16 / 16
わすれもの
しおりを挟む
どこか遠くで水が滴る音がする。
喉の渇きは感じなくもないが、水源を確保している現在、特に探しに行こうという気力が湧くことはなかった。
D国による対人類殲滅生物兵器、通称「不幸の種」が大陸に投下されてから約50年が経った。いや、60年だったか。細かい事はよく覚えていない。
屋根代わりにかけていた瓦礫を押しのけ、三日ぶりの朝日を全身に浴びる。
あたりを見渡すと、視界の端から端まで見事に廃墟、廃墟、廃墟の山…そこはまさに、小さい頃コミックで読んだ、所謂「終末」の世界だった。
携帯食料をひとかけら口に放り込み、少量の水で流し込む。水はともかく、食料は精々あと2年程度しか保たないだろう。新しく確保しなければならない。
「今日はどうしようかなぁ」
いつだったか、不幸の種が墜ちたあの日。そう、確か学校をズル休みしていた。声色を使って学校に連絡をし、ゲームセンターでダラダラと時間を潰した。
何故あの日学校に行かなかったのか…正確な事は覚えていない。しかし、何か忘れてはいけない事があそこであったような…。
分からない。
何も分からない。
どうして一人だけ生き残っているのか。
何故?
何故この世界には誰も居ない?
不幸の種とはなんだったんだ、いや、そもそも何故その名前を知っている?
誰も居ない世界でどうやって40年も生き残った…? あれ、40…50…?
記憶にもやがかかる。
喉元まで出掛かった大切な何かは、絶対に外に出てこようとはしなかった。
喉が渇く。
あぁ喉が渇く。
どこか遠くで水が落ちる音がする。それはあまりにも規則的で、機械的で、まるで誰かが調節でもしているような……。
三日ぶりにカーテンが開く。せめて目だけでも窓に向けて光を見る。
不幸の種が落ちた。
夢で見たような廃墟。
規則的な機械音。
「…ノ………ど…」
「ん…あ、目、醒めたのね。喉渇いたのかな、今お水あげるからね」
私は、生かされている。
不幸の種が落ちたあの日。
すべての感覚が切断される、あのなんともいえない不快感を味わった。
私を含む哀れな被害者達は、全身の、生き物としての機能が全てシャットアウトされていた。死ぬことも生きることもできない、あまりにも不格好な美術品だ。
あれから53年。
対不幸の種用の薬物技術?(私にはよく分からない)が開発された。
運良く瓦礫の下に埋まっていた私は他の人と違い、風化する事もなく掘り起こされ、治療を受けている。
「現実がこうだったら良かったのにね」
石化した友人に花冠を被せ、ぼそりと呟く。
わすれていたもの、はないか。
僕は忘れない。
あなたも、あなたの笑顔も、不器用なあなたが雑に編んだ花冠も。
「あぁ、そうだ。食料探さないと」
屋根代わりの煉瓦をかけ直し、外へと駆け出す。
朝日が廃墟を照らしていた。
喉の渇きは感じなくもないが、水源を確保している現在、特に探しに行こうという気力が湧くことはなかった。
D国による対人類殲滅生物兵器、通称「不幸の種」が大陸に投下されてから約50年が経った。いや、60年だったか。細かい事はよく覚えていない。
屋根代わりにかけていた瓦礫を押しのけ、三日ぶりの朝日を全身に浴びる。
あたりを見渡すと、視界の端から端まで見事に廃墟、廃墟、廃墟の山…そこはまさに、小さい頃コミックで読んだ、所謂「終末」の世界だった。
携帯食料をひとかけら口に放り込み、少量の水で流し込む。水はともかく、食料は精々あと2年程度しか保たないだろう。新しく確保しなければならない。
「今日はどうしようかなぁ」
いつだったか、不幸の種が墜ちたあの日。そう、確か学校をズル休みしていた。声色を使って学校に連絡をし、ゲームセンターでダラダラと時間を潰した。
何故あの日学校に行かなかったのか…正確な事は覚えていない。しかし、何か忘れてはいけない事があそこであったような…。
分からない。
何も分からない。
どうして一人だけ生き残っているのか。
何故?
何故この世界には誰も居ない?
不幸の種とはなんだったんだ、いや、そもそも何故その名前を知っている?
誰も居ない世界でどうやって40年も生き残った…? あれ、40…50…?
記憶にもやがかかる。
喉元まで出掛かった大切な何かは、絶対に外に出てこようとはしなかった。
喉が渇く。
あぁ喉が渇く。
どこか遠くで水が落ちる音がする。それはあまりにも規則的で、機械的で、まるで誰かが調節でもしているような……。
三日ぶりにカーテンが開く。せめて目だけでも窓に向けて光を見る。
不幸の種が落ちた。
夢で見たような廃墟。
規則的な機械音。
「…ノ………ど…」
「ん…あ、目、醒めたのね。喉渇いたのかな、今お水あげるからね」
私は、生かされている。
不幸の種が落ちたあの日。
すべての感覚が切断される、あのなんともいえない不快感を味わった。
私を含む哀れな被害者達は、全身の、生き物としての機能が全てシャットアウトされていた。死ぬことも生きることもできない、あまりにも不格好な美術品だ。
あれから53年。
対不幸の種用の薬物技術?(私にはよく分からない)が開発された。
運良く瓦礫の下に埋まっていた私は他の人と違い、風化する事もなく掘り起こされ、治療を受けている。
「現実がこうだったら良かったのにね」
石化した友人に花冠を被せ、ぼそりと呟く。
わすれていたもの、はないか。
僕は忘れない。
あなたも、あなたの笑顔も、不器用なあなたが雑に編んだ花冠も。
「あぁ、そうだ。食料探さないと」
屋根代わりの煉瓦をかけ直し、外へと駆け出す。
朝日が廃墟を照らしていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる