鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

月島 成生

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第八十一話 きっと適切な手段ではあるのだろうけれど(オレスティア視点)

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 なにが起こったのか、理解できなかった。

 まずはオレステスがオレスティアの体を使って馬車の上に登ったことに驚いた。オレスティア本人であれば、あんなアクロバティックに、しかもあれほど軽々とは動けなかっただろう。
 だが、打ち上げられた火球を見たときの驚愕は、その比ではなかった。

「――私が魔法を使ってる……」

 おそらく、周辺には聞こえていないだろう。それくらい小さな呟きが、オレスティアの口から洩れる。

「よっ」

 登ったときと同じような軽い掛け声と共に、ぴょんと飛び降りてくるオレステスにハッと我に返った。

「オオオオオオオオオオレステ――!」
「どうされました、オレステスさん」

 慌てていたせいでついうっかり「オレステスさん」と呼びかけそうになっていることに気づいたのだろう。にっこり笑う、オレスティア姿のオレステスに、やんわり止められた。
 たしかにオレステスがオレスティアに向かってオレステスさんと呼びかけるのはおかしすぎる。今更ながらややこしいなと、ふと正気に返った。

「あの、オレスティアさんは魔法を使えなかったのでは……?」

 戸惑いを隠せず、それでも周りの目を気にしながら言葉を選ぶオレスティアに、オレステスはふふっといたずらな笑みを刻む。

「ルシアさんに習ったんです」
「ルシアさんに?」

 ちらりとルシアに目を向けると、彼女もオレステスと同じような顔で笑っている。

「魔力も――理由はわからないけれど、内に眠っていただけみたいで。それもルシアさんが目覚めさせてくれました」

 これはオレスティアに向けたというより、周囲で愕然としている従者たちに聞かせるためか。
 そう言ったあと、「ねー」と顔を見合わせて笑うルシアとオレステスは、完全にいたずらが成功した女児2人組だ。

 説明は事実ではない。魔法を教えてくれたのはルシアだろうが、魔力の目覚めは彼女によるものではなかった。
 けれど、ずっと魔力がないとされていたオレスティアを知っている従者たちには、こちらの方が説得力がある。

「――お嬢様」

 しかつめらしい顔で声をかけたのは、この一団をまとめる責任者を押しつけられた騎士だ。年は40過ぎくらい、オレスティアも子供の頃から知っている人物だった。

「ゲルマニクスさん」

 ぽそっと思わず名を呟く。決して親しい仲ではないのでよくは知らないが、たしか没落貴族の出であったはずだ。

「侯爵閣下にこのことは――」
「伝えていません」

 先ほどまでルシアとにこやかに話していたのとは対照的な、冷徹な表情を作ったオレステスが答える。

「では――」
「伝えないでください」

 伝えるために引き返す。そう続けられるよりも先に、オレステスはきっぱりと言い放った。
 元から険しかったゲルマニクスの顔が、さらに厳しくなった。

 オレスティアが物心ついた頃にはもう、彼は侯爵家に仕えていた。忠誠心はあるだろう。だからこそ侯爵に疎まれていたオレスティアを軽んじる傾向のある人物でもあったのだ。
 それでもオレスティアは気が弱く、反抗的な態度ひとつとってこなかった。こうやって強気で言い返す姿に、違和感を覚えるのは当然のことだ。

「そのようなわけには――!」
「連れ戻されたくないのです」

 気色ばみかけたゲルマニクスを制するように上げられたオレステスの声は、あくまで冷静だった。

「あなただってご存じのはずです。私があの家で、どのような扱いを受けてきたのかは」
「――」
「どうか、私の望みを聞いてはいただけませんか?」

 わずかに首を傾げ、ゲルマニクスを見上げるオレステスの姿は、どう見ても可憐な少女だ。
 傍から見る「自分の姿」に、なるほど、こうやって容姿の印象を武器に使う方法もあるのかと妙に納得する。

「もちろん、あなたの立場もわかります。ですからどうぞ、侯爵にはこうお伝えください、私に脅されたと」
「――脅された?」
「ええ。もし辺境へ向かわず、引き返して侯爵にこのことを伝えるのなら、すべてを投げ捨てて逃走する、と」
「――っ!」
「辺境伯からは支度金などをすでに受け取っています。契約はすでに結ばれました。それを反故にしたら――荒くれ者と聞く辺境伯は、おとなしく引き下がってくれるかしら?」

 いいえ、そんなはずがない。反語で断言し、オレステスは続ける。

「もしかしたら、契約を反故にしてでも魔力を持つ娘を手元に置いておきたい、侯爵はそう考えるかもしれない。けれど、戻されそうになれば、私は迷いなく逃げ出します。そうしたら金も私という道具も失い、さらには辺境伯を敵に回し――侯爵は八方ふさがりになりますね?」

 平静な顔で言の葉を紡いでいたオレステスの口元が、わずかにつり上がる。

 オレステスは言った、脅されたと言えばいい、と。
 けれどこれは「言えばいい」どころではない、実際の脅しに他ならなかった。
 なにせ、魔法を使って見せたのだ。見せたのが実力すべてとは限らない。「力」をもってしてでも逃げて見せる、そういうアピールの意味もあったのではないか。

「もちろん、私が無事に辺境へたどり着き、あなたが護衛の任務を終えてお戻りになったときには侯爵に伝えていただいて構いません。そうすればあなたは侯爵の利益を守るために動いた、忠誠心厚き騎士でいられる。――ね?」

 にっこりと笑いながら、オレステスはゲルマニクスの手を握りしめる。
 うまい手法だ。脅しと情と、どちらにも訴えているのだから。

 けれど、うるうると瞳まで潤ませて見せている演技過剰な姿に、一気に冷めるのを感じてもいた。
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