人生について考える

守 秀斗

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9.空に飛んで行った風船

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 霊柩車の助手席から、ふと外を見ると風船が飛んでいるのが見えた。
 何の変哲もない赤色のゴム風船。

 どこかここら辺で何かの行事でもしていて、そこから流れて来たのだろうか。
 一個だけ、風に吹かれながら空を漂っている。

 ぼんやりとその風船を見ていると昔の事を思い出した。
 三才くらいの頃だろうか。
 記憶がぼんやりとしている。

 両親と一緒にどこかの場所へ行った。
 そこで風船を配っていたので一個貰った。

 そして、家に帰る途中、俺は持っていた風船の紐をうっかり離してしまった。
 風船はすぐに空へと上って行った。

 そこへ、父親が飛び上がって風船の紐を掴もうとした。
 雲一つない青い空を背景に力強く飛び上がって、風船の紐を掴もうとする父。

 しかし、届かずに風船は遥か上空へと昇っていってしまった。
 飛んで行く風船をただ眺める俺。

「ああ、行っちゃったわねえ。でも、風船なんてどこにでもあるわ」

 母は風船を無くして俺が泣きださないかとちょっと心配そうな感じだった。
 けど、俺は特に悲しくなかった。
 それよりも高々と飛び上がった父親がずいぶん大きいなあと、その時、思ったものだ。
 
「ごめんなあ。もう少しで掴めそうだったんだけどなあ」

 何となくすまなそうに俺に向かって照れ笑いをする父。

 その後、成長するにつれ、父とはあまり会話をしなくなってしまった。
 母とはそこそこ話せたのだが。
 どうも気が合わない。

 家族でも気が合わない場合はある。
 仕方がないと俺は思っていた。

 その後、俺は就職して家を出た。
 あまり、実家には近づかなかった。

 そして、母が急死した。
 葬儀の準備などでいろいろと忙しかった。

 ただ、そこで気づいたのが、父がずいぶん背が低いなあってことだった。
 単に自分の方が大きくなっただけなのだが。

 小さい頃は大男に見えたのだったが、小柄な人だったんだと三十才を過ぎて、ようやく気づいてしまった。
 不思議なものだ、父は自分より背が高いとなぜか思い込んでいた。

 その後、年に一回くらい実家に帰るだけ。
 帰ってもろくな会話が無い。

 そんな関係が長い間続いた後、ある日、警察から電話があった。
 父が亡くなった。

 路上で倒れているところを発見された。
 急性心不全らしい。

 検死が終わった後、あたふたと葬儀を済ませ、実家で遺品の整理をすることになった。
 父は一人で住んでいたのだが意外にも家の中はきれいだった。

 どうも終活をしていたらしい。
 無駄な物はほとんど捨てていた。

 タンスには遺産の件などの詳細なメモと銀行の通帳などが入っていた。
 メモはごく事務的で、俺個人に対して何か特別な文章が書いてあるわけでもなかった。
 でも、父とは仲は良くなかったので別に気にはしなかった。

 本棚にアルバムが残っていた。
 中を見ると、小さい頃の俺の写真がいっぱいあった。
 そして、俺と一緒に写る若い父と母。

 その中に風船を持って両親に挟まれて立っている俺を見つけた。
 小さい遊園地で撮影したらしい。
 三人とも楽しそうに笑っている。

 この風船が、あの時、俺が手を離してしまった風船かなあと俺は思った。
 飛び上がって、何とか風船を取り返そうとした父。
 それがうまくいかなくて照れくさそうに笑っていた。

 あの頃は、父とも笑いあって話してたような気がする。
 葬儀の時、棺に入れた父はすっかり縮こまった感じだった。
 
 その後、霊柩車の助手席から見えた風船。
 父親の魂が俺を見守ってくれてるのか。

 そんなことなんてないか。
 ただの風船だ。

 しかし、あの時の風船を掴めなくて、俺に謝りながら照れ笑いをする父親の顔が浮かんで来た。

 もう少し、父親と仲良くすればよかったかなあと俺はぼんやり思った。

(終)
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