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売られるβ、売るΩ
木下陸翔(Ω)
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隣で眠る健司を置いて、陸翔はシャワーを借りる事にした。時計は見ていないが、カーテンから漏れる光を見るに夜は明けたらしい。
浴室に入り鏡を見ると、全身くまなくキスマークがついている。ホストをやっていた頃なら勘弁してほしかったが、今は特に支障が無い。
シャワーとボディーソープで汗や健司の唾液を流すうち頭がクリアになり、昨夜の記憶を徐々に取り戻していった。
労働組合の宇長に叱られた日の夜、陸翔は真っ直ぐ帰る気になれず適当な店で酒を飲んでいた。
まだ足元がおぼつく間に切り上げ、帰途につくべく街を歩いていたら健司と会った。世間話をしているうちに、ヒートがきたのである。
健司の固く広い肩に担がれながら眺めた、ぼんやりとした夜の街並み、マンションのエントランス、家のドアが開かれる音と映像が蘇る。
あのまま放っておいても誰かが処理してくれただろうが、ご丁寧に家まで運んで相手をしてくれたらしい。
キスマークを見ながら、陸翔は健司の自分への執着がどう使えるかを思案した。
裏社会に生きる人間は、例外無く自己肯定感が低いメンヘラである。もちろん陸翔は自分もそうであると一応自覚はしている。
そのためか、総じて他者からどう見られているかを過剰に気にしており、自分を大きく見せようとする傾向がある。裏社会の人間にとって、マウンティングは命なのだ。
陸翔はあえてそれをしなかった。あまり恵まれた境遇とは言えない生い立ちへの泣き言や学が無い事なんかをあっけらかんと話し、健司の盛っているであろう武勇伝などに「すごいですねー」「羨ましいな」と素直に相槌をうちつつ「健司さんはそうとう努力されたんですね」などと言って賞賛した。
恵まれない境遇で生き抜いた人間は往々にして、そうでない者に比べ人一倍努力してきたという自負を強く持っている。
また、健司から何某か役立つ事をしてもらった時はオーバーな程、感謝を言い表した。
人間は自分が助けた相手、自分に感謝する相手を好きになる。健司の様な他者からの承認に飢えた人間なら尚更だ。
ホストの営業も基本、これである。尽くさせて感謝し、承認欲求を満たしてやる。
健司も店子だった頃は同様の手を使っていたと思うのだが、全く同じ手口に引っかかっているのだから不思議なものだ。
バスローブを羽織り出ると、健司は愛犬のルビアに餌をやりながらそいつの頭を撫でていた。健司は愛犬家だ。
自分がいなければ生きる事ができないであろう、そして変わらず自分を肯定し慕い、感謝し続けてくれる小型の愛玩犬を健司は愛している。
おそらく自分の事もそれに類似した何かだと思っているのだろう、と陸翔は思った。
「その…ありがとう。助かったよ。」
陸翔は健司に近付くと、身を屈めて横に並んだ。
「いつもすまない。世話になってばかりだ。」
すまなそうに俯き、目をフローリングに向ける陸翔に、健司は不愛想に紙袋を突き付けた。中を開くと抑制剤が、おそらく1か月分程入っている。
「抑制剤、飲めって事?」
陸翔は怪訝な顔を健司に向け言った。
健司は何も言わず立ち上がり、バスルームへ向かったが、それが肯定の意味だと察した。
「もう相手してくれないんだ…」
健司の足が止まり、振り返ってこっちを見る。
「俺がいない時はどうするつもりなんだ?!」
堰を切ったように激高し速足で歩み寄ると、健司は問い詰めてきた。
「お前、これまでは一体どうしてたんだ?!たまたま家に居る時だけヒートになるわけじゃないだろ?!孔とヤってたのか?!」
健司が胸ぐらを掴み、今にも殴りかからんばかりの姿勢をとる。白目が血走っており、日焼けした肌がそれでも赤くなっているのが分かった。
「孔とはそもそも、滅多に会わねえよ!落ち着けって…」
顔の右側に激痛が走り、陸翔は尻もちをつく。そこに健司がのしかかり、数発続けざまに殴られた。
気が済んだのか、健司は立ち上がるとバスルームへ向かった。
「健司、次からはもう放っておいてくれ。」
「は?」
健司が「何言ってんだ?」と言う風に足を止め、振り返る。
「次からはもう、相手しなくて良いよ。」
「…あのな」
「遠慮してるんじゃないんだ、その方が良い。」
「跡、付けたからか?」
「今の仕事にそれは差し支えないよ。…上手すぎるんだよ、お前。だからもうやめておこうと思う。」
「は?」
「水野っているだろ、孔に飼われてる奴。あいつ見てると怖くなるんだ、昔は普通の仕事熱心なジャーナリストだったが、今や孔とのセックスしか考えてねぇよ。その方が俺たちにとっちゃ都合が良いけど、同じになるわけにゃいかない。
だからもう…」
「俺たちの立場は、孔と水野の関係とは全然違うだろ。」
健司が陸翔の腕を掴み、うつ伏せにベッドに押さえつけた。はだけたバスローブに手を入れ、体をまさぐり始める。
「水野みたくなれよ、損させねぇから。良い思いさせてやる、だから安心しろ。」
