箱庭系譜

たき

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わすれもの

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 どこか遠くで水が滴る音がする。
 喉の渇きは感じなくもないが、水源を確保している現在、特に探しに行こうという気力が湧くことはなかった。
 D国による対人類殲滅生物兵器、通称「不幸の種」が大陸に投下されてから約50年が経った。いや、60年だったか。細かい事はよく覚えていない。
 屋根代わりにかけていた瓦礫を押しのけ、三日ぶりの朝日を全身に浴びる。
 あたりを見渡すと、視界の端から端まで見事に廃墟、廃墟、廃墟の山…そこはまさに、小さい頃コミックで読んだ、所謂「終末」の世界だった。
 携帯食料をひとかけら口に放り込み、少量の水で流し込む。水はともかく、食料は精々あと2年程度しか保たないだろう。新しく確保しなければならない。
 
「今日はどうしようかなぁ」

 いつだったか、不幸の種が墜ちたあの日。そう、確か学校をズル休みしていた。声色を使って学校に連絡をし、ゲームセンターでダラダラと時間を潰した。
 何故あの日学校に行かなかったのか…正確な事は覚えていない。しかし、何か忘れてはいけない事があそこであったような…。
 分からない。
 何も分からない。
 どうして一人だけ生き残っているのか。
 何故?
 何故この世界には誰も居ない?
 不幸の種とはなんだったんだ、いや、そもそも何故その名前を知っている?
 誰も居ない世界でどうやって40年も生き残った…? あれ、40…50…?
 記憶にもやがかかる。
 喉元まで出掛かった大切な何かは、絶対に外に出てこようとはしなかった。
 喉が渇く。
 あぁ喉が渇く。

 どこか遠くで水が落ちる音がする。それはあまりにも規則的で、機械的で、まるで誰かが調節でもしているような……。
 三日ぶりにカーテンが開く。せめて目だけでも窓に向けて光を見る。
 不幸の種が落ちた。
 夢で見たような廃墟。
 規則的な機械音。
 
「…ノ………ど…」

「ん…あ、目、醒めたのね。喉渇いたのかな、今お水あげるからね」

 私は、生かされている。
 不幸の種が落ちたあの日。
 すべての感覚が切断される、あのなんともいえない不快感を味わった。
 私を含む哀れな被害者達は、全身の、生き物としての機能が全てシャットアウトされていた。死ぬことも生きることもできない、あまりにも不格好な美術品だ。
 あれから53年。
 対不幸の種用の薬物技術?(私にはよく分からない)が開発された。
 運良く瓦礫の下に埋まっていた私は他の人と違い、風化する事もなく掘り起こされ、治療を受けている。

「現実がこうだったら良かったのにね」

 石化した友人に花冠を被せ、ぼそりと呟く。
 わすれていたもの、はないか。
 僕は忘れない。
 あなたも、あなたの笑顔も、不器用なあなたが雑に編んだ花冠も。
 
「あぁ、そうだ。食料探さないと」

 屋根代わりの煉瓦をかけ直し、外へと駆け出す。
 朝日が廃墟を照らしていた。
 
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