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第二十一話 謝らないで(オレスティア視点)
しおりを挟む鏡に映るのは、どこからどう見ても男性だった。
自分が直接目にした太い腕、逞しい手の主としてふさわしい、まさに筋骨隆々といった姿。
オレスティアの周囲にいる男性――父や弟、執事など、身長はともかく細身だから、ここまで屈強な体躯の者はいない。
それどころか、街へ出る時などにつけられる護衛の中にだっていないだろう。
顔立ちも、全体的に小作りなオレスティアとは大違いだった。目と口は大きく、鼻は高い。眉も眦もキリッとつり上がっていて、強面の部類に入る。
オレスティアとは似ても似つかぬ姿――そう思いかけて、気づく。瞳と髪の色は一緒だ、と。
そういえば、名もオレステスと言っていたか。女性がそう呼んでいた。
ならば、名前も同じだ。
もっとも、珍しくもないから特に感慨などはないけれど。
「今更なに言ってるの? あなたがムダに大きいのなんて、今に始まったことじゃないし」
急に立ち上がったオレスティアについてくる形で、女性も立っていた。思っていたとおりにかなり小柄で、オレスティアの――「オレステス」の胸くらいまでしかない。
「これくらい大きくなったのは、初めてなので……」
「――は?」
「今まで男性だったこともなくて。急にこのようなことになってしまって……」
「あー待って待って」
なにが起こったのか、これからどうなるのかなど、考えれば考えるほどに不安になる。
思わず浮かんできた涙を隠そうと両手で顔を覆ったところで、頭を抱えた女性に遮られた。
「さっきから本当にどうしちゃったのよ、オレステス! やっぱり打ち所が悪かった?」
「――悪かった、のかもしれません」
頭を打ったせいで人格が入れ替わったなという事例があるのかはわからない。
わかるのはただ、オレスティアはオレステスではないということだけだった。
「わからないんです、私。どうしてこのようなことになっているのか……ここがどこなのか、このオレステスさんというのが何者なのか、ご親切にしてくださってるあなたのことも、なにも」
話しているうちにまた、不安が湧き上がってくる。後半にはもう涙声になってしまっているのが、自分でもわかった。
――自分とは違う低い男の声が、自分の声帯を通って口から吐き出される違和感と同時に。
思うほどに、再度泣きたくなってくる。
「頭を打ったせいで記憶喪失……なのかしら」
「――わかりません」
記憶を失ったというのとは、厳密に言えば違うと思う。「オレステス」としての記憶はないけれど、代わりに「オレスティア」という自我がある。
「まぁいいわ」
俯き、今にも泣き出しそうなオレスティアの様子に気づいたのか、女性は軽く肩を竦めた。
「とりあえず、あたしの知ってることを話すわ。聞いているうちになにか、思い出すきっかけになるかもしれないし」
「――申し訳ございません。ご迷惑をおかけして……」
「その顔で殊勝に謝られると気持ち悪いから、謝るのは禁止ね」
ちょん、と指先で唇に触れられて、ドキッとする。触れることになんの抵抗もない所を見ると、二人は親密なのだろうか。
考えてみたら、ベッドが二つ並んでいる。すなわち、同じ部屋で寝泊まりしているということだ。
ならば、恋人なのかもしれない。
「とりあえず、長くなりそうだから座りましょ。――なにか飲む?」
「では、できれば紅茶を」
優し気な声に促されて、するりと要望が出る。途端、女性は呆気にとられた表情でオレスティアを見上げた。
どうしたのだろう、と思ったのは一瞬。すぐに我に返って、蒼ざめた。
「も、申し訳ございません。ご迷惑をかけている分際で紅茶を所望するなど、あるまじき行為でございました。お水をいただけたら――」
「待って待って。紅茶くらい淹れてあげるわよ。そんな卑屈に謝らないで」
平伏す勢いで謝罪するオレスティアに、女性はひらひらと片手を振った。
彼女の表情からは、呆れが見て取れた。図々しく頼んだオレスティアに憤ったと思ったけれど、違うのだろうか。
「あたしはてっきり、じゃあ酒を、って言われると思ってただけよ。あなたが紅茶なんて飲んでるとこ、見たことなかったから」
苦笑しながら、「ホント、まるで別人みたいになっちゃって」と続ける女性の声を聞く。
「――あの、聞いていただけますか。信じてもらえないかもしれませんが……」
女性は話をしてくれると言ったけれど、もしかしたらオレスティアが先に話した方が早いかもしれない。
思い立ったオレスティアは、女性が用意してくれた紅茶を一口飲んだあと、ぽつりぽつりと語り始めた。
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