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第四十話 恐怖心と言い訳と(オレスティア視点)
しおりを挟む「だから、連れがいるって言ってるでしょ!」
聞こえてきたのは覚えのある女性の声――ルシアの叫ぶような声だった。
なにごとかと慌てて表に出ると、ルシアがあまり柄がよくなさそうな男二人に絡まれている。
「おーいいね、じゃあ二対二じゃん」
「違うわよ、連れは男!」
完全にぷんすか状態でルシアが言い返す。
たしかに、時々変なのに絡まれるとは言っていた。こういうことかと、改めて納得した気分だった。
離れたところで見ているだけで怖い。ルシアはよく、平然としていられるものだ。
ルシアの良く通る声が響いたせいか、周囲も異変に気づいたらしい。遠巻きに、ルシアと二人の男達を見る人々がいた。
「は? 男? やめとけやめとけ、女の子に買い出しさせる男なんて」
手をひらひらさせるごつい男の言い分に、一理ある、と思ってしまう。
やはり、ルシアに甘えてしまったオレスティアが悪いのかもしれない。
中身はオレスティアだが、体はオレステス――男なのだ。腕力も体力もそのまま引き継いでいるのだから、オレスティアが動くべきだったのだろう。
そして、時々絡まれると言っていたルシアだが、その現場を目撃したのは初めてだった。それは今まで彼女が「オレステス」と一緒に居たからに他ならない。
ルシアはこうも言っていたではないか、「ごつくて強面のオレステスが一緒だと、それだけでボディーガードみたいな役割をしてくれる」と。
その役割をオレスティアが怠ってしまったからこそ、このような事態になっている。
「あたしが自分からやるって言ったのよ」
「そう言われたって自分がやるのが男だろ」
「事情も知らないのに勝手なこと言わないで!」
「どんな事情かは知らねぇけど、そんな、面倒みてやらなきゃいけない男なんか放っておけって」
男達の柄は、悪い。清潔感があるなしの差で、オレステスよりもずっとならず者にしか見えなかった。
だが、口悪く吐き捨てられる言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。
ルシアにとってオレステスがお荷物であることは疑いない。今放っておかれたら、これから先どうしていいのか、路頭に迷う自分の姿しか思い浮かべられない。
早くルシアを解放するべきだとは思うが、我が身可愛さでできなかった。
いや、今ここで傍を離れたとして、ルシアに残るのは損だけだ。侯爵邸に行って、「オレステス」と出会ってなにかしらの報酬を「オレスティア」から渡す、それだけがルシアへの贖罪になる気がする。
――もっとも、これさえも言い訳で、本音はやはりルシアから離れがたいだけかもしれないが。
「ちょっと! 離してよ!」
男の一人が、ルシアの両手がふさがっているのをいいことに腰へと手を回す。怒気の溢れる声を発しながら、ルシアは男を睨みつけた。
「怒ってる顔もかわいーなー」
自分が向けられたなら慌てて謝り倒すだろう鋭いルシアの視線を、男は軽く流す。むしろ小馬鹿にした調子で返しているのが見て取れた。
オレスティアはルシアにとってのお荷物であることに間違いはない。
だがあの男達が、オレスティアよりもよりよい存在とは思えなかった。
少なくとも、ルシアは嫌がっている。
助けなければ。そう思うのに、怖くて体が動かなかった。
幼い頃からの経験のせいか、「大声を出す大人」が怖かった。たとえ怒鳴られているのが自分ではなくとも、その声だけで身が竦む。
ましてルシアに絡んでいる男達は、女性に対してさえあのような強引さを見せていた。きっとオレスティアが「この身体」で邪魔だてすれば、こちらに向かってくる。
いや、オレステスのこの体格を見て逃げ出してくれるだろうか。
むしろオレスティアが出て行くことで事態は複雑化し、ルシアに迷惑をかけるだけの結果になるのでは。
そうだ、ルシアは言っていた。絡まれるのは「大変」ではなく「面倒」なのだと。
あの男達はトロルよりも強いということは、きっとない。
ならばルシアに対処してもらうのが、もっともよい手段なのではないか。
――きっと、そうだ。
オレスティアは地面を踏みしめる、ざりっという自らの靴音を聞いた。
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