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第六章
第二話 哀訴
しおりを挟む「月龍は――あの方は、私のことなどなんとも思っていません。だって、あの方が本当に想っているのは、亮さまなのですから」
珍しく声を上げた蓮の言葉に、唖然とする。
「――おれ?」
それも一瞬、次に発したのは哄笑だった。
なるほど、と納得する。宮中で流布する根も葉もない噂を何処かで耳にし、悩んでいたのかと思えば可愛いものだった。
「よしてくれ、気色の悪い」
「でも――」
「岷山で武功を立てたらお前との結婚をと、おれが取りつけてやった約束に、あれが喜んでいたのは知っているだろう」
「それは――お喜びになって、当然でしょう。私を娶れば、身分が――」
「身分が欲しいだけなら、むしろお前は面倒だろう。身分が高すぎる。もっと手頃な諸侯の娘はいくらでもいる。出世の足掛かりになればいいだけなのだから、本来であればお前にこだわる理由はない」
珍しく厳しい表情を晒す蓮に、亮は軽く笑みを向けて見せる。
「それでもなお、お前でなければならなかったのは、あれがお前に傾倒しきっているからだ」
「――違うのです、亮さま」
初めて出会った日からずっと、月龍は一貫して蓮に惚れ抜いている。常の月龍では考えられない執着ぶりは、亮でも目を瞠るほどだった。
亮の保証を否定し、蓮は悲しげに自らの髪に触れる。
「私は――亮さまに似ているから。身代わりなのだと」
「まさか」
あり得ない話を、一笑に付す。
月龍と亮の初恋は、嬋玉だった。彼女は亮以上に、蓮と似ている。
だから蓮を一目見て惚れた、そのときはもしかしたら嬋玉の面影を見た可能性はあった。
だがそれは、最初だけの話だ。今では完全に、蓮本人への恋慕であるのは、疑いない。
まして亮への思慕だとは、悪い冗談としか思えなかった。
「私も、信じたくはありません。でも――月龍が、そう……」
「――言ったのか? はっきりと口にして」
否定を前提とした問いかけだった。なのに蓮は、首肯する。そうしてそのまま、俯き、顔を両手で覆った。
蓮に想いを告げるのも、愛しているの言葉すら言えなかった月龍。だから蓮は顔色を見、心情を読み解く努力が板についてしまっている。
その癖であらぬ誤解を抱いただけだと思っていたが、違うのか。
肩をしゃくりあげて泣く蓮を前に、亮の中にも焦りが生まれる。膝を追って背を縮め、蓮の肩にそっと、両手を置いた。
宥めてやるにも、どう声をかけていいのかわからない。ただ顔を、気遣わしげに覗きこむだけだった。
亮の様子に気づいたか、蓮もほんのわずか、顔を上げる。涙に濡れた頬が、痛々しかった。
「でも、亮さまに似ていてももう、私には飽きたと――私が、下手だから。練習に付き合ってやる気はない、別れたくなければ他の男で上達してから来いと」
「――なんだと?」
「相手に、少しでも愛情があるのなら言える言葉ではないと思います。それを口にできたということは――」
私のことなど、なんとも思っていない。
蓮は確かに、ここに来たときからそう言っていた。なにか誤解があったのだろうと真に受けていなかったけれど、真実そう言い放ったとは。
くらりと、視界が揺れる。激しい怒りによって引き起こされた、眩暈だった。
あの男、一体なにを考えている。
吐き気すら伴う、酷い動悸に襲われていた。
月龍が本心で言ったとは思えない。なにか考えがあるのか、それともいつものように不安でどうにかしてしまったのかまでは、窺い知れなかった。
ただ一つ、確実に言えることがある。どのような理由や事情があろうとも口にしてはいけない言葉と言うのは世の中にあり、まさにこれがそれに値するということだった。
蓮も蓮だ。そのような非道な男、見限ればいいのに。
「――それで、お前はその言いつけを守るつもりでここへ来たのか」
問いは、確認ですらない。だからこそ、亮に抱けと言ったのだ。
――月龍の、傍にいるために。
顔を覆ったのは、自分の表情を蓮に見せたくなかったからだ。
怒りが、奥歯を噛みしめさせる。目頭が発する熱が、痛みに変わって眉間に皺を刻ませた。
憤りを見せて、蓮を怖がらせたくはなかった。
「なるほどな」
できるだけ平静を装って、小さく呟く。蓮の隣りに座り直しながら、意識せずため息が落ちた。
先程、肩を抱く亮に示した過剰な反応も、理解できた。今までは「兄」でしかなかった亮と、一線を超える覚悟で訪れたのだから。
「――いいだろう」
嘆息と共に舌に乗せたのは、受託だった。
蓮の表情が固まる。明らかに蒼白に染まった顔色で、それでも蓮は健気に首肯した。
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