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第八十三話 ほんのりと浮かぶ疑惑(オレスティア視点)
しおりを挟む「なんつーか……こう、空気がよくねぇな」
旅は順調に続いている。なんら障害らしいものは感じられない。
なのに、町についたオレステスが馬車を降りながら眉をひそめる。
空気と言うからには、火事とかだろうか?
さっと目を走らせる限りには、煙などは見えない。くんかくんかと鼻で嗅ぐのはさすがに行儀が悪くて躊躇われたので、代わりに深呼吸をしてみた。
「物理的な話じゃないからね?」
そんなオレスティアの仕草に気づいたのだろう。ルシアがくすくすと笑う。
指摘にほんのり赤面してしまうと、オレステスがくっくっと喉を鳴らした。
「ああいや、悪い。空気感? 雰囲気? みたいなヤツだ」
オレステスはそう言うけれど――と、周囲を見渡してみる。
町の規模は、比較的大きな方だろう。行き交う人々も賑わっているし、不穏な印象はない。
――賑わっている? 考えて、ふと違和感を覚える。
たしかに大通りを歩く人たちに笑顔はあるのだが、どことなくぎこちない気がしないでもない。
「見てみな」
目線で指し示すオレステスに促されるままそちらに目を向けると、物陰に立つ数人の男たちを見つけた。
口の端はつり上がっているけれど、笑顔と呼ぶにはどことなしに邪悪さを感じられる。
よく見てみると、そういった人影が町の隅にちらほらと見えた。
「強盗って感じじゃねぇな。スリ集団ってとこか」
「けどあんなバレバレじゃあ、うまくいかないでしょ」
「おれらみたいな冒険者でやられるヤツはいねぇだろ。でも一般人相手ならなんとかなるんじゃねぇか」
知らねぇけど。呆れを示すように片眉を上げるオレステス。
「ま、なんにせよ慣れてねぇんだろな」
ふざけた調子で肩を竦めたあと、オレステスはふっとっ真顔に戻る。
「ってことは、最近の情勢が悪いってこった」
最近、とオレステスは言った。なるほど、慣れていないということは、最近まではそれをせずに暮らしていけていた可能性がある。
うまく立ち行かなくなったからこそ、働くのをやめ、あるいはプラスアルファとして安易に犯罪に手を染めた。
ここはすでに、辺境領のはずだ。ということは――
「代替わりした辺境伯、実は無能か?」
オレステスが口にしたのは、オレスティアが思い浮かべたことそのものだった。
たしか、代替わりしたのは三年くらい前のはずだった。それだけの期間でほころびが出てきているのならば、そう結論付けるのは無理もないと思う。
通常、よほど傍若無人な暴君でもない限りは、それほど急激に傾くことはない。
いや、暴君であったとしても、じわじわと弱っていく方が圧倒的に多かった。
伝え聞く限り、現辺境伯は結婚のサイクルが短い以外での醜聞は聞かない。なのに急激に経済が傾いたというなら、よほどの失策をしたのではないかと疑いたくもなる。
もっとも先代や先々代からゆっくりと腐っていたのが表に出ただけかもしれないが――
「んー、それはどうかしら」
オレステスたちと立てた計画では、辺境伯の為人に左右される事項がかなりあった。それを思うほどに湧き上がってきた不安が顔に表れてでもいたのか、オレスティアの深刻さとは対照的に軽い口調でルシアが首を捻る。
「馬車の中で居眠りしてたオレステスはともかく、オレスティアさんは馬だから、周りを見ながら来たわよね?」
質問に、迷わず首肯する。
馬に乗って遠出などしたことがなかったので、街道を進むのが楽しく、周辺を観光気分で見渡しながらやって来た。
「街道沿いなのに倒木があったり、道が荒れたりしてたの、気づいた?」
「ええ、たしかに言われてみれば――」
「あれ、なんでだと思う?」
「なんでって……」
問われて、少し黙る。首都の町中しか知らないオレスティアは、ここの辺りは田舎だから整備が追いついていないとかそういった感じかしらと漠然と考えていた。
「盗賊、とかですか?」
「違うわね」
つい今まで治安の悪さの話をしていたから、流れ的にそうかと思って口にしてみると即座に否定された。
そしてルシアは、ひた、とオレスティアの瞳を見つめる。
「モンスターよ」
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