冥合奇譚 ~月龍の章~

月島 成生

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第八章

第三話 殺意

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「――なにを今更」

 遠慮も気遣いも消し、決別宣言にも似た亮の罵倒に、月龍は明らかに動揺していた。
 けれど、辛うじてといった様子で反論を口にする。

「ふざけるな。お前が彼女と結婚するつもりはないと言ったのではないか。だからおれは――」
「渋々蓮を引き取ってやった、とでも言うつもりか」

 冷たい流し目に、月龍は詰まる。意地の悪い口調と表情を自覚しながら、追い打ちをかけた。

「おれは無理に押しつけたつもりはないぞ。お前が自ら進んであれに近づいたと思っていたのだが――おれの気のせいだったか」
「それは」
「まあいい。ならばよかったではないか。お前は押しつけられた公主から解放されてせいせいできるし、おれも可愛いいとこと昔通り――いや以上か、ともかく睦まじく暮らす。万事解決だ」

 肩を竦めて両手を広げ、悪戯っぽく続ける。

「おれはなにも、蓮が嫌だったわけではない。政略としての結婚が嫌だっただけだ。お前に言ったかは覚えていないが、蓮に相応しい男が見つからなければ、おれが幸せにしてやろうとはずっと思っていたのだ」
「――その、相応しい男がおれではなかったのか」
「その通りだ」

 辛うじて口を挟む月龍に、鷹揚に頷いて見せる。

「だがどうやらおれの見込み違いだったらしい。おれの方がよほど、幸せにしてやれそうだ」

 涼しい口調を作りつつ、底意地の悪い光を横目に含ませた。蔑みが矢となって月龍の心臓に刺さればいいのに、とさえ思う。

「まぁ、考えてみれば当然だ。誰よりも蓮を理解しているのはおれだろう。おれと一緒になるのが、もっとも蓮のためだ。お前もそうは思わないか、なぁ月龍」

 横に向けていた顔を正面に戻し、にっこりと笑って見せる。一見優し気な笑みが、裏側にある軽蔑をかえって顕著にすることを知っているが故だ。
 月龍が、かなりの力をこめて拳を握りしめているのがわかる。食いこんだ爪が皮膚を傷つけたのか、血が滲んでいた。

「だが――だが、蓮は納得すまい。彼女が愛しているのは、おれだ」

 心痛を示すくぐもった声ながら、そう断言したことが癪に障る。

 そう、蓮が愛しているのはお前だ。それを知っていながら、お前はなにをした。暴言をぶつけた挙句、乱暴まで働いたのではないかと、叫びが喉元まで押し寄せてくる。

 辛うじてそれを飲みこんだのは、蓮が月龍を愛しているなどと口にしたくなかったからだ。
 たとえそれが事実だったとしても――事実であるからこそ、なおのこと。
 叫ぶ代わりに、いつにもましておどけた声を返す。

「そうか、蓮の気持ちか。それはたしかに大切だな。――少なくともお前には言われたくないが」

 一旦区切り、ああいや待てよと声を上げる。

「おれは王子だったな。権限を使えば、あれを后とするなど容易いことだ。なに、最初はお前を恋しがるかもしれんが、おれに夢中にさせて見せるさ。お前のことなど、早々に忘れる」

 権力を使って女をものにするなど、およそ亮の趣味とはかけ離れている。けれど、可能であるのは紛れもない事実だった。
 月龍に対する半ばあてつけじみた発言ではあったが、案外それもいいかもしれないと思い直す。

 蓮は泣くだろう。月龍に捨てられたのを亮が拾ってくれた、くらいにしか思わないかもしれない。

 けれど亮が言った通り、時間が解決する可能性もある。泣いて泣いて、気がすむまで泣き暮らしたら、傍に居る亮を振り向いてくれるのではないか。

「――させない」

 亮に奪われる――強迫観念が、後ろめたさを払拭したのか。月龍が低く唸る。
 上げられた月龍の顔に、ぞっとした。
 元々月龍の顔立ちはきつく、鋭いものだった。今は更に凄味が増している。目はつり上がり、引き結ばれた薄い唇と強張った頬の筋肉が、強く噛みしめられた奥歯を示していた。

 はっと息を飲んだ亮が身を引くより、月龍が動く方が早かった。
 腕を掴まれ、引き寄せられる。乱暴に押し倒され、床の上に押さえつけられ――月龍の手が、亮の帯の中に入ってきた。

 そこには、いつも身につけている護身用の懐剣がある。

 月龍の手を押さえようとするも、間に合わなかった。
 柄に手をかけて一気に引き抜き、亮の首筋に冷たい刃を突きつけた。
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