6 / 80
第一章
第五話 前兆
しおりを挟む
「まったく、仕方のない男だ」
両手を腰にあて、ため息と共に背中を見送る。
蓮が、亮の裾を引いた。
「あの方は、私のことがお嫌いなのかしら」
何故そうなる。
問い返しそうになり、すぐに理解した。
蓮が来るのを心待ちにしていながら、いざ来るとさっさと帰ってしまう。会っている短い間も、緊張のせいか、渋面を崩しもしないので、怒っているようだった。
態度だけ見れば、そう思われても無理はない。
「まさか。月龍はお前に、相当惚れ込んでいるぞ」
「え?」
蓮の瞳に、驚きが浮かぶ。
先ほどそう言ったはずなのだが、亮の冗談とでも思って、本気にしていなかったのか。
唖然とした眼差しを何故か見ていられなくて、目をそらす。
「ほら。お前達が初めて会ったという花畑。あのときに一目惚れしたのだそうだ。まぁ、心の弱いところはあるが、あれはいい男だぞ。あの通り男前だしな。見惚れたというからには、お前も満更ではないのではないか?」
「――それは」
「将来も有望だぞ。出世は約束された身だ。今はまだ分不相応かもしれんが、いずれお前の相手としても不足ない地位になろう。あれだけ惚れ込んでもいるし、お前のことを大切にしてくれるだろうしな」
何事か言いかけた蓮を遮ってまで、何故こうも一人で喋っているのか。
蓮の前では割合口が軽くなるのは自覚していたが、一方的にまくし立てるのは初めてだった。
何より、話していなければ落ち着かない心境こそが解せない。
「私をあの方に娶らせると? でも――」
亮を見上げる瞳が揺れている。
ゆっくりと紡がれた声がかすかに震えて聞こえたのは、気のせいだろうか。
「でも、私は亮さまに嫁ぐのではなかったのですか」
「もちろんだ。お前がそうしたいのなら、おれに異論はない」
卑怯な言い方だ。自覚があるのに改めない分だけ、性質が悪い。
「だが、お前の相手としておれが最適かと訊かれれば、自信はない。おれの立場は――ほら、色々とあるからな。ならば、お前を慈しんでくれるであろう月龍に任せるのも、悪くはないと思った」
そう、悪くはないと思った。
けれど、積極的に結びつけようと思ったわけでもない。月龍を煽ってみたり、落ち込ませるような真似をしたり――亮の言動は支離滅裂だった。
「決めるのはお前だ。お前が、最も幸せになれる道を選べ。誰よりも大切なお前のためにおれができるのは、お前の決定を見守ることだ」
心の底から、蓮の幸せを願っている。事実ではあっても、伝える必要はなかったはずだ。
この言葉は、蓮を追い詰める。
――亮が被った、偽善者の面が。
「誰よりも、大切な――」
蓮が、口の中で咀嚼するようにゆっくりと呟く。何処か熱っぽさを含んだ瞳が、亮を見上げていた。
「嬉しい」
すん、と鼻をすする音と同時、蓮が腕の中に飛び込んでくる。反射的に抱きとめた。
男にしては細い亮の腰に、蓮の腕が回る。
「亮さまが私のこと、それほどまで気にかけて下さっていたなんて。蓮は、果報者です」
薄い胸板に頬を埋めた蓮が発したのは、涙声だった。
亮は蓮の背に腕を回して、柔らかく抱きしめる。
抱擁は珍しくない。兄妹のように仲よく育った二人には、日常的な触れ合いだった。
なのに何故か、息詰まるような苦しさを感じる。
何故、これほどまでに胸が騒ぐのだろう。
蓮の髪から発せられる花の香りに、亮は深く瞼を閉じた。
両手を腰にあて、ため息と共に背中を見送る。
蓮が、亮の裾を引いた。
「あの方は、私のことがお嫌いなのかしら」
何故そうなる。
問い返しそうになり、すぐに理解した。
蓮が来るのを心待ちにしていながら、いざ来るとさっさと帰ってしまう。会っている短い間も、緊張のせいか、渋面を崩しもしないので、怒っているようだった。
態度だけ見れば、そう思われても無理はない。
「まさか。月龍はお前に、相当惚れ込んでいるぞ」
「え?」
蓮の瞳に、驚きが浮かぶ。
先ほどそう言ったはずなのだが、亮の冗談とでも思って、本気にしていなかったのか。
唖然とした眼差しを何故か見ていられなくて、目をそらす。
「ほら。お前達が初めて会ったという花畑。あのときに一目惚れしたのだそうだ。まぁ、心の弱いところはあるが、あれはいい男だぞ。あの通り男前だしな。見惚れたというからには、お前も満更ではないのではないか?」
「――それは」
「将来も有望だぞ。出世は約束された身だ。今はまだ分不相応かもしれんが、いずれお前の相手としても不足ない地位になろう。あれだけ惚れ込んでもいるし、お前のことを大切にしてくれるだろうしな」
何事か言いかけた蓮を遮ってまで、何故こうも一人で喋っているのか。
蓮の前では割合口が軽くなるのは自覚していたが、一方的にまくし立てるのは初めてだった。
何より、話していなければ落ち着かない心境こそが解せない。
「私をあの方に娶らせると? でも――」
亮を見上げる瞳が揺れている。
ゆっくりと紡がれた声がかすかに震えて聞こえたのは、気のせいだろうか。
「でも、私は亮さまに嫁ぐのではなかったのですか」
「もちろんだ。お前がそうしたいのなら、おれに異論はない」
卑怯な言い方だ。自覚があるのに改めない分だけ、性質が悪い。
「だが、お前の相手としておれが最適かと訊かれれば、自信はない。おれの立場は――ほら、色々とあるからな。ならば、お前を慈しんでくれるであろう月龍に任せるのも、悪くはないと思った」
そう、悪くはないと思った。
けれど、積極的に結びつけようと思ったわけでもない。月龍を煽ってみたり、落ち込ませるような真似をしたり――亮の言動は支離滅裂だった。
「決めるのはお前だ。お前が、最も幸せになれる道を選べ。誰よりも大切なお前のためにおれができるのは、お前の決定を見守ることだ」
心の底から、蓮の幸せを願っている。事実ではあっても、伝える必要はなかったはずだ。
この言葉は、蓮を追い詰める。
――亮が被った、偽善者の面が。
「誰よりも、大切な――」
蓮が、口の中で咀嚼するようにゆっくりと呟く。何処か熱っぽさを含んだ瞳が、亮を見上げていた。
「嬉しい」
すん、と鼻をすする音と同時、蓮が腕の中に飛び込んでくる。反射的に抱きとめた。
男にしては細い亮の腰に、蓮の腕が回る。
「亮さまが私のこと、それほどまで気にかけて下さっていたなんて。蓮は、果報者です」
薄い胸板に頬を埋めた蓮が発したのは、涙声だった。
亮は蓮の背に腕を回して、柔らかく抱きしめる。
抱擁は珍しくない。兄妹のように仲よく育った二人には、日常的な触れ合いだった。
なのに何故か、息詰まるような苦しさを感じる。
何故、これほどまでに胸が騒ぐのだろう。
蓮の髪から発せられる花の香りに、亮は深く瞼を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
幸せアプリ
青の雀
恋愛
結婚間近の同棲していた恋人に捨てられ、契約直前の仕事を同期男性に盗られたその日はまさに厄日かと思われた。
帰宅して、風呂上りにスマホでサーフィンしていたら、見覚えのないアプリがインストールされている!
すぐに削除するつもりが……、次第にアプリの指示通り行動していたら、幸せが手に入るようになりました♡
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる