53 / 63
売られるβ、売るΩ
木下陸翔(Ω)
しおりを挟むうつ伏せに組み伏せられた陸翔の視界の先には、自分の左手、そこにかけられた日本刀の切っ先がある。
場所はいつもの中華料理店、陸翔に冷眼を向け見下ろしながら、孔はゆったりと椅子に座っていた。
孔の舎弟に体を押さえられ、日本刀を左腕にかけられた状態で、陸翔は冷や汗をかきながらも何とかこの窮地を脱する方法を考えている。
実習生を斡旋している縫製工場の社長、安部田から「実習生が賃金や待遇について抗議してきた」と相談がきたのが数日前だ。
こういう場合、実習生を強制送還させて新たな実習生を斡旋するのが手っ取り早い。
今夜にでも彼女らの滞在する掘っ立て小屋に、チンピラ数名を使って押しかけ、空港へ連れて行くと約束したし、そのつもりだった。
しかしその晩、小屋へ行くともぬけの殻であった。慌てて近辺を捜索するが、見つからず夜は明け、朝十字頃に労総から「実習生をこちらで保護した。それについて協議したい」と電話があった。
待ち合わせ場所に出てきたのは、前回と同じ姜宇長である。「またお前か」という顔はしなかったが、内心そう思ったに違いない。
以前にも増して厳しい説教を受け、安部田も雇用環境を改善せざるを得なくなった。
安田部は「そんな雇用形態では会社が潰れる」と言い悔し涙を流していたが、まともな雇用形態で潰れるような会社では、どうせ先は長くなかっただろう。
中尾の会社でのトラブル以降、陸翔は実習生の監視によりいっそう力を入れていた。携帯電話の類は所持していないか、徹底的に取り調べ、見つけ次第取り上げてきた。
今回、なぜこんな失態が起きたのか訳が分からない。一体、彼女らはどうやって労総と接触したのか。
おまけに姜宇長は陸翔の経営する協会自体を問題視するようになり、彼の斡旋する会社を洗いだしたため、こうしたトラブルが立て続けに起きた。
そして今夜、孔に呼び出されこんな目に遭っているのである。
切っ先が左腕を離れ、ホッとした時すぐ目の前で日本刀が絨毯の上に勢いよく突き刺さった。
舎弟の手が体を離れ、自由になった後もしばらくの間そのままの姿勢だった。
――次は無い
これは、そういうメッセージだ。
――孔を殺るしかない
陸翔は自分が生きのびるため、そう決意した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
16
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる