冥合奇譚 ~月龍の章~

月島 成生

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第八章

第七話 辛抱

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 訓練の終わりを、月龍は憂鬱な気分で迎えた。

 一月経った今でも、蓮との仲は修復されていない。
 月龍を出迎える笑顔は、媚びるためのもの。以前の、屈託のないものとは比べようもなかった。

 なにかあれば、すぐに謝罪を口にする。月龍の気に入るようにと細心の注意を払っているのが見て取れて、胸が痛い。
 この分であれば今も、月龍に隠れて泣いているのではないか。

 証拠に、未だに月龍を誘う。体を与えることが責務だと思っているからだ。月龍の想いを否定している証である。
 そのようなことはしなくてもいい、ただ傍に居てほしい。そう伝えれば、蓮は引き下がる。――悲しげな表情で。

 だから月龍は言葉を重ねる。本来、苦手なことだ。亮や他の男達は、どうやって女を口説いていただろうかと必死で思い出し、柄にもなく甘い台詞を吐く。
 蓮の髪や瞳、容姿の美しさを褒め、愛しているとことある毎に耳元に囁きかけた。怖がらせないために、できるだけ笑みを浮かべる努力も続けている。
 元来の月龍を知っているせいで、胡散臭く感じているのかもしれない。その都度、蓮は困ったような複雑な表情で、ありがとうございますと頭を下げる。

 洩れかけたため息を、辛うじて飲みこんだ。
 蓮のためには、別れてやった方がいいのかもしれない。作られた笑顔を見れば、そうも思う。
 けれど、不自然な自分を演じてでも月龍の傍に居たいと思ってくれているのは、事実だった。

 だからいずれはうまくいくと信じたい。蓮の誤解さえ解ければ――月龍の本当の想いをわかってくれさえすれば、きっと。

 そのためには誘惑に負けて、蓮を抱くわけにはいかない。

 正直な話をすれば、禁欲的な生活がこれほど辛いとは思っていなかった。
 手を伸ばせば、蓮に触れられる。彼女もきっと、抵抗はしない。
 受け入れてくれることを知っていながら触れられないことが、辛い。

 けれど抱けば、やはり体が目当てだったと思われる。蓮の心が欲しければ、信じてもらえるまでは我慢しなければならなかった。
 蓮には、すぐに会いたい。仕事が終われば、彼女の待つ邸にまっすぐ帰るべきだ。
 だが同時に、我慢を強いられる苦行が待っている。己の欲との戦いを余儀なくされることを思えば、足も重くなった。
 意味もなく、宮中を歩き回る。やがて、とある回廊までやってきて足を止めた。

 そこからは美しい中庭が一望できる。中央に立つ桃の木が、月龍の注意を引いた。

 満開ではないが花は咲き、まだ開ききっていない蕾も柔らかくほころんでいる。遠くから眺めるその様は、木の周りを薄桃色の霧が取り巻いているように見えた。
 花霞なる言葉を、無骨な月龍でさえ思い浮かべる。

 月龍が足を止めたのは、しかし見惚れたからではない。蓮のことを思い出したのだ。
 四季それぞれに移ろうこの木が好きだと、蓮が言っていた気がする。特に春の花は格別だと。

 この枝のひとつふたつ手折り土産にすれば、蓮は喜んでくれるだろうか。

 無論、宮殿の建物はおろか庭に生える草の一本までもが王家の物だ。月龍のような一武将が手を出せる代物ではなかった。
 誰かに見咎められれば、亮の許可を得ているなり頼まれたなり答えればいい。月龍と亮の仲は周知されているのだから、疑われることはないだろう。

「どうかなさいましたか、邵様」

 足を踏み出しかけていた月龍は、背後からの声に振り向いた。
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