45 / 54
ACT.7
3.博識
しおりを挟む今日の天気は、快晴だった。
まだ4月だから春なんだろうけど、初夏と言ってもいいくらいの気温がある。基本的に暑がりのあたしは、もう半袖でもいいなと思えるくらいだった。
だから長袖のセーラー服は、ちみっと暑い。迷迭楼までの10分ちょっとを歩くだけでも、軽く汗ばんでしまう。
でも、香椎参道には街路樹が並んでいた。その下を歩けば適度な日陰もあり、木漏れ日がキラキラと輝くのがキレイだった。
なによりも、風! 木々の間を通り抜けてきた風は、緑の匂いを運んでくれる。
心地いい空気を胸いっぱいに吸い込んで――思い切り吐き出す前に、ふと、動きを止めた。
葛城と一緒に、もうお店の前まで来ている。葛城がドアを開けようとノブに手を伸ばしたとき、なぜか不意に、後ろが気になった。
振り返っても、誰もいない。なのに――なにか、気配を感じる。
すぐ近くじゃない。ちょっと遠く――感覚を頼りに目を向けた先は、香椎宮だった。
なんだろう。なんとなく、どんよりしてる、気がする。
「――どうした?」
急に振り返って立ち尽くしていれば、気にもなるだろう。ノブから手を離し、葛城が訊いてくる。
「うん……お宮に、行ってみたいかなって」
「やめた方がいい」
びっくりするくらいの早さで、否定される。
その早さが、気になった。
「なんで?」
「なんでって……」
葛城の眉間に、軽くシワが寄る。
とくに理由はないのだろうか。それとも、言えない理由でもあるのか。
じっと見上げていると、葛城はふっと、気まずそうに目をそらす。
「――まぁいいや。行ってくる」
考えてみれば、葛城の許可をもらう必要はない。迷迭楼に行きたいと言ったとき、葛城が言ったことだ。
そもそも、「2人一緒に」行かなくてもいい。なんなら帰りに送ってくれるにしても、お宮参りの後にあたしがお店に寄ればいいだけだ。
葛城の返事も待たず、あたしはさっさと香椎宮に向かって歩き始めた。
「――チッ」
えっ、舌打ち?
びっくりして振り返るけど、葛城は別に怒った風もなく、無表情でついてきていた。
――って、クセなのかな? ちょくちょく舌打ちしてるの聞く気がする。
クールというか礼儀正しいイメージがあるだけに、ちょっと意外かも。
そして、やっぱりついてくるのね。隣りと言うより、半歩後ろを歩いている葛城に、ほんのり苦笑する。
迷迭楼から香椎宮は見える距離だ。信号のない横断歩道を、車が途切れるのを待って渡っても2、3分だった。
入口は――大丈夫。
ほっとしながら、敷地の中に入って行く。
まず目についたのは、右手にある池だった。中央に小さな島? みたいなのがあって、橋もある。
辨財天。橋の前にある鳥居に文字が書いてあるけど――漢字が難しくて読めない。
「ね、葛城。あれ、なんて書いてるの?」
「べんざいてん、だな」
さらっと答えられて、ん? となる。
「あれ? もっと簡単な字じゃなかったっけ?」
「一般的には、こっちの字が使われることが多いな」
葛城が指で、宙に「弁財天」の文字を書く。
「それそれ」
全然漢字なんか浮かんでなかったけど、割とテキトーに頷く。
「字、間違ってんのかな?」
「そんなはずないだろう」
自分でも思うバカな発言に、葛城がため息を落とす。
「元はインド神話の、サラスヴァティ女神に由来する」
少し疲れた口調ながら、ちゃんと説明してくれる気らしい。
「それが日本に伝わり仏教に取り込まれて、弁財天として祀られるようになった――というのが通説だ。元々が当て字だから、いくつもパターンがあってもおかしくない」
「へぇ」
「弁財天の社は、大体、水辺に作られることが多い。サラスヴァティがインドの川の名前で、水の女神だから、との理由らしい」
「ここも池だもんね」
なるほど。葛城の博識さに、頷く。
あたしは正直、同じ年頃の子と比べても物を知らない方だとは思う。けど逆に、葛城は知りすぎてる気がした。
葛城が話してくれていることはきっと、学校では習わない知識だ。
「日本じゃ、七福神の一柱として親しまれてる」
ひとはしら――たぶん、一人二人っていうのみたいに数え方なんだろう。
なんだろうけど、そんな数え方するって一般的に知られてることなのかな?
「なんだ?」
「ん……」
じっと見つめてると首を傾げられ、口ごもる。「いや、君って変わってるね」と面と向かって言うのもどうかと思って。
――そのうち、言っちゃいそうだけど。
「なんでもない」
軽く肩を竦めて、ごまかしを口にした。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる