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第六章
第四話 愉悦
しおりを挟む亮の胸に顔を埋めた蓮が、気怠そうにしている。
汗ばんだ肌はしっとりと濡れて、互いを縫い合わせているかのようだった。
二人ともまだ、息が乱れている。
「――しかし」
先に息を整えた亮は、口元に薄く笑みを引く。ふっと上げられた蓮の無邪気な眼差しが痛くて、なんでもない、と言葉を濁した。
最初の内こそ蓮の心情を思い、心を砕いていたのだが、いつの間にかそれも忘れて彼女の体に没頭していた。
蓮を支配することしか、考えられなくなっていた。掲げていたはずの大義名分も思い出せないほど自分の欲に溺れてしまったのだから、度し難い。
けれど、数多くの女性と床を共にしてきた亮にとっても、蓮は格別だった。これほどまでに夢中になり、身が蕩けるような感覚に陥ったのは初めてである。
想いのせいばかりではない。二人の体の相性は、明らかに良かった。
思うと口元が緩み、だがそれを口にしては蓮の罪悪感を呼び戻す気がして、やめた。
「――亮さま」
亮の胸に頬を預けたまま呼びかけてくる声は、まだ夢の中に片足を残しているような、まどろんだものだった。
「あのとき――それでいいと、亮さまは仰ったけど……」
蓮の言う「あのとき」を思い出し、再び頬が緩む。
亮に抱かれている間、蓮は最初、きゅっと唇を噛みしめたままだった。だが堪えきれなくなったのだろう、悲鳴のような、甘く甲高い声を上げた。
その後慌てて口を噤んだ。月龍ではない男を相手に達したことが、罪悪感を誘発したのだろうと思った。
そもそも悪いのは月龍なのだから、後ろめたさなど感じなくていい――そのつもりで言ったのだ。
それでもやはり、罪の意識でも覚えているのか。不安そうな蓮の瞳に、亮の気も沈む。
「でしたら亮さまは、あの感覚のことをご存じなの? あれは――一体、なんだったのかしら」
続けられた言葉の意味を図りかねて、一瞬眉を顰める。
だがすぐに気づいた。蓮は昇りつめたことを後悔したのではなく、そもそも、その瞬間を経験したことがなかった故に戸惑ったのだと。
唖然とし、亮は呆れのために目を丸くする。
「お前、ああなったのは初めてか」
亮がなにに驚いているのかも理解できていないのだろう。蓮はきょとんとしたまま、頷いた。
蓮の肩を抱いたまま、もう片方の手の甲で額を押さえて溜め息を吐く。
「あの男は今まで、なにをしていたのか」
では今まで蓮は、なにを感じて身を任せていたのか。
おそらくはわずかな前快感と、それに倍する痛みや羞恥だったのかもしれない。
よくそれで抱かれることに耐えられたな。口にしかけた問いは、愚問だった。
返事は目に見えている。月龍が好きだから、望みに応じていたのだと。
そのような蓮のいじらしさも知らず、ずっと自分一人だけで満足していたのかと、月龍への嫌悪感が湧く。
もっとも、蓮の気持ちが自分にないと承知で抱いた亮も、似たようなものではあるけれど。
教示を請う琥珀の瞳に、亮は苦笑を返す。
「ともかくお前の武器はわかった。その、可愛い声だ」
「声?」
はぐらかされたことにもきづかぬ純粋さで、蓮は首を傾げる。
「そう。無論、顔も可愛いがな」
肩を抱く手に力をこめて、蓮の額に口づけた。照れを浮かべるかと思った蓮は、生真面目な顔をする。
「男の方は、女の声を聞きたいのですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ……月龍が、言っていたのです。私が声を出したりしないのも不満だと」
「――あの男、そのようなことまで言ったのか」
たとえば蓮が口を噤んでいたとして、反応を引き出せないのは、偏に月龍の技量不足だ。それを女の責任にしようとは、呆れ果てて言葉も出ない。
「それに、亮さまも仰っていたでしょう? 自分がよくなることを考えろと。女が悦んでいたら、男の方も嬉しいの?」
「当然だ。――まぁ、中には嫌がる女を無理に押さえつけて悦ぶ困った男もいるが……」
「好みによる?」
「だが、そのような独りよがりな男は少ないだろう。相手が悦んでいるとわかれば、それに越したことはない。女の場合、顕著に表れるのは嬌声だ。特にお前の、あの悩ましい声は格別だった」
おどけて、大仰に身を震わせて見せる。
が、理解できていないのか、蓮は小さく首を傾げた。
「嬌声――悩ましい……?」
それはどのようなものかと問わんばかりの蓮に、悪戯心が沸いてくる。口の端を歪め、身を寄せてきている蓮の背に、指で一本、撫で下ろすように線を描いた。
「あっ」
油断していたのか、蓮がびくんと身をのけ反らせた。愛らしさに、くすりと笑ってしまう。
「それだ」
笑みのままに、再び蓮の上になろうとする。
――慌ただしい足音が近づいてきたのは、そのときだった。
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