迷迭楼

月島 成生

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ACT.7

3.博識

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 今日の天気は、快晴だった。
 まだ4月だから春なんだろうけど、初夏と言ってもいいくらいの気温がある。基本的に暑がりのあたしは、もう半袖でもいいなと思えるくらいだった。
 だから長袖のセーラー服は、ちみっと暑い。迷迭楼までの10分ちょっとを歩くだけでも、軽く汗ばんでしまう。

 でも、香椎参道には街路樹が並んでいた。その下を歩けば適度な日陰もあり、木漏れ日がキラキラと輝くのがキレイだった。
 なによりも、風! 木々の間を通り抜けてきた風は、緑の匂いを運んでくれる。
 心地いい空気を胸いっぱいに吸い込んで――思い切り吐き出す前に、ふと、動きを止めた。

 葛城と一緒に、もうお店の前まで来ている。葛城がドアを開けようとノブに手を伸ばしたとき、なぜか不意に、後ろが気になった。

 振り返っても、誰もいない。なのに――なにか、気配を感じる。
 すぐ近くじゃない。ちょっと遠く――感覚を頼りに目を向けた先は、香椎宮だった。

 なんだろう。なんとなく、どんよりしてる、気がする。

「――どうした?」

 急に振り返って立ち尽くしていれば、気にもなるだろう。ノブから手を離し、葛城が訊いてくる。

「うん……お宮に、行ってみたいかなって」
「やめた方がいい」

 びっくりするくらいの早さで、否定される。
 その早さが、気になった。

「なんで?」
「なんでって……」

 葛城の眉間に、軽くシワが寄る。
 とくに理由はないのだろうか。それとも、言えない理由でもあるのか。
 じっと見上げていると、葛城はふっと、気まずそうに目をそらす。

「――まぁいいや。行ってくる」

 考えてみれば、葛城の許可をもらう必要はない。迷迭楼に行きたいと言ったとき、葛城が言ったことだ。
 そもそも、「2人一緒に」行かなくてもいい。なんなら帰りに送ってくれるにしても、お宮参りの後にあたしがお店に寄ればいいだけだ。
 葛城の返事も待たず、あたしはさっさと香椎宮に向かって歩き始めた。

「――チッ」

 えっ、舌打ち?
 びっくりして振り返るけど、葛城は別に怒った風もなく、無表情でついてきていた。

 ――って、クセなのかな? ちょくちょく舌打ちしてるの聞く気がする。
 クールというか礼儀正しいイメージがあるだけに、ちょっと意外かも。

 そして、やっぱりついてくるのね。隣りと言うより、半歩後ろを歩いている葛城に、ほんのり苦笑する。
 迷迭楼から香椎宮は見える距離だ。信号のない横断歩道を、車が途切れるのを待って渡っても2、3分だった。

 入口は――大丈夫。

 ほっとしながら、敷地の中に入って行く。
 まず目についたのは、右手にある池だった。中央に小さな島? みたいなのがあって、橋もある。

 辨財天。橋の前にある鳥居に文字が書いてあるけど――漢字が難しくて読めない。

「ね、葛城。あれ、なんて書いてるの?」
「べんざいてん、だな」

 さらっと答えられて、ん? となる。

「あれ? もっと簡単な字じゃなかったっけ?」
「一般的には、こっちの字が使われることが多いな」

 葛城が指で、宙に「弁財天」の文字を書く。

「それそれ」

 全然漢字なんか浮かんでなかったけど、割とテキトーに頷く。

「字、間違ってんのかな?」
「そんなはずないだろう」

 自分でも思うバカな発言に、葛城がため息を落とす。

「元はインド神話の、サラスヴァティ女神に由来する」

 少し疲れた口調ながら、ちゃんと説明してくれる気らしい。

「それが日本に伝わり仏教に取り込まれて、弁財天として祀られるようになった――というのが通説だ。元々が当て字だから、いくつもパターンがあってもおかしくない」
「へぇ」
「弁財天のやしろは、大体、水辺に作られることが多い。サラスヴァティがインドの川の名前で、水の女神だから、との理由らしい」
「ここも池だもんね」

 なるほど。葛城の博識さに、頷く。
 あたしは正直、同じ年頃の子と比べても物を知らない方だとは思う。けど逆に、葛城は知りすぎてる気がした。
 葛城が話してくれていることはきっと、学校では習わない知識だ。

「日本じゃ、七福神の一柱として親しまれてる」

 ひとはしら――たぶん、一人二人っていうのみたいに数え方なんだろう。
 なんだろうけど、そんな数え方するって一般的に知られてることなのかな?

「なんだ?」
「ん……」

 じっと見つめてると首を傾げられ、口ごもる。「いや、君って変わってるね」と面と向かって言うのもどうかと思って。
 ――そのうち、言っちゃいそうだけど。

「なんでもない」

 軽く肩を竦めて、ごまかしを口にした。
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