12 / 80
第二章
第一話 布石
しおりを挟む宮殿の回廊を歩く蓮を見つけた。
一際小さな姿は、後ろからでも一目でわかる。いつもと同じのんびりとした歩調が、足早に横をすり抜けて行く人々と対照的だった。
ふと、蓮の足が止まる。
回廊は中庭に面していた。美しい庭園に目を向けた蓮の横顔が見える。
見惚れたような視線の先に、桃の大木があった。確か、月龍と初めて出かけた日に待ち合わせた場所と聞く。
あれからもう、2ヶ月余りが過ぎた。
当時のことを思い返しているのか、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
他の男を想う様ですら見惚れていられることに、自嘲を隠せなかった。
「――あ」
蓮を見つめていた視界の端に、人影が映る。
何気なく目を向けると、見知った顔があった。名前は知らないが、宮中にいる女官のはずだ。
表情の厳しさに気づいたときには、すでに遅かった。女は佇む蓮に、勢いをつけた肩でぶつかる。
偶然ではない。明らかに意図的だった。
ぶつかられた蓮は驚いたのか、手にした花束を落とす。束ねられていなかったようで、花々が床に散った。
拾うために屈んだ蓮が、声を発したのを聞く。言葉を聞き取れる距離ではないが、性格から考えると謝ったのではないだろうか。
蓮が拾おうと伸ばした手の先にある花を、女が踏みつけた。
あからさまな悪意にも、きっと蓮は怒らない。悪意にすら気づかないのではないか。後姿しか見えないのに、きょとんと見上げる蓮の顔まで想像できた。
女が、蓮を見下ろして言葉を口にする。
険のある声だった。なにを言っているのか聞こえないのに、敵意をぶつけているのははっきりとわかる。
亮は、表情が消えるのを自覚した。
女が蓮に因縁をつけている――言葉は聞き取れずとも、理由だけは見えていた。
あれは以前、月龍と関係のあった女だ。女に対しては冷酷な月龍のことだから、恨まれているのは無理もなかった。
しかし、非難されて動じる月龍でもない。ならばと、付き合っている女にあたって憂さ晴らしをと考える心情は、理解できた。
けれど、承服しかねる。
月龍の過去の女問題など、蓮には関係ない。蓮が傷つけられなければならない理由はなかった。
亮は足を速める。このような場面を、見過ごせるはずがない。
厳しい視線に気づいたのだろうか。女が顔を上げた。
亮と目が合うと、はっと息を飲む。顔色を返ると、蓮から離れて歩み去った。
さすがに亮の前で蓮をなじるほどに厚顔無恥ではないのだろう。
もっとも、慌てて逃げ出した割には、踵を返して遠ざかるのではなく、かえって近付く形で向かってきた気の強さは大したものだ。
とはいえ、亮の目を睨みつけていられるほどの度胸はないのか、あらぬところを見てすれ違う。
亮も振り返らず、冷たい横目で見送った。
二度と蓮に近付くなと啖呵の一つも切ってやりたいところではあったが、抑える。
不思議そうに女の後姿を見つめていた蓮と、目が合ったのだ。
女相手に怒鳴りつけているところなど、蓮には見られたくない。
「大丈夫か」
軽く駆け寄る亮を、蓮は屈んだまま見上げる。
「お花、落としてしまって」
「そうか。手伝おう」
照れた笑みに、亮も曖昧に笑い返す。
あの女になんと言われたのか、気にならないわけではなかった。
しかし蓮の笑顔が、亮に心配をかけたくないと言っているような気がしたのだ。
なにより、蓮は華奢な外見に似合わず、豪胆なところがある。多少のことならば笑って受け入れられる器量があった。
それでもなお辛いときには、きっと亮を頼ってくれる。そうなったときに受け止めてやればいい。
亮も腰を曲げ、一つひとつ花を拾い上げる。二人で集めれば時間はかからなかった。
拾った花を渡しかけて、不意に気付く。
「これはおれに、か」
蓮が頷く。亮は蓮の手の中にある花も受け取りながら、ふと苦笑した。
「しかしなぁ、蓮。おれに気を使ってくれるのは嬉しいが、もう土産はいらんぞ」
蓮と二人、肩を並べて亮の部屋に向かって歩き出す。
昨日は月龍が休みだったから、二人で遠乗りに行ったのだろう。
遠乗りの時だけではない。蓮は出かける度に、花だとか装飾品だとかを持って、亮を訪ねてくる。
立場上、王宮の外へほとんど出ることのない亮に、幼い頃から続いている習慣ではあった。
けれど月龍が面白く思っていないのを、亮は知っている。
当然だ。いくら幼馴染とはいえ、恋人が自分以外の男のことを考えていると知って喜ぶ男はいない。
しかも蓮は、未だに亮と二人で会うことをやめていないのだから特に、だ。
むしろ会う回数は、月龍と付き合う前よりも格段に増えている。月龍が休みの日以外、毎日来るようになったからだ。
どちらから言い始めたかは知らないが、まずは蓮が来て、仕事を終えた月龍が合流する。
ただ待ち合わせに使っているのではない。亮の部屋で過ごし、帰りに月龍が送って行って終わりなのだそうだ。
蓮は鈍いから気づいていないようだが、月龍は不満に思っているらしい。むしろ、満足しろと言う方が無理がある。
本当はもっと早くに、亮から言って聞かせなければならなかったのだろうが、蓮と会えるのが嬉しくてつい言いそびれていた。
だが、王朝の滅亡は意外に早いかもしれない。
だとしたら、現在ほぼ唯一の王位継承者である亮の傍にいては、蓮にも危険が及ぶ可能性がある。
ふと、嘆息した。
亮は今、父王との謁見を終えて帰る途中だった。弱気なことを考えるのも、その内容のせいである。
亮は今日、忠告のために父王を訪ねた。夏台に捕らえている天乙を解放するとの情報を得たからだった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
幸せアプリ
青の雀
恋愛
結婚間近の同棲していた恋人に捨てられ、契約直前の仕事を同期男性に盗られたその日はまさに厄日かと思われた。
帰宅して、風呂上りにスマホでサーフィンしていたら、見覚えのないアプリがインストールされている!
すぐに削除するつもりが……、次第にアプリの指示通り行動していたら、幸せが手に入るようになりました♡
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる