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第三十九話 理想の母親像(オレスティア視点)
しおりを挟む今日はこの町で泊まりましょう。
ルシアがそう言ったのは、まだ夕刻にもさしかからぬほどの頃だった。
地図でしか知らないが、もう少し先にも町があったはずだ。このまま歩いても、おそらく暗くなりきる前にはたどり着ける距離だろう。
正直に言えば、少しでも早く王都に辿り着きたい。その方がルシアも、オレスティアから早く解放されるはずだ。
なによりオレステスの体は頑強で、今から丸一日歩き通したとしても疲れなさそうだ。
もっとも、いくら健脚とはいえ女性であるルシアを夜通し歩かせるわけにはいかないので、毎晩宿が取れるような進み方をしているのではあるが。
「気持ちはわかるけど、焦りすぎないでね」
顔に感情が駄々洩れてでもいたのだろうか。オレスティアを見上げていたルシアが、くすりと笑う。
「ここは少し大きめの町だから、あれやこれや、旅支度を整え直そうと思ってね。保存食だってちゃんと補充しておかないと」
言われてみると、たしかにその通りだ。――言われなければ気づかないのだから、呆れたものだと我ながら思うけれど。
しゅんとしている間に、宿に泊まる手続きなどはルシアがやってくれる。これもいつも通りだ。
「さて、じゃああたしは買い出しに行ってくるから。あなたもお風呂にでも入って、部屋で待っててよ」
「えっ」
部屋について、荷物を置いて。一緒に紅茶を飲んでひと心地ついたところで、ルシアが腰を上げる。
「そんな、ルシアさんにばかりご迷惑はかけられません! 私も一緒に――」
「ここ、大浴場だけで個別のお風呂がないのよね」
大きな町に来ればその分、宿屋の値段も高くなる。今までと同程度の宿泊料で済まそうと思えば、必然的にランクは下がった。
今までも部屋それぞれに風呂がある宿はなかったけれど、大浴場とは別に小さな貸し切りの風呂があった。――というか、おそらくルシアがそういったところを選んでくれていたのだろう。
けれど、資金には限りがある。
「さすがに『自分の』は見慣れたでしょうけど、他の男の裸なんて極力見たくないでしょ?」
「それは――」
「今ならまだ人が入ってない時間帯だと思うから、さっさと済ませちゃって」
次の町まで行かず、少し早い時間なのにここに泊まろうと言い出した理由のひとつにはこれがあるのかもしれない。
「あたしは戻ってきてから、もっとゆーっくり寛ぐから」
こんな端々にまで気を遣ってもらって申し訳ない。
オレスティアが謝るよりも先に、ルシアはニカッと笑う。
(世間ではこういうのを「お母さんみたい」って言うのかしら)
オレスティアの中には、母親が優しいとか愛情深いものだとかいう感覚はない。だが物語に出てくる母――一般的には母性と言われるだろうものを、ついルシアの中に見てしまう。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「うん」
そして最近気がついた。こうやって厚意に甘えてしまった方が、ルシアも嬉しそうなことに。
なにより、謝罪よりも感謝を述べた方がより笑顔になるのだと。
本当にいい人だな。
口の上だけでなく、心の底から感謝しながら、風呂に入って汗を流してスッキリする。
「買い出しが終わったら戻ってくるから、そのあと夕飯にしましょうね」
まるっきり子供に言い聞かせる口調で言われ、反発する理由もなく、おとなしく部屋で待っていたのだが――遅い。
買い出しとは、それほど時間がかかるだろうか。だが今までにもちょくちょく食料補充してくるねと言っては出かけていたが、これほど遅くなったのは初めてだ。
それとも、今回はもっと本格的にあれこれ揃えているのか。
だとしたら荷物も多いかもしれない。「オレスティア」では役に立たないだろうが、オレステスの腕力があれば荷物持ちくらいはできる。
ならばやはり私も行ってみよう。
途中で会えば一緒に帰り、ある程度探して会えなければ戻ってくればいい。
とはいえ、行違う可能性は捨てきれない。
宿屋の入口、受付に「すみません」と声をかける。
「あの、私の連れの女性を覚えていらっしゃいますか? このくらいの身長の――」
「ああ、あのちっこい可愛い姉ちゃんだろ」
受付のおじさんが、気さくな調子で返してくる。
「今から出かけるのですが、もしその間に彼女が戻ってきたら、待っていてもらえるように――」
伝えてください。
そう言い終わるよりも先に、外から聞こえてくる喧騒に気がついた。
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