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第二十三話 「強くならないと」
しおりを挟む「ウソ……だろ……?」
みっともなく地面に四つん這いになった状態で、オレステスは思わず呟いた。
スピリティス家には、鍛練場などという気の利いたものはなかった。けれど、武人の家系ではないと言いつつ、貴族の男としてのたしなみ程度には剣術をかじっているらしく、庭には多少の鍛練を行えるような開けた場所がある。
聞けば、幼い頃にアレクサンドルもそこで剣術を学んだらしい。今でもたまに練習はしているというから、人は見かけによらないものだ。
とにかくその場所で、レイピアを構え、突きや受けなど、軽く型らしきものをやってみた。
本当に軽く、だ。
なのに、それだけでレイピアを持ち上げることすらできないほどに腕は痺れ、型としての足捌きをやっていたせいなのか脚にも力が入らなくなってしまった。
女ってのはこんなに体力がないのか?
それとも、この女が特別に貧弱なのか。
たしかにスープやサラダだけでは体力も腕力もつかないだろうことは想定済みだったが、予想を大きく外れて貧弱に過ぎた。
「急になにを始めるかと思えば――あなたには無理に決まっているでしょう」
呆れというよりは、小ばかにすると言った方が正しいかもしれない。口元にうすら笑いを浮かべて両手を広げる仕草にイラッとする。
イラ立ちはするが、実際にまったく鍛錬にならなかったことを考慮すれば、言い返すことはできない。
できたとしても、せいぜい「うるせぇ」と吐き捨てるぐらいだが、みっともなさしかないので我慢する。
「でも――強くならないと」
きゅっと唇を噛みしめる。でないと、「オレスティア」を虐げてきた連中を見返すことができない。
――いや、他にも方法はあるのかもしれない。アレクサンドルから聞いた話から考えれば、魔法を使えるようになるのが一番だろう。
だが魔法は、特性が必要だ。この環境ならば、おそらくオレスティア本人も努力したことだろう。それでできなかったことが、できるようになるとも思えない。
オレステス自身くらいまで、というのはきっと無理だ。しかし程度の差はあれ、筋肉や体術ならば鍛えれば確実に身につく。
中にはまったく素養のない者もいるが、動いてみた限り、オレスティアはおそらく平均値くらいだと思われる。
――ただ、致命的に筋力と体力が欠如しているだけで。
だがそれは、トレーニングをしていけば補える。道のりは甚だ遠いけれど。
「…………レイピアが厳しいようなら、まずは木刀から始めては?」
四つん這いになったまま、悔しさに任せて地面の芝生を握りしめる。そんなオレステスに覚悟めいたものでも感じたのか、アレクサンドルがぼそりと呟く。
「――え?」
「木刀の方が、細くはあっても金属であるレイピアよりは軽いです。そちらで慣れてから真剣を使ってもいいのでは。現に僕も、子供の頃はそうやって鍛えてましたし」
盲点だった。
いや、考えればすぐにわかることだったが、筋力面で苦労したことがないオレステスはつい、即実戦で使える得物を、と考えてしまった。
あなたってホント、脳みそまで筋肉みたいよね。
最後に組んだ女魔導士に呆れられ、笑われたことを思い出す。
「で、どうします? そうするなら、木刀、持ってきますけど」
「そうします! ありがとう!」
「別に。お礼を言われるほどのことじゃありませんし」
不貞腐れたような表情で言いながら、すっとオレステスの前に手を差し出してくる。
汗に濡れ、土で汚れたオレステスの手を取ることに抵抗がないのか。軟弱な貴族の坊ちゃんなら嫌がりそうなものなのに。
「――なんですか?」
呆然と見上げるオレステスに、アレクサンドルの顔つきはあくまで不服そうだった。
それでも、早く掴まれとばかりに手をさらに突き出してくるのがおかしくて、ふと笑みが洩れる。
「いえ……意外といい人だなと思って」
「は?」
差し出された手を掴み、立ち上がりながら言うと、アレクサンドルの顔が真っ赤になる。
「ほ、褒めるつもりなら、意外と、なんてつけるのは失礼だと思いますけど!?」
「たしかに。――ごめんなさい。そして改めて、ありがとう」
「――っ」
純粋な弟は、「オレスティア」の笑顔にさらに赤くなる。
「と、とりあえず木刀持ってきますから! 戻って来るまで、姉さんは座って休んでてくださいっ!」
気遣う言葉を怒鳴り散らしながら去っていくのがおかしくて、つい、また笑ってしまった。
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