シーツを鷲掴みながら喘ぐ陸翔に荒い息を吐きながら健司は耳元で囁くと、陸翔のネックガードを付けた辺りの下、肩に噛みついた。陸翔は快感か痛み故か判断つきかねる悲鳴をあげた。
浴室に入り鏡を見ると、全身くまなくキスマークがついている。ホストをやっていた頃なら勘弁してほしかったが、今は特に支障が無い。
シャワーとボディーソープで汗や健司の唾液を流すうち頭がクリアになり、昨夜の記憶を徐々に取り戻していった。
労働組合の宇長に叱られた日の夜、陸翔は真っ直ぐ帰る気になれず適当な店で酒を飲んでいた。
まだ足元がおぼつく間に切り上げ、帰途につくべく街を歩いていたら健司と会った。世間話をしているうちに、ヒートがきたのである。
健司の固く広い肩に担がれながら眺めた、ぼんやりとした夜の街並み、マンションのエントランス、家のドアが開かれる音と映像が蘇る。
あのまま放っておいても誰かが処理してくれただろうが、ご丁寧に家まで運んで相手をしてくれたらしい。
キスマークを見ながら、陸翔は健司の自分への執着がどう使えるかを思案した。
裏社会に生きる人間は、例外無く自己肯定感が低いメンヘラである。もちろん陸翔は自分もそうであると一応自覚はしている。
そのためか、総じて他者からどう見られているかを過剰に気にしており、自分を大きく見せようとする傾向がある。裏社会の人間にとって、マウンティングは命なのだ。
陸翔はあえてそれをしなかった。あまり恵まれた境遇とは言えない生い立ちへの泣き言や学が無い事なんかをあっけらかんと話し、健司の盛っているであろう武勇伝などに「すごいですねー」「羨ましいな」と素直に相槌をうちつつ「健司さんはそうとう努力されたんですね」などと言って賞賛した。
恵まれない境遇で生き抜いた人間は往々にして、そうでない者に比べ人一倍努力してきたという自負を強く持っている。
また、健司から何某か役立つ事をしてもらった時はオーバーな程、感謝を言い表した。
人間は自分が助けた相手、自分に感謝する相手を好きになる。健司の様な他者からの承認に飢えた人間なら尚更だ。
ホストの営業も基本、これである。尽くさせて感謝し、承認欲求を満たしてやる。
健司も店子だった頃は同様の手を使っていたと思うのだが、全く同じ手口に引っかかっているのだから不思議なものだ。
バスローブを羽織り出ると、健司は愛犬のルビアに餌をやりながらそいつの頭を撫でていた。健司は愛犬家だ。
自分がいなければ生きる事ができないであろう、そして変わらず自分を肯定し慕い、感謝し続けてくれる小型の愛玩犬を健司は愛している。
おそらく自分の事もそれに類似した何かだと思っているのだろう、と陸翔は思った。
「その…ありがとう。助かったよ。」
陸翔は健司に近付くと、身を屈めて横に並んだ。
「いつもすまない。世話になってばかりだ。」
すまなそうに俯き、目をフローリングに向ける陸翔に、健司は不愛想に紙袋を突き付けた。中を開くと抑制剤が、おそらく1か月分程入っている。
「抑制剤、飲めって事?」
陸翔は怪訝な顔を健司に向け言った。
健司は何も言わず立ち上がり、バスルームへ向かったが、それが肯定の意味だと察した。
「もう相手してくれないんだ…」
健司の足が止まり、振り返ってこっちを見る。
「俺がいない時はどうするつもりなんだ?!」
堰を切ったように激高し速足で歩み寄ると、健司は問い詰めてきた。
「お前、これまでは一体どうしてたんだ?!たまたま家に居る時だけヒートになるわけじゃないだろ?!孔とヤってたのか?!」
健司が胸ぐらを掴み、今にも殴りかからんばかりの姿勢をとる。白目が血走っており、日焼けした肌がそれでも赤くなっているのが分かった。
「孔とはそもそも、滅多に会わねえよ!落ち着けって…」
顔の右側に激痛が走り、陸翔は尻もちをつく。そこに健司がのしかかり、数発続けざまに殴られた。
気が済んだのか、健司は立ち上がるとバスルームへ向かった。
「健司、次からはもう放っておいてくれ。」
「は?」
健司が「何言ってんだ?」と言う風に足を止め、振り返る。
「次からはもう、相手しなくて良いよ。」
「…あのな」
「遠慮してるんじゃないんだ、その方が良い。」
「跡、付けたからか?」
「今の仕事にそれは差し支えないよ。…上手すぎるんだよ、お前。だからもうやめておこうと思う。」
「は?」
「水野っているだろ、孔に飼われてる奴。あいつ見てると怖くなるんだ、昔は普通の仕事熱心なジャーナリストだったが、今や孔とのセックスしか考えてねぇよ。その方が俺たちにとっちゃ都合が良いけど、同じになるわけにゃいかない。
だからもう…」
「俺たちの立場は、孔と水野の関係とは全然違うだろ。」
健司が陸翔の腕を掴み、うつ伏せにベッドに押さえつけた。はだけたバスローブに手を入れ、体をまさぐり始める。
「水野みたくなれよ、損させねぇから。良い思いさせてやる、だから安心しろ。」
シーツを鷲掴みながら喘ぐ陸翔に荒い息を吐きながら健司は耳元で囁くと、陸翔のネックガードを付けた辺りの下、肩に噛みついた。陸翔は快感か痛み故か判断つきかねる悲鳴をあげた。
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