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第三章
第五話 嬋玉
しおりを挟む蓮の足は、自然と嬋玉の元へ向いていた。
蓮にとっては父方の、亮にとっては母方の従姉妹。
美しくて優しい嬋玉は、蓮の憧れだった。なんでも話せる、頼りになる姉のような存在。
一緒にいるだけでも心を和ませてくれる嬋玉が、大好きでたまらなかった。
「私、嫌われたのかしら」
「それはないと思うけど」
話し終えてぽつんと呟くと、嬋玉の柳眉が歪む。
「私が見る限り、月龍はあなたに随分と惚れ込んでいるようだし」
ふと、違和感が生じる。
亮も蓮も、なにかあれば嬋玉へ報告するのが常だったから、聞いている限り、と言うのであれば頷ける。
だが嬋玉は、見る限りと言った。ずっと後宮の奥にいる彼女が、月龍と会えるとは思わない。
そもそも、子供の頃に出入りしていたのも違反であり、見つかれば罰せられただろう。
まして成人した今となっては、亮のように立場をうまく使ってでもいなければ、周囲も目を瞑ってはくれまい。
疑問に気づいたか、嬋玉が悪戯な笑みを刻む。
「あなた達が付き合い始めたと聞いて、実は月龍を呼び出したの。わざわざ忍び込ませて、ね。だって、大事なあなたのことだもの。居ても立ってもいられなくて。規律違反になんて、かまっていられないわ。大目に見てね」
口元に一本指を立てる仕草に、姉様らしい、と蓮も笑う。
「それでね、あなたの名前を出しただけで、耳まで真っ赤になって。ろくに会話も成り立たないくらいで――舞い上がってしまったのか、もう挙動不審。これ以上はない、というくらい、惚れ込んでいる様子だったのよ」
「でも」
「大丈夫よ、蓮。きっとあなたに気づかなかったのよ」
優しく言ったあとで、嬋玉は不意に、くすくすと笑い始める。
「いいえ、もしかしたら本当に逃げてしまったのかもしれないわね。あの子は優しいけれど、それを表現するのが苦手だから。それに、少し自己中心的なところもあるし、心の弱いところもあるし、ね」
月龍のことを、あの子、などと呼ぶことに驚いてしまう。
蓮から見ればずっと大人である月龍でさえ、嬋玉の目には蓮と大差ない子供に見えているのかもしれない。
そういえば、亮から聞いたことがある。
亮と月龍の初恋は、嬋玉だったそうだ。亮が十歳になった時、二人で想いを打ち明けたという。
「二人が、私よりも年上になったらね」
人を食った返事だが、如何にも嬋玉殿らしいと亮は笑っていた。
もしかしたら今でも、嬋玉の中で月龍はその頃と同じ子供なのかもしれない。
思うと、少しおかしい。
「でも、あなたと恋の話をする日が来るなんてね。私も年をとったはずだわ」
「そんな! 姉様はお変わりはありません。いつも優しくて、ずっと、誰よりもお綺麗で」
慌てて頭を振った。掛け値なしの本音である。
蓮は嬋玉の実年齢を知らない。物心ついた頃から知っている彼女は、いつも変わらず美しかった。
本当はずっと年上のはずだけれど、未だに二十歳そこそこにしか見えない。
「ありがとう、蓮。でも、すぐにあなたに抜かれるわね。好きな人の傍に居られるだけで、女はいくらでも綺麗になれる。誰よりも、幸せになれるの」
やんわりと微笑んで、抱きしめてくれる。豊かな胸に顔を埋めて、不意に切なくなった。
嬋玉が一途に想い続けているのは、今では暗愚と成り果てた王だ。
年が離れすぎているせいか、蓮には好色の手を伸ばそうとはしない優しい伯父だが、他ではそうではないことを、蓮でさえ知っている。
嬋玉のことも、しばらくは傍にはべらせていたが、今では顧みることもない。
それでも彼女は、王への愛を貫いている。
悲壮な想いを知っているけれど、蓮は口にしない。嬋玉が慰めを欲しているわけでもないのに、なにを言えと言うのか。
知らぬふりをする優しさもあると、蓮は思う。
これ以上、嬋玉に心配をかけたくない。思う以上に、彼女の体温が優しく肌に染み入ってきて、癒してくれる。
温かさに酔いしれるように、蓮はそっと目を閉じて肯いた。
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