さっ、ご飯にしよう」
「賛成だ。お腹空き過ぎて背中とお腹が……くっ付くとまではいわないけど」
これが俺の朝の一部だ。
このこの日、大変なことが起こるなんてことはこの時の俺に知る由もなかった……。なんてことを言えたら主人公にでもなれそうなものだけど、俺にはそんな未来は待っていないと確信している。
それは、今までの日々が世の中でありふれている内の一つだからだ。
夢を見た。
夢を……見た。
荒野に佇む見知らぬ誰かを背後から見ている。
見ようとしていたのか? それとも見ていたのか? あるいは見てしまったのか? それはわからない。その光景が目の前にあるのは確かなこと。
戦場かと思うほど荒れた砂漠と化した場所。周りには崩れ落ちたビルの天辺らしき残骸が寂しく散らばっている。
男は荒野の真ん中にある石に腰を下ろして俯いている。その背中は大きくありながら、ビルの残骸と同様に寂しく見えた。絵になる風景と男。ただ、絵にしてしまうには余りにももったいない。絵では決して表現できないそれにふさわしい記録方法は脳内に焼き付けることしかないと俺は思った。
しばらくして男は立ち上がって、空を仰ぎ見た。その男がどんな表情で、どんな感情で空を仰ぎ見たのは窺い知ることはできない。
だた……俺は思った。苦笑しているのではないかと――
男は少し振り返って、何か言葉を口にした。それは俺に言ったのか、他の誰かか、自分自身に言ったことなのか……。
男は荒野の中を一人歩き始める。男は砂塵とともに姿を消した。
残ったのは意味をなさないビルの残骸と目的がなくなった石。そこはやはり荒野だった。孤を意識させるだけの。
――目が覚めた。
いつも目が覚めると見える天井。
この何の変哲もない天井が今日という日常が始まるのだと感じることができる。
今日は十二月二日。とても寒い。それでも掛布団を取っ払って、ベッドから出なくてはならない。例え今日が休日であっても同じことだけど……
それにしても本当に寒い。これはあれだろうか……お前はきょう一日部屋でぬくぬくしていろと天のメッセージだろうか? それにしたって寒すぎる。
今日もいい匂いがする。これは朝食定番の味噌汁の香り。
妹がキッチンで料理をしている。何年か前までは俺がしていたが中学生になった妹は言った。
「お兄ちゃんの負担を少しでも減らしたいから」
それを聞いたときは妹も大人になったなと兄として嬉しかったりしたものだ。
最初のころは料理が下手で食べられたものではなかった。でも自分も料理を始めた頃も似たようなものだった。作っては失敗して、それを母親はマズイとは言わずに食べていろいろと教えてくれたものだ。
妹が料理を始めた時に母親の立場を経験して、いいものだと感じたし、自分自身いい勉強にもなった。
その妹も今や一人で料理を作れるうえに、俺よりも上手くなっている。嬉しい反面、寂しかったりする。
寒さに反応して震える体を摩りながら起き上がって部屋を出る。
廊下はより一層寒くて背中が丸々。床も冷え切っていてつま先立ちをしたいくらいだ。どうしよう。しようかな?
階段を降りると一層味噌汁の匂いが増して、お腹が唸る。
こんなにもお腹が空いていたのか……アルバイトが遅くなって夜ご飯を抜いたからだな。これではまさに腹が減っては戦ができぬだ。
それにしても、あの夢は一体?
「おはようお兄ちゃん。ご飯もう準備できてるよ」
「おはよう。朝から元気だな」
天草栞。天草家の長女にして、妹。現在中学二年生。
まず一番と特徴は背だ。女子の割に背が高く、兄である俺とほとんど大差がない。兄の威厳も何もありません。母親も背が高いのでおそらく遺伝。どうして俺に遺伝しなかったのか……悲しい限り。
ミディアムヘアに毛先を遊ばせた髪型。家では眼鏡をかけているが外ではコンタクトと二面を持っていたりする。
好みで言えばメガネのほうが断然いい。別に眼鏡属性があったり、妹と一線を――等は全くもってない。誤解している人もいると思っての説明であって、言い訳ではない。
ともかく、眼鏡をかけると少し若く見えて、素で子供っぽい顔立ちの兄としてはそのほうが嬉しいという願望だ。
「まぁね。今日は朝練があるから楽しみで、昨日からテンションが上がりっぱなしだよ」
「それはそれは。まさか昨日は眠れなかったとかはないよな?」
「あるわけないよ……あはははは」
「あったのか。遠足前の小学生じゃあるまいし」
妹は部活動をしている。スポーツ競技の中の陸上をしている。種目は走高跳。全国大会で優勝経験があるほどで、陸上をしている人間なら妹の名前を知っている人は多いい。
走高跳で鍛えた体は引き締まっていて、女性らしさを強める。
手足の長い妹はスポーツ競技全般をそつなくこなす。
兄である俺は全てが平均的で何か突出したものなど一つもない。
妹曰く――
「お兄ちゃんは誰よりも優しいよ」
との事だ。それを言ってくれる妹の方が優しいではないかと泣きたくなったものだ。いろいろな意味で。
「それで、お兄ちゃんはアルバイト?」
「まぁね。八時半からだからゆっくりしていけるかな」
「確か今日は美代子さんの喫茶店だよね?」
「そうだけど?」
「ならこれを美代子さんにありがとうございましたって返しておいて」
手渡されたのはやたらと分厚い料理本。今以上に料理の幅を広げたいようだ。
「わかったよ」
「さっ、ご飯にしよう」
「賛成だ。お腹空き過ぎて背中とお腹が……くっ付くとまではいわないけど」
これが俺の朝の一部だ。
このこの日、大変なことが起こるなんてことはこの時の俺に知る由もなかった……。なんてことを言えたら主人公にでもなれそうなものだけど、俺にはそんな未来は待っていないと確信している。
それは、今までの日々が世の中でありふれている内の一つだからだ。
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