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7.もう生きてるだけだよ
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「もう生きてるだけだよ」
正月に地方の田舎に帰省して、その後、自宅に帰る時に玄関で俺を見送る父がそう言った。
少し笑って言った。
なんとなく悲しくなった。
父はもう八十代だ。
緑内障で片目の視力を失った。
もう片方も白内障だ。
一応、こっちの目はまだ見えるが。
体はすっかり弱ってしまった。
母は元気だったのだが、去年、急性心不全で突然亡くなってしまった。
そのこともあり、父は急に老けてしまったような感じもする。
幸い父の住む家の近所に兄がいて、そして、しっかり者の嫁さんがいる。
俺は父とは遠く離れた都内で一人で住んでいる。
普段はこの嫁さんが父の食事を作ったり、家の中を掃除したりと面倒をちゃんと見ているのだが、彼女の親がこれまた突然倒れて入院してしまった。
しかも、両親二人同時に。
もう、てんてこ舞いの状態になった。
兄の嫁さんは一人娘だ。
その看病で忙しくなり、また兄も嫁さんに付いていった。
それで、正月の期間、父を一人にするのはまずかろうと俺が帰省したのだ。
普段はあまり近づかない。
正月に一日帰省するだけって生活が何十年も続いていた。
帰省してもほとんど話すことがない。
母とはまだ話すことがあったのだが。
父とは天気の話とかするだけだった。
俺はずっと独身だ。
一人で過ごすのが好きなんでな。
兄貴の嫁さんの両親の健康状態が落ち着くまで、有給も使ったりして二週間ほど俺は父と過ごすことになった。
俺は料理なんてできない。
適当にそこら辺のスーパーやコンビニでパンやら弁当を買ってくるだけだ。
弁当を父と食べる。
後はテレビを見るだけだ。
会話はない。
ただ、二人でぼんやりと居間でテレビを見るだけだ。
テレビというものもすっかりつまらなくなったなあと俺は思う。
ほんの小さい頃、白黒テレビからカラーテレビに代わったのを思い出した。
確か家に白黒テレビがあったとぼんやりと記憶している。
そう、父と一緒に、近所の小さい電気屋でカラーテレビを買いに行ったのを思い出す。
あの頃は父といるのが楽しかった。
いつの間にか、全然、話さなくなってしまった。
それにしても、テレビとは魔法の箱だったなあ。
いつもワクワクしながら見ていた。
家族みんなで、父、母、兄と俺の四人、一緒に同じ番組を見ていたもんだ。
画面は小さかったけどな。
でも、番組も面白かったし、それに家族全員でテレビを見ると暖かい気分になった。
家族団欒というべきか。
今となっては、なんとも言えない懐かしい雰囲気がよかったなあ。
今は番組も面白くないし、俺も滅多に見なくなった。
もう魔法の箱じゃなくて、ゴミ箱だな。
そんなゴミ箱が映し出すつまらない番組をただ見続ける。
父と会話も全然しないで、ただ、ぼんやりと見るだけ。
正直、つまらないなと思う。
父もつまらなそうにしている。
ただ、時間が過ぎる。
掃除でもしようかと思ったのだが、意外にも家の中はきれいだ。
てっきり、兄貴の嫁さんが掃除してきれいにしたと思ったのだが。
どうも、父は周りのものをどんどん捨てているらしい。
死の用意をしているのだろうか。
終活というやつだろうか。
けど、なんか雰囲気が違うんだよな。
終活というのは残された人たちが困らないように、遺産相続とか亡くなった時の葬儀のこととか、必要なものとかは残すものだ。自分が生きていた証を。
しかし、父は片っ端から捨てているようだ。
父は自分に関するものをほとんど捨ててしまった。
そして母が大事にしていたものもほとんど捨ててしまったらしい。
まるで自分の人生が無かったことにしたいみたいに。
父の人生とはつまらないものだったのか。
しかし、父はまだ生きている。
その結果があの発言なのだろうか。
「もう生きてるだけだよ」
父が人生について、どう考えているのか話したことは一度もない。
今さら聞く気もしないけどな。
さて、兄貴の嫁さんの方が落ち着いたので、俺は自宅に帰ることにした。
もしかしたら、今度帰省する時は父の葬儀かもしれない。
自宅に戻り会社に行く。
仕事を終えて家に帰る。
一人ぽつんと自宅のアパートのテーブルでコンビニ弁当を食べる。
