迷迭楼

月島 成生

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ACT.7

4.カミツミヤ

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「ね、葛城。そういえば、向こう側ってなにがあるんだっけ?」

 言ったのは、話題を変える意味もあったけど、実際気になったからでもある。
 この間は、最初の鳥居すらくぐれなかった。敷地の前に立っただけで、気持ち悪くなってしまった。
 今はまだ全然平気だけど――でも、なにかイヤな気配は、する。
 正面にあるのは、石造りの大きな鳥居。『香椎宮』と、さすがにあたしでも読める字が、中央を飾っていた。
 その奥に、階段が続いていて本殿へと繋がっているのだと思う。

 あたしが感じる重い空気はもっと奥、左手側からだった。

 引っ越してきたばかりの子に地元民が訊くのも変だけど、葛城なら知ってそうだし。

「仲哀天皇の本営跡地だな」

 案の定、あたしの視線を追った葛城が、さらりと口にする。

「チュウアイテンノウ」

 まるっと覚えのない単語に、オウム返しに訊いてみるも、我ながらカタコトになっているのがわかる。
 発音で理解できてないのがわかったのだろう。変なものを見る目で見られた。

「神功皇后の夫君だ」
「――ジングウコウゴウ……?」

 チュウアイテンノウよりは聞き覚えがあるかも。
 思いながらも、やっぱりカタコト発音のあたしを見る葛城の目が、さっきよりもすごいものになっていた。

「まさか……知らない……?」

 さっきは呆れ気味だったけど、今は単純に驚いてる感じだった。それだけに、衝撃の強さを物語ってる気がして、あたしも焦る。

「えっ、あれっ、そんなに有名? 地元民なら知ってて当然的な?」
「地元じゃなくても有名だ」

 答えには、疲れたようなため息が混じっていた。
 胸ポケットから取り出したメモに、「仲哀天皇」「神功皇后」と書いて見せてくれる。

 ……あ、やっぱり神功皇后、なんとなく見たことある気もする。

「波乱万丈な人生を送った人だから。題材にされた小説やコミックも多くある」
「へぇ」

 葛城、やっぱり物知りだな。
 純粋に感心してると、葛城は片手で自分の顔を覆う。

「カミツミヤの名にも反応しないわけだな」

 ぼそりと、独り言のように呟く。

 カミツミヤ。

 これだ。葛城と再会してすぐの頃、覚えてないかと彼が出した単語だ。
 名ってことは、人名なのかな?

「その、カミツミヤって人も有名人?」
「――有名だな。日本史史上抜きには語れない人物だ」

 また呆れられるのを半ば覚悟してたけど、反応は意外にも、真剣な表情だった。
 いつも真顔だけど、さらに緊張感が溢れている。

「一般的には違う名前で呼ばれることが多い。――聖徳太子、と」
「聖徳太子……」

 さっき言ってたなんとか天皇とかより、どころじゃない。超有名な名前に、びっくりする。
 びっくりしてオウム返しに呟くあたしに、葛城はハッとした様子で振り返った。

「って、知ってる?」
「いやいやいやさすがに知ってる!」

 どんだけアホだと思ってるのか。
 まぁ、散々アホな反応した気はするけど、ちょっとひどい。

「どんな人かは?」
「――へ?」
「なにをやった、とか」
「あー……」

 そう言われると、よくわからない。
 あー、うー、えっとー、とか唸りながら、必死で考える。

「あっ、10人のお話、いっぺんに聞ける!」
「やったこと」
「うっ」

 ジト目で返されて、つまる。確かに「やったこと」かと訊かれたら、まぁ違うかも。

「えーっと、んー……えっと……あっ、そうだ、なんとかってお寺建てた!」
「法隆寺だな」

 否定されなくてホッとしたけど、葛城もちょっとホッとした様子だった。

「あと、有名なのは十七条憲法だな。和するをもって貴しとなす」
「あー……、なんか聞いたことあるかも」
「仏教の興隆への貢献も大きい。三経義疏《さんぎょうぎしょ》を――」

 言いかけて、あたしの顔を見て、一瞬口ごもる。

「ああ……仏教の研究書みたいなものを記したと言われてる」

 たぶん「研究書」の名前なんだろうけど、言ってもあたしがわからないと思って言い直したってことか。
 その通り、と思う反面、そういえばと不意に疑問が浮かぶ。

「聖徳太子ってさ、めっちゃ優秀だったんだよね?」

 葛城も、日本史史上抜きには語れない、とか言ってたし。
 だったらなおのこと、気になる。

「なんで『太子』なの? 天皇にはなってないってことだよね」

 正直、歴史は全然詳しくない。
 けど、なんとかのミコだのオウジだのって人が即位してなんとか天皇になった、みたいに、1人がいくつもの名前で表されることがあるのは知ってる。
 もし天皇になったなら、その名前も聞いたことくらいあると思うんだけど、まるっと記憶にない。

 ――や、もしかしたら知ってるけど単純に結びついてないだけかもだけど。カミツミヤって聞いて、聖徳太子のことだって気づかなかったくらいだし。

 質問が、意外に鋭かったとかだろうか。葛城の眉間に寄ったシワが、やけに印象的だった。
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