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第六十四話 意外にもガバガバ判定ではなかったのかも
しおりを挟むたしかあれは、アレクサンドルから侯爵夫妻の話を初めて聞いたときだったか。
心の底から思ったことを、一応は「侯爵令嬢」らしさを意識して、それでも笑顔で吐き捨ててしまったことがあった。
髪と瞳の色、名前が同じだけで「もう一人の自分」認定されたのかと思っていたが、案外感性も似ているのかもしれないと考えるとおかしくなる。
しかし、と心の中だけではとどまらず、苦笑が洩れた。
ずっと侯爵夫妻に虐げられて育ったオレスティア。それを当たり前ととらえ、ずっと反抗する気にすらなっていなかったというのに「オレステスの体」にいることで客観視ができるようにでもなったのだろうか。
「――なっ」
以前オレステスが同じ台詞を口走ったのは、あくまで「オレスティアの体」でだった。
実の娘とはいえ身分的に差はあるけれど、身内であることに違いない。
しかも記憶を失い、混乱していてもおかしくない状況だったからこそ聞き流したのだろうが、「オレステス」は他人だ。その上貴族ですらないならず者。
侯爵に対して悪しざまに罵るなど、許されなかった。
「一体なんということを――!」
「だってそうでしょう?」
驚きのあまりに絶句していたものの、我に返って声を荒らげるのは当然だった。
そんなアレクサンドルに、至って落ち着いた口調でオレスティアが言い返す。
「話に聞く限り、もっとも温情ある振る舞いをされているのは、わ……オレスティアさんを知りもしない辺境伯です」
私、と言いかけたのを名で呼び変えて、オレスティアは唇に冷ややかな笑みを刻む。
「それに今の話、オレスティアさんは聞かされてもいないのでしょう?」
「――えっ……」
半ば確信めいたオレスティアの口調に頷いたのはオレステス、驚きの声を上げたのはアレクサンドルだった。
まさかそんな。小さく呟いた声に、力がない。
無理もない。嫁入りに二人を同行させたいと「オレスティア」が言い出したことで、知っていると思いこんでいたのだろう。
元々の予定では、辺境伯に伴われての道中になっていた。それならば護衛だのなんだのは不必要であるのだから。
オレステスたち三人の話し合いの中では、ただ単純に辺境伯たちに紛れ込ませてほしいというだけだったのだが、事実を知らぬが故に齟齬が生じていたのだろう。
まぁ、オレステスたちにとっての流れは悪くない。
「本来であれば辺境伯から延期や破談の打診があれば、本人に知らせるのが筋でしょう。それをせず、勝手に話を進めたのは、侯爵夫妻にとってオレスティアさんの意思など関係ないからです」
「――」
これがクズでなくてなんだというのか。
言外の言葉に、アレクサンドルは押し黙る。
もっとも、と続けるオレスティアの口元には、堪えず笑みが刻まれていた。
「政略結婚など、そのようなものでしょう。なので判断としては無理のないこととわかります。それでも普通は、動向くらい知らせるものでは?」
紡がれるのは静かな怒り。それをルシアでもオレステスでもなく、オレスティア自身が発している。
――いい兆候だ。
「そしてもうひとつ。嫁いできたご令嬢方に持参金以上のものを持たせて返していたというので、元々予測はできていたことですが――辺境伯はとても、金払いのいい方のようです」
金払いって、と思わず苦笑する。言葉のチョイスが、オレステスやルシアの影響を受け始めているのだろうか。
それともやはり、オレステスと感性自体が似ているのか。
「なので、護衛としての報酬を侯爵に支払っていただく必要はありません。辺境伯にお願いしようと思います」
「――あっ」
小さく声を上げたのは、オレステスとアレクサンドルが同時だった。
なるほど、それなら侯爵夫妻が渋る理由を消すことができる。
「なんなら侯爵には、私とルシアさんを辺境伯が使わした、と説明した方が早いかもしれませんね」
「――少し調べればボロが出ると思いますが?」
「調べると思いますか? オレスティアさんに欠片も関心を寄せていない侯爵夫妻が?」
容赦のない一言に、アレクサンドルは「うっ」とつまる。
――いやだからその、にっこり笑顔が怖いって。
以前に「オレスティアの顔だからこそ怖いはず」とオレステスも笑みを武器にしたことがあるが、それが間違っていたことを思い知る。
怒りを湛えたまま刻まれる笑顔は、どのような容姿であっても怖いものだ、と。
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