そして、呟いた。
「俺も生きてるだけだよ」
(終)
正月に地方の田舎に帰省して、その後、自宅に帰る時に玄関で俺を見送る父がそう言った。
少し笑って言った。
なんとなく悲しくなった。
父はもう八十代だ。
緑内障で片目の視力を失った。
もう片方も白内障だ。
一応、こっちの目はまだ見えるが。
体はすっかり弱ってしまった。
母は元気だったのだが、去年、急性心不全で突然亡くなってしまった。
そのこともあり、父は急に老けてしまったような感じもする。
幸い父の住む家の近所に兄がいて、そして、しっかり者の嫁さんがいる。
俺は父とは遠く離れた都内で一人で住んでいる。
普段はこの嫁さんが父の食事を作ったり、家の中を掃除したりと面倒をちゃんと見ているのだが、彼女の親がこれまた突然倒れて入院してしまった。
しかも、両親二人同時に。
もう、てんてこ舞いの状態になった。
兄の嫁さんは一人娘だ。
その看病で忙しくなり、また兄も嫁さんに付いていった。
それで、正月の期間、父を一人にするのはまずかろうと俺が帰省したのだ。
普段はあまり近づかない。
正月に一日帰省するだけって生活が何十年も続いていた。
帰省してもほとんど話すことがない。
母とはまだ話すことがあったのだが。
父とは天気の話とかするだけだった。
俺はずっと独身だ。
一人で過ごすのが好きなんでな。
兄貴の嫁さんの両親の健康状態が落ち着くまで、有給も使ったりして二週間ほど俺は父と過ごすことになった。
俺は料理なんてできない。
適当にそこら辺のスーパーやコンビニでパンやら弁当を買ってくるだけだ。
弁当を父と食べる。
後はテレビを見るだけだ。
会話はない。
ただ、二人でぼんやりと居間でテレビを見るだけだ。
テレビというものもすっかりつまらなくなったなあと俺は思う。
ほんの小さい頃、白黒テレビからカラーテレビに代わったのを思い出した。
確か家に白黒テレビがあったとぼんやりと記憶している。
そう、父と一緒に、近所の小さい電気屋でカラーテレビを買いに行ったのを思い出す。
あの頃は父といるのが楽しかった。
いつの間にか、全然、話さなくなってしまった。
それにしても、テレビとは魔法の箱だったなあ。
いつもワクワクしながら見ていた。
家族みんなで、父、母、兄と俺の四人、一緒に同じ番組を見ていたもんだ。
画面は小さかったけどな。
でも、番組も面白かったし、それに家族全員でテレビを見ると暖かい気分になった。
家族団欒というべきか。
今となっては、なんとも言えない懐かしい雰囲気がよかったなあ。
今は番組も面白くないし、俺も滅多に見なくなった。
もう魔法の箱じゃなくて、ゴミ箱だな。
そんなゴミ箱が映し出すつまらない番組をただ見続ける。
父と会話も全然しないで、ただ、ぼんやりと見るだけ。
正直、つまらないなと思う。
父もつまらなそうにしている。
ただ、時間が過ぎる。
掃除でもしようかと思ったのだが、意外にも家の中はきれいだ。
てっきり、兄貴の嫁さんが掃除してきれいにしたと思ったのだが。
どうも、父は周りのものをどんどん捨てているらしい。
死の用意をしているのだろうか。
終活というやつだろうか。
けど、なんか雰囲気が違うんだよな。
終活というのは残された人たちが困らないように、遺産相続とか亡くなった時の葬儀のこととか、必要なものとかは残すものだ。自分が生きていた証を。
しかし、父は片っ端から捨てているようだ。
父は自分に関するものをほとんど捨ててしまった。
そして母が大事にしていたものもほとんど捨ててしまったらしい。
まるで自分の人生が無かったことにしたいみたいに。
父の人生とはつまらないものだったのか。
しかし、父はまだ生きている。
その結果があの発言なのだろうか。
「もう生きてるだけだよ」
父が人生について、どう考えているのか話したことは一度もない。
今さら聞く気もしないけどな。
さて、兄貴の嫁さんの方が落ち着いたので、俺は自宅に帰ることにした。
もしかしたら、今度帰省する時は父の葬儀かもしれない。
自宅に戻り会社に行く。
仕事を終えて家に帰る。
一人ぽつんと自宅のアパートのテーブルでコンビニ弁当を食べる。
そして、呟いた。
「俺も生きてるだけだよ」
(終)
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