62 / 87
第六十二話 穏やかなほど怖いものもある
しおりを挟む正直な話をすれば、意外な展開だった。
アレクサンドルが向ける敵意にも似た視線に、オレスティアの顔にはやや怯みが見える。それでも目をそらさず、まっすぐにアレクサンドルを見つめる様子を、とりあえずは見守ることにした。
「――バカなことを」
睨み合い、険悪なまま下りた沈黙を破ったのは、アレクサンドルだった。
「どこの馬の骨ともわからない者を邸で雇うなどあり得ない。ここにはあなた方にできるような仕事なんて――」
「ここにはないかもしれません。けれど辺境の地へと向かう道中では話は別でしょう」
「――どういう意味ですか」
辺境の地という単語に、アレクサンドルの眉が反応する。問いかける声も低くなっていた。
「オレスティアさんが辺境伯の元に嫁ぐとき、その道中の護衛として雇ってほしい、そういう話です」
「――!」
アレクサンドルがまともに顔色を変える。「まさか」と「やはり」が交錯しているのだろう。バッとオレステスの方を振り向いた顔には、焦りや驚きが如実に浮いていた。
出会って間もない人間、それも素性もはっきりしない者達に話したのか。
アレクサンドルが戸惑う理由も理解できるし、むしろ至極まっとうなものだと思うから、彼の反応に驚きはない。
なので、すました顔で頷いて見せた。
「私がお話ししました。そして、お願いしたのです」
オレスティアとオレステスが離れるのは好ましくない。この環境での解決案としては、これがもっとも現実的だろうと三人で話していた。
もっとも、交渉役はルシアに任せる手はずだった。なので自発的にオレスティアが発言を始めたのが意外に思われたのだ。
「私が嫁ぐのは決定事項です。泣こうが喚こうが、覆ることはないでしょう」
侯爵夫妻が許すはずがない。
言外に語りながら、静かな口調を心掛けて続ける。
「けれど、私は話に聞く辺境伯が怖い。――記憶を失う前の私も、怖がっていたのでしょう?」
「――」
「どうせお父様たちは、嫁ぐ私に使用人などつけては下さらないでしょうし」
「――」
「なのでルシアさんは侍女、オレステスさんは護衛騎士の形でついてきて頂きたい。これが私の希望です」
「ですが姉さん――姉さんは全幅の信頼を置いているようですが、その、なんていうか……」
「ただの冒険者風情には任せられない、ですか?」
ちらりとオレスティアを見る目が物言いたげだった。アレクサンドルの心情を目線で読み取ったか、オレスティアが言葉を紡ぐ。
――こうやって客観的に見てみると、「オレステス」の顔で沈着冷静に物事を語るというのも、怒鳴ったり凄んで見せたりするよりも圧が強い気がする。
もし元に戻れたなら、おれもやってみようと、なんとなく思ってみた。
「あら、このオレステスさんだってそれなりの恰好をすればそれなりにも見えると思いますけど?」
「それは――」
さすがに「ならず者はダメか」の問いかけに、本人を目の前には頷きにくいだろう。救いの手を差し伸べる意味もあるが、ちゃっかり自分を上げる調子で言ってみる。
「まぁたしかに、ただの冒険者らしからぬ気品みたいなものは感じますが」
中身が侯爵令嬢だからな。決して口にはできない真実を、ひっそり考える。
「――姉さんの気持ちはわかりました。お二人に信頼を寄せていることも、理解したつもりです。なのでもう、任せられないとは言いません。ですが他にも問題があります」
「侯爵夫妻の説得ですか?」
オレステスが問いかけると、アレクサンドルが渋面のまま頷く。
それはその通りだろう。アレクサンドルのように「オレスティア」の言い分を信じ、その意見に寄り添う姿勢を見せてくれる方が稀だ。
普通、どこの誰ともわからない人間に可愛い娘を任せようとは思えないだろう。
まして貴族のご令嬢なら――
そこまで考えて、はたと気づく。
侯爵夫妻は普通の親ではない。娘であるオレスティアに、愛情など欠片も抱いていないはずだ。
ならばオレステスが考えたような理由で護衛を断るとは思わない。
だとすると――
「侯爵夫妻が護衛を雇う金銭を出すはずがない、ですか?」
穏やかな口調、そして口の端に浮かべられたオレスティアの微笑がやけに意味深長で怖かった。
0
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる