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売られるβ、売るΩ
前井出梢(Ω)
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――この会社に、一矢報いてやりたい。
前井出梢は最近、ずっとそんな事を考えている。
彼女のバースはΩ。この縫製工業ではΩ雇用で働いている。雇用形態はパート、時給は最低賃金。
自分以外の職員は、社長も含めて皆βなのだが、他の職員は彼女と同じ職務内容や勤務時間であり、業績にも違いが無い。それにもかかわらず、雇用形態も賃金も梢よりも遥かに良い。要はバースによる差別である。
訴えたところで何も変わらない事は察していた。それどころか、反抗した事で怒りを買いより酷い扱いを受ける可能性もある。
梢はこの会社を辞めるつもりでいた。蔑ろにされ、踏みにじられ続け、おまけにそれが永遠に続くのだ。そう思うと、あまりの絶望に精神が消耗していった。このまま生きていたくはないと思ったのだ。
最悪、生活保護でも受けながら生きていこう。こいつらの納めた税金使ってでも、生き延びてやるんだ――そう思っていた。
しかしその前に、この会社に何某かの爪痕を残したかった。
梢の職場の隣には、いつの頃からか粗末なプレハブ小屋が建っている。そこからは梢たちの休憩中もずっと、休み無くミシンの音が聞こえていた。
退勤時間になってもまだ、その小屋からは灯りが漏れミシンの音が鳴り響いており、終わる気配が無い。
社長が何も言わなくても、情報はどこからか漏れて広まるものである。また社長もそれを、特に隠しているわけではなかった。
あの小屋の中で作業しているのは、中国から来た外国人技能実習生だと、梢もそう知るまで時間はかからなかった。
ある日こっそり覗くと、そこには4人の女がミシン作業をしていた。女は皆、疲労を感じさせる無表情で、着ている物も継ぎ接ぎがされているなど明らかにボロを纏っている。
外国人技能実習生については、梢も少しは知っている。最低賃金を遥かに下回る低賃金と長時間労働、時には暴力も振るわれながら働かされる奴隷について、国際交流・技術移転を建て前に行われている現代の奴隷制度である、と。
梢は別に、彼女らを救い出したいなどと思ったわけではない。ただ、自分の計画に彼女たちを利用できないだろうか、と考えた。そのためには、彼女らを取り巻く状況を知り、彼女達がそれについてどう考えているのかを把握する必要がある。
しかし、いきなり声をかけたりしても、怖がられ警戒されるだけだろう。彼女ら実習生に近付くきっかけが欲しかった。
そんな事を考えていたある日、たまたま社長室に用事があったので立ち寄ったのだが、中から物凄い怒声が聞こえて思わずノックしかけた手を止めた。
怒声の声の主は社長のものである。続けて女の声が聞こえた。片言の日本語だが、意味はしっかり聞き取れる。はっきりとした口調だが、冷静なその声は、あの技能実習生の誰かであろう。
話の内容は賃金や雇用環境についてである。実習生側が社長に改善を訴え、社長がそれに激昂している様だった。
しばらくすると中から足音が近づいてきたので、梢は急いでそこから離れ、角に身を隠した。
部屋の外に出た社長は電話をかけており、実習生達が雇用環境に文句を言い始めた、と誰かに相談している。しばらく相槌をうった後、安心した様に電話を切り、再び部屋へ入っていくと実習生らを追い出し、ドアを閉めた。実習生たちは、おそらく自分達の職場へ戻っていった。
――強制送還だ。さっき電話していた相手は、実習生を斡旋した協会に違いない。今日中にでも、協会はチンピラを送り彼女らを強制送還させるだろう。
梢は辺りを見回し誰も見ていない事を確かめると、彼女らの後を追った。
前井出梢は最近、ずっとそんな事を考えている。
彼女のバースはΩ。この縫製工業ではΩ雇用で働いている。雇用形態はパート、時給は最低賃金。
自分以外の職員は、社長も含めて皆βなのだが、他の職員は彼女と同じ職務内容や勤務時間であり、業績にも違いが無い。それにもかかわらず、雇用形態も賃金も梢よりも遥かに良い。要はバースによる差別である。
訴えたところで何も変わらない事は察していた。それどころか、反抗した事で怒りを買いより酷い扱いを受ける可能性もある。
梢はこの会社を辞めるつもりでいた。蔑ろにされ、踏みにじられ続け、おまけにそれが永遠に続くのだ。そう思うと、あまりの絶望に精神が消耗していった。このまま生きていたくはないと思ったのだ。
最悪、生活保護でも受けながら生きていこう。こいつらの納めた税金使ってでも、生き延びてやるんだ――そう思っていた。
しかしその前に、この会社に何某かの爪痕を残したかった。
梢の職場の隣には、いつの頃からか粗末なプレハブ小屋が建っている。そこからは梢たちの休憩中もずっと、休み無くミシンの音が聞こえていた。
退勤時間になってもまだ、その小屋からは灯りが漏れミシンの音が鳴り響いており、終わる気配が無い。
社長が何も言わなくても、情報はどこからか漏れて広まるものである。また社長もそれを、特に隠しているわけではなかった。
あの小屋の中で作業しているのは、中国から来た外国人技能実習生だと、梢もそう知るまで時間はかからなかった。
ある日こっそり覗くと、そこには4人の女がミシン作業をしていた。女は皆、疲労を感じさせる無表情で、着ている物も継ぎ接ぎがされているなど明らかにボロを纏っている。
外国人技能実習生については、梢も少しは知っている。最低賃金を遥かに下回る低賃金と長時間労働、時には暴力も振るわれながら働かされる奴隷について、国際交流・技術移転を建て前に行われている現代の奴隷制度である、と。
梢は別に、彼女らを救い出したいなどと思ったわけではない。ただ、自分の計画に彼女たちを利用できないだろうか、と考えた。そのためには、彼女らを取り巻く状況を知り、彼女達がそれについてどう考えているのかを把握する必要がある。
しかし、いきなり声をかけたりしても、怖がられ警戒されるだけだろう。彼女ら実習生に近付くきっかけが欲しかった。
そんな事を考えていたある日、たまたま社長室に用事があったので立ち寄ったのだが、中から物凄い怒声が聞こえて思わずノックしかけた手を止めた。
怒声の声の主は社長のものである。続けて女の声が聞こえた。片言の日本語だが、意味はしっかり聞き取れる。はっきりとした口調だが、冷静なその声は、あの技能実習生の誰かであろう。
話の内容は賃金や雇用環境についてである。実習生側が社長に改善を訴え、社長がそれに激昂している様だった。
しばらくすると中から足音が近づいてきたので、梢は急いでそこから離れ、角に身を隠した。
部屋の外に出た社長は電話をかけており、実習生達が雇用環境に文句を言い始めた、と誰かに相談している。しばらく相槌をうった後、安心した様に電話を切り、再び部屋へ入っていくと実習生らを追い出し、ドアを閉めた。実習生たちは、おそらく自分達の職場へ戻っていった。
――強制送還だ。さっき電話していた相手は、実習生を斡旋した協会に違いない。今日中にでも、協会はチンピラを送り彼女らを強制送還させるだろう。
梢は辺りを見回し誰も見ていない事を確かめると、彼女らの後を追った。
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