81 / 87
第八十一話 きっと適切な手段ではあるのだろうけれど(オレスティア視点)
しおりを挟むなにが起こったのか、理解できなかった。
まずはオレステスがオレスティアの体を使って馬車の上に登ったことに驚いた。オレスティア本人であれば、あんなアクロバティックに、しかもあれほど軽々とは動けなかっただろう。
だが、打ち上げられた火球を見たときの驚愕は、その比ではなかった。
「――私が魔法を使ってる……」
おそらく、周辺には聞こえていないだろう。それくらい小さな呟きが、オレスティアの口から洩れる。
「よっ」
登ったときと同じような軽い掛け声と共に、ぴょんと飛び降りてくるオレステスにハッと我に返った。
「オオオオオオオオオオレステ――!」
「どうされました、オレステスさん」
慌てていたせいでついうっかり「オレステスさん」と呼びかけそうになっていることに気づいたのだろう。にっこり笑う、オレスティア姿のオレステスに、やんわり止められた。
たしかにオレステスがオレスティアに向かってオレステスさんと呼びかけるのはおかしすぎる。今更ながらややこしいなと、ふと正気に返った。
「あの、オレスティアさんは魔法を使えなかったのでは……?」
戸惑いを隠せず、それでも周りの目を気にしながら言葉を選ぶオレスティアに、オレステスはふふっといたずらな笑みを刻む。
「ルシアさんに習ったんです」
「ルシアさんに?」
ちらりとルシアに目を向けると、彼女もオレステスと同じような顔で笑っている。
「魔力も――理由はわからないけれど、内に眠っていただけみたいで。それもルシアさんが目覚めさせてくれました」
これはオレスティアに向けたというより、周囲で愕然としている従者たちに聞かせるためか。
そう言ったあと、「ねー」と顔を見合わせて笑うルシアとオレステスは、完全にいたずらが成功した女児2人組だ。
説明は事実ではない。魔法を教えてくれたのはルシアだろうが、魔力の目覚めは彼女によるものではなかった。
けれど、ずっと魔力がないとされていたオレスティアを知っている従者たちには、こちらの方が説得力がある。
「――お嬢様」
しかつめらしい顔で声をかけたのは、この一団をまとめる責任者を押しつけられた騎士だ。年は40過ぎくらい、オレスティアも子供の頃から知っている人物だった。
「ゲルマニクスさん」
ぽそっと思わず名を呟く。決して親しい仲ではないのでよくは知らないが、たしか没落貴族の出であったはずだ。
「侯爵閣下にこのことは――」
「伝えていません」
先ほどまでルシアとにこやかに話していたのとは対照的な、冷徹な表情を作ったオレステスが答える。
「では――」
「伝えないでください」
伝えるために引き返す。そう続けられるよりも先に、オレステスはきっぱりと言い放った。
元から険しかったゲルマニクスの顔が、さらに厳しくなった。
オレスティアが物心ついた頃にはもう、彼は侯爵家に仕えていた。忠誠心はあるだろう。だからこそ侯爵に疎まれていたオレスティアを軽んじる傾向のある人物でもあったのだ。
それでもオレスティアは気が弱く、反抗的な態度ひとつとってこなかった。こうやって強気で言い返す姿に、違和感を覚えるのは当然のことだ。
「そのようなわけには――!」
「連れ戻されたくないのです」
気色ばみかけたゲルマニクスを制するように上げられたオレステスの声は、あくまで冷静だった。
「あなただってご存じのはずです。私があの家で、どのような扱いを受けてきたのかは」
「――」
「どうか、私の望みを聞いてはいただけませんか?」
わずかに首を傾げ、ゲルマニクスを見上げるオレステスの姿は、どう見ても可憐な少女だ。
傍から見る「自分の姿」に、なるほど、こうやって容姿の印象を武器に使う方法もあるのかと妙に納得する。
「もちろん、あなたの立場もわかります。ですからどうぞ、侯爵にはこうお伝えください、私に脅されたと」
「――脅された?」
「ええ。もし辺境へ向かわず、引き返して侯爵にこのことを伝えるのなら、すべてを投げ捨てて逃走する、と」
「――っ!」
「辺境伯からは支度金などをすでに受け取っています。契約はすでに結ばれました。それを反故にしたら――荒くれ者と聞く辺境伯は、おとなしく引き下がってくれるかしら?」
いいえ、そんなはずがない。反語で断言し、オレステスは続ける。
「もしかしたら、契約を反故にしてでも魔力を持つ娘を手元に置いておきたい、侯爵はそう考えるかもしれない。けれど、戻されそうになれば、私は迷いなく逃げ出します。そうしたら金も私という道具も失い、さらには辺境伯を敵に回し――侯爵は八方ふさがりになりますね?」
平静な顔で言の葉を紡いでいたオレステスの口元が、わずかにつり上がる。
オレステスは言った、脅されたと言えばいい、と。
けれどこれは「言えばいい」どころではない、実際の脅しに他ならなかった。
なにせ、魔法を使って見せたのだ。見せたのが実力すべてとは限らない。「力」をもってしてでも逃げて見せる、そういうアピールの意味もあったのではないか。
「もちろん、私が無事に辺境へたどり着き、あなたが護衛の任務を終えてお戻りになったときには侯爵に伝えていただいて構いません。そうすればあなたは侯爵の利益を守るために動いた、忠誠心厚き騎士でいられる。――ね?」
にっこりと笑いながら、オレステスはゲルマニクスの手を握りしめる。
うまい手法だ。脅しと情と、どちらにも訴えているのだから。
けれど、うるうると瞳まで潤ませて見せている演技過剰な姿に、一気に冷めるのを感じてもいた。
0
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる