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第八十五話 不都合と言うには今更すぎる
しおりを挟むどうやら魔物が近辺をうろついているらしい。
三人の――というか、ほぼルシアの、だけれど――考えをゲルマニクスに伝えるのは、オレスティアにやってもらうことになった。
護衛達も、魔法が使えるルシアの実力はもう疑っていないだろう。だが、見た目的にあからさまに強そうで、なおかつ騎士を名乗る「オレステス」の姿で話す方が信憑性は増す。
その上、「辺境伯の使者」であることを強調する意味もあった。
「私が領地にいる間はここまでではなかったのですが――より状況が悪化しているように見受けられる」
なかなか演技もうまくなったじゃねぇか。
口元に軽く手を当てながら、難しい顔で報告するオレスティアに、内心で笑みを刻む。
「――そうか」
それを受けたゲルマニクスの渋面は、オレスティアの比ではなかった。
「辺境伯が王都に来れなかった理由も、そこにあるのか?」
オレスティアは口を開かない。頷きもしない。ただじっとゲルマニクスの顔を見つめる。
無言で語る、というやつだ。口を開かないからこそ、相手は勝手に深読みしてくれる。
正直、今回の作戦は杜撰なところが多い。作戦と呼んでいいかとためらうほどだ。
けれど事を進めていく中で、わかったことから都度、無理矢理辻褄らしいものを合わせるしかないのだからしょうがなくはある。
この状況では言い訳や弁明めいて語れば語るほど、ボロが出る可能性は高くなる。
「――なるほどな」
相も変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ゲルマニクスが呟く。
「ならばここから先は、より注意が必要ということか」
「その方がよろしいかと」
あくまでも主はゲルマニクスであり、「オレステス」は客員みたいなものだ。助言はしても、決定権はない。
もしこれがオレステス本人なら、実戦には乏しいゲルマニクスに対して、ああでもないこうでもないと助言と称して口を出していただろう。
だが今、「オレステス」は「オレスティア」だった。彼女の控えめな性格がうまくはまって、自然とゲルマニクスを立てるような言動になっている。
それが功を奏したのか、ゲルマニクスも「オレステス」に多少の信頼は置いてきたように見えた。
「では、斥候を送るとしよう」
どうだ? と意見を求められたオレスティアが、ちらりとオレステスを見る。判断を委ねられて一瞬迷い、考え、その後オレステスは頷いて見せた。
面倒だな、というのが正直な感想だった。
ここからならば、伯爵邸までは馬車でも五日、馬なら二、三日だ。早さで言うなら、ルシア、オレスティア、オレステスの三人だけでさっさと馬で行った方がいい。
だがそのような行動が許されるはずもない。安全面からも、立場的にも、だ。
せっかくここまで猫を被り、表面を取り繕ってきたのに、あえてここですべてご破算にする理由はない。斥候ならば強行軍往復で三日程度で済むだろう。
待つしかない。そう判断したわけである。
オレステスの首肯を受けて、オレスティアもゲルマニクスに向かって頷いた。
これで行動は決定したわけではあるのだが――
退屈だった。
なにせオレステスはオレスティアの姿なのだ。そうそうに動き回れない。
逆に、オレステスの姿とはいえ中身がオレスティアなのに、動かせるわけにもいかない。
そこでゲルマニクスには、「オレスティア」の護衛のために「オレステス」を宿に残して欲しいと頼むことにした。
いざとなったときには「オレスティア」だけでも守らなければならない。その場合は地の利がある「オレステス」が一緒の方がいいと嘘八百を並べ立てたのである。
結果、様子を探るのはルシアの役目となった。
そこで宿に残されたのは、オレステスとオレスティアのみとなる。
二人しかいない空間で、退屈しのぎにできることとなれば限られてくるわけだが――
「なにやってるのよ、あなたたち」
部屋に戻ってきたルシアが、開口一番に呆れを発する。
「なにって、なぁ」
オレスティアに同意を求めながら、オレステスは額から流れる汗を腕で拭う。
同じく頬に浮いた汗をそっとハンカチで押さえながら、オレスティアも頷いた。
狭い部屋の中でがっつり鍛錬することもできないので、地味な筋トレしかできなかったのだが、やはりおかしかったのだろうか。
「まぁいいわ」
肩を竦めて軽く嘆息し、ルシアがソファに座る。と、そこにすかさず、オレスティアが紅茶を出してきた。
もう見慣れてきた光景ではあるが、その姿が自分であることを客観視してしまうと、改めておかしなものだ。
「なにかわかったか?」
今更な違和感を口にしても始まらない。オレステスが口にしたのは、まったく別の事柄だった。
もちろんこの流れを想定していたのだろう、ルシアはくすりと笑っていたずらっぽく笑って口を開いた。
「例のおとぎ話、どうやら本当のことっぽいわ」
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