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第二章
第十話 過ち
しおりを挟む「――また、亮か」
吐き捨てた声に、蓮の顔にも初めて怪訝が滲む。
その手を掴むと、力ずくで引き寄せ、臥牀の上に押し倒した。
「おれと亮、どちらだ」
囁く声が、低くなる。
力の加減が効かないのは、薬の影響か――押さえつけた手首が軋む音が聞こえる。
「二言目には亮の名を口にする。一体おれと、どちらが大切なのか」
「どちらだなんて選べません。だって亮さまはお兄さまで、あなたとは違います」
答えようのない問いだった。
比べること自体が間違っている。どちらかを選べなどとは、本心ではない。
ただ、月龍の方が大事だと言ってほしかった。たとえ嘘でも、それだけで気は晴れたはずだ。
選べぬ、とは素直な返事だと思う。
けれど、いつもは好ましい正直さが憤りに拍車をかけた。
感情に任せて、行動を起こす。
「――!?」
口付けではなかった。ただ唇に噛み付いたに等しい。
懸命に身を捩って逃れようとする蓮を、組み敷く。仰け反らせた胸を、衣服の上から鷲掴みにした。
「いや――待ってください!」
眉が歪むのは、痛みのためか。
悲鳴を上げ、顔を背けた蓮の首筋に唇を押し当てる。
「四ヶ月待った。もう充分だ」
「でも!」
「亮が望んだことだとしても?」
はっと息を飲む音。
驚きのあまりか、背けていた顔を月龍に向けている。
愕然と見開かれた蓮の瞳に反比例するように、月龍は目を細めた。
「男と二人で一夜を共にするとは、こういうことだ。亮とて知らぬはずがない」
だからこれが亮の望みだなどとは、極論にすぎる。
それでも蓮から抵抗の意志を奪うには役に立ったらしい。まだ身を硬くしてはいたが、月龍を押し返そうとしていた腕の力は抜けた。
愛撫と呼べるほどの優しさはなかった。荒々しく体を撫で回す。
そして蓮の準備も整わぬまま、彼女の胎内に向かって腰を突き上げた。
「――いっ……!」
いやだと言おうとしたのか、痛いという悲鳴だったのか。
一度は抵抗をやめた蓮の体に、再び力が入る。
逃げられないように、月龍は力をこめて強く抱きしめた。蓮の体が、圧迫する力に負けて、軋む。
「蓮」
亮が彼女の名を呼ぶ度、酷い敗北感に苛まれた。未だ公主としか呼べぬ自分と、なんたる差であろうか。
名を呼ばれ、蓮がはいと返事をする。二人の間には誰も入り込めない、強い絆があるのだと思い知らされて、惨めだった。
けれどこれで、ようやく亮以上の関係になれる。
蓮の涙も苦痛も、上げられる悲鳴も、どうでもいい。
月龍にとって、蓮の体を支配することだけがすべてだった。
腕の中に眠る蓮の体温に、月龍は満足感を隠せなかった。
亮の望みだからと身を与えられて、本当に嬉しいのか。自問の声は、あった。
だが、蓮の中で亮以上の存在になろうとするならば、これ以外の方法は思いつかなかった。
亮には見せぬ姿、聞かせぬ声を自分のものにすれば、二人の間に結ばれたものよりももっと深い絆を得られる。
月龍が昇りつめたとき、蓮は気を失っていた。力を失くした蓮の体を抱いて、夢と現の間を彷徨っている。
亮のためかもしれぬという疑念は、姿を消していた。
悋気が奇麗になくなったといえば嘘にはなるが、もう気にはならない。亮を超えたと思うことが、自己満足を助長させた。
寄り添って眠る蓮の体温が、月龍を幸せにする。さらに力を入れて抱き寄せ、蓮の頬に口づけを落とした。
その唇の下に、未だ乾かぬ涙を感じる。
充足感と気だるさに包まれていた月龍はようやく、我に返った。
――おれは一体、なにをした?
愕然とする。蓮の体を放して、身を起こした。
自らの口元を押さえた手が、震える。
抱いている間、月龍の気分は幸せに傾いていた。
亮への嫉妬や、蓮への怒りにも似た思いが絡まって複雑ではあったけれど、彼女と一つになっている喜びの方が強かった。
けれど蓮は?
亮のためと観念しながらも、泣いてはいなかったか。苦痛を悲鳴の形で訴えていたはずだ。
なのに、月龍はやめなかった。
蓮の泣き声も嘆願も、無視した。
挙句、蓮は痛みのあまりに失神したのだ。
眠っているのではない。気絶だ。血の気を失って青い顔色が証明している。
頬に幾重にも残るのは、涙の痕。
理性が狂わされたのは、薬がもたらした暴力性か、嫉妬が生んだ焦りか。
なにに起因するかは関係ない。問題は、蓮の心身を深く傷つけた一点だけだ。
嫌われたに違いない。力ずくで体を奪うような卑劣な男を、清廉な蓮が許すはずがなかった。
笑みを浮かべていた口元は歪み、優しさを湛えていた瞳は、憎悪に染まる。
思案に暮れる間もなかった。
一方的な罵倒と、別れを宣言される恐怖に突き動かされて立ち上がる。
せめて蓮が眠っている間に、ここを離れたかった。
空はすでに白々とし、夜が明けようとしている。
物音を立てぬように注意しながら身支度を整えると、文字通り逃げるように自分の邸を後にした。
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