11 / 80
第一章
第十話 後悔
しおりを挟む大きな背中が扉の向こうに消えたのを見届けた瞬間、貼り付いていた笑みも消える。
「――くそっ」
吐き捨てるのは、らしくもない下品な毒突きだった。
何故、気づかなかった。
自身への叱咤が、杭となって胸を貫く。
蓮を大事に思う自覚はあった。妹のように育った従姉妹、肉親に愛情を傾けるのは当然のことだと。
だからこそ月龍との話を蓮に勧めもしたのだ。
今にして思う。あのとき、蓮に断ってほしかったのではないか。
蓮が亮を慕ってくれているのは知っていた。けれど、幼い頃から妻になれと言い聞かされてきたから、ただ漠然とそう思っているだけではないかと不安でもあったのだ。
そこに月龍という第三者が現れれば、蓮も自身の感情について考えるだろう。
その上で、蓮の意志で亮を選んでほしかったのかもしれない。
親切面して仲を取り持つようなことをしたのも、無意識の内ながら月龍をあて馬に使うつもりだったのではないか。
思うほどに、自分の姑息さに吐き気すらもよおす。
まして、あて馬にしたつもりの男に想い人をもっていかれるとは、なんと間抜けなことか。
今朝から続く倦怠感も、喜び勇んで話す月龍の顔を見られなかったのも、無理はなかった。
自覚のないままとはいえ、十数年も想い続けた恋しい女を、自分の手で他の男に渡してしまったのだから。
散々月龍の鈍さを罵ってきた亮が、さらにその上をいく鈍感だったのだから笑える。
今更気づいてどうすると言うのか。
月龍から蓮を取り返す?
できない。仮に蓮の気持ちを振り向かせることができても、月龍と亮の関係は破綻するだろう。
自分にとって亮と月龍は弟のようなものだから、いがみ合ってほしくない――そう言ったのは、嬋玉だった。
お前を失いたくない――月龍の言葉だ。
嬋玉に言われるまでもない。月龍といがみ合うなど、想像したくもなかった。
月龍に言われるまでもない。亮の方こそ、月龍を失いたくなどないのだから。
けれど、蓮への想いも断ち切れない。
相反する気持ちに、胸が裂かれる。
月龍も同じだったのだろう。理解はしていたつもりだったのに、あまりの痛みに呼吸さえままならない。
視界の端に、月龍が置いて行った花束が映る。
蓮と二人で摘んだもの――二人を結び付けた要因が。
乱暴に腕で薙ぎ払ったのは、発作的な衝動だった。
月龍にも、まして蓮にも向けられぬ、苛立ちの発露。
払われた花が、舞い散りながら散乱した。周囲に花の香りが広がる。
――その香りがまた、蓮を思い出させた。
一生、想いは隠し通さなければならない。他の誰でもない、亮自身のために。
二人と共に過ごす甘美な苦痛を、自らに課す。
亮が月龍の立場にもなれたはずだった。ただ、自分の気持ちに気づいてさえいれば。
この苦しみは亮ではなく、月龍のものだったのに。
それを望む自分の醜さに辟易する。
けれど今だけは、利己的な思考を許してほしかった。明日になったらよき兄、よき友に戻る。
だから、今だけは。
顔を覆った両手の隙間から、小さな嗚咽が洩れた。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
幸せアプリ
青の雀
恋愛
結婚間近の同棲していた恋人に捨てられ、契約直前の仕事を同期男性に盗られたその日はまさに厄日かと思われた。
帰宅して、風呂上りにスマホでサーフィンしていたら、見覚えのないアプリがインストールされている!
すぐに削除するつもりが……、次第にアプリの指示通り行動していたら、幸せが手に入るようになりました♡
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる