東大正高校新聞部シリーズ

場違い

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第2部 私は告発させる

後日 感謝状と告発状

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 体育祭のときは、本当にいろいろ、ありがとう。
 結局、高頭も軸丸も、もう無理そうだったけど……これが一番正しい終わり方なんだと思う。ともかく、俺のせいでこじれた人間関係につき合わせる羽目になって、本当に悪かった。

 ここで書くべきじゃないかもしれないけど、俺、結婚するんだ。
 来月挙式で。……挙式? 披露宴? 結婚報告会……まぁ、ようは結婚式みたいなことだ。恥ずかしいことなんだけど、所謂デキちゃった婚ってやつでさ。5か月後誕生予定。ちょうど俺が退学になった日から1年後くらいに俺の子供が生まれるなんて、なんか変な感じだぜ(笑)
 退学になって落ち込んでた俺を励ましてくれた子で……こんなこと書く必要ねえか。書きなれてないせいで、余計な方に脱線しちまうな。
 まあとにかく、俺の挙式なんて祝ってくれる奴ほとんどいねーから、もしかしたら小池ちゃんにも招待状送るかもしんねーから。暇ならでいいから来てくれよ、うまい飯もあると思うからさ(笑)

 最後に、もうひとつだけお願いしていいなら、曽布川をよろしく頼む。
 恨んでるわけじゃないけど、あのときのままなら、直してやらなきゃいけないと思って……。

 悪い。頼りすぎだな。
 とにかく、ありがとう。小池ちゃんのおかげで、楽しい体育祭だった。本当に感謝してる。

 文化祭も来るかもだから、なんか店とかやるなら、割引よろ(笑)

 弓原大河





 体育祭が終わって、次の登校日。
 2年生の教室が並ぶ廊下は、奇妙に、ざわついていた。
 いつもより遅めの登校を果たした曽布川は、自分を見つけるなり、ひどく悪意を持った目で睨みつけてくる同級生たちを見て、困惑した。
 喋ったこともないような生徒の1人が、こっちに向かってきて、胸倉を掴んだ。

「曽布川、お前だったんだな」
「……いきなり何だ? 何が俺なんだ」

 曽布川には、自分が恨まれる意味が分からなかった。
 1年の時は引っ込み思案だったが、弓原を退学させてからは、自ら進んで委員会などの仕事をするようになって、それなりに信頼を勝ち取ってきたと思っていた。
 こんな風に責められることがあるとしたら……いや、でもそれはありえない。曽布川は頭の中に浮かんだ可能性を自分で否定したが、

「あんたが弓原くんを退学させたんでしょ!」

 後ろから出てきた女子生徒の声で、その可能性は蘇ってきた。
 気付けば、360度から、2年生の視線で貫かれていた。
 なんでこいつらがみんな、それを知っているんだ……と、曽布川はにわかに汗をかいた。
 曽布川の把握している限りでは、軸丸と高頭、あと数名ぐらいしか真実を知っている者はいないはずだった。そしてそいつら全員、校長や教師から、事態をややこしくしないために口止めを要求されているので、安心しきっていた。
 大体、なんで半年経った今、こんな話が出てくるんだ……。

 真っ先に思い当たったのは、憎たらしい、黒髪パッツンの不愛想女だった。

「今朝、教卓の上にこんなのが置かれてたんだよ」

 また違う男子が出てきて、曽布川の横っ面に、小さなおもちゃ程度の再生機器を突き付けた。
 ボタンが押され、声が流れ出す。

『……話の流れから考えるに、曽布川さんが、その……その生徒を退学させるきっかけを作った、とかですか』
『きっかけというか、本当に俺がやめさせたんだよ』
『…………え?』

 曽布川は歯噛みした。

『いろいろ校長とかに口添えもして、脚色つけてチクったら、面白いぐらい上手くいったよ。弓原はイッパツで退学が決まった』

 そういえば……あのとき、あの女、スマホを一瞬だけいじったような気がする。
 録音されていたのか。あの女に対してよりも、録音されているとも気付かず間抜けに全部自供してしまった自分に腹が立った。
 曽布川は、未だに胸倉を掴んだままの男子生徒を突き飛ばした。男子生徒は大きくのけぞって、後方に集まってきていた生徒にぶつかり、こけた。
 弓原と親しかった女子が、涙を溜めて怒鳴った。

「あんた、最っ低。先生にこの録音、持って行ってやるから」
「今度は、あんたが退学になる番よ!」
「はあ?」

 曽布川は、横の男子から再生機器をひったくると、床に叩きつけ、踏んだ。
 再生機器だったものは、ガチャッ、と致命的な音を立てて砕けた。
 曽布川はニヤニヤと笑った。もう汗は引いている。

「何を持って行ってやるって?」
「…………クズっ」
「弓原と遊んでばっかで、1年の成績が底辺だったクズ女に、何も言われる筋合いはねぇんだよ」

 2年生全員が、曽布川を恐れた。
 温厚に振る舞い、いつも仕事を率先してこなす、そんな曽布川しか知らなかった。普段の、虚構の曽布川しか。
 曽布川は再生機器だったものを何度も踏みつけて粉々にして、笑った。今までひた隠しにしてきたことを暴かれて、自分の本性まで暴かれて、頭がどうにかなりそうだった。笑うしかなかった。

「仮に先生にチクったところで同じぃ。先生たちだって、俺がハメたこと分かってて弓原を退学にしたんだからさ」
「嘘よ、大人がそんなこと……」
「じゃあ言ってみろよ。お前、いいとこ受験したがってたよなぁ?」
「…………」
「自分たちの学校の不始末を今更ぶり返されて、いい思いすると思う? ……俺だったらそんなガキ、嫌いだな」

 曽布川は、最後にもう一度だけ、強くゴミを踏みぬくと、そのまま前進した。
 彼の前方を塞いでいた生徒たちは、曽布川を睨みながらも、それ以上のことはできなかった。
 悪意の花道を進みながら、曽布川は振り返りもせず言った。

「……イジメたければイジメればいい」

 彼が歩く道には、もう、級友は1人もいなかった。



「それでは!」
「新聞部、部活対抗レース優勝を記念しまして……」

 一斉に、コーラやオレンジジュースの入った紙コップを持ち上げる。

『かんぱーい!』

 チンッ、とは鳴らない、紙が擦れる音だけの乾杯をみんなと交わして、私は注がれたコーラを一口飲んだ。
 新聞部室にて、私たちはささやかな祝賀会を催すことになった。
 2リットルのジュースや、ビッグバッグのポテトチップスなんかを買ってきて、机の上に広げるだけ。本当にささやかすぎるけれど、まぁ、高校生としてはこんなものだろう。
 空乃が、早くも空になったコーラのボトルの口を、私の方へ向けた。

「……何の儀式だ」
「ビールかけだよ」

 そんなに上機嫌な顔で言われると、ツッコむ気にもなれない。
 渡良瀬先輩は、私の背中をぱんぱんと叩いて笑った。……絡みのキツイ酔っ払いのようだ、という感想は、胸の内にしまっておくとしよう。

「いやー、小池ちゃんすごかったね! ラストスパートの全力疾走!」
「あはは……まぁ、頑張りました」
「でもホント、体験入部に来てくれた時とは、めっちゃ印象変わったな。けっこう活発なんだなって」

 活発……か。
 そんな言葉、私には似合わないと思っていたけれど……先輩がそう言うのなら、間違いないのかもしれない。

「小池はモテモテだからな」
「女子から」

 キヨと下邨が、にやにや笑いで言った。
 ここまで言われ慣れると、言い返す余裕も出てくる。私はせいぜい人をナメたような顔で、

「そういうことは私よりモテてから言うんだな」
「うげっ、嫌なヤツ」
「別に? 俺、1人の運命の人と出会えればそれでいいし?」
「なんだよ、そのあからさまな強がり」

 柿坂先輩が失笑した。
 私はモテたりなんかしなくたって、柿坂先輩にさえ愛されていればそれでいいんです! ……と勢いで言いたくなったけれど、顔が赤くなるだけだった。
 忍にさじを投げる。

「ここは、彼氏できたての忍に聞いておくしかないんじゃないか?」
「ふふ、もうやめてよ、咲ったら……」
「ええー! うっそぉ! 源に先越された!」
「マジか。絶対お見合い結婚するタイプだと思ってた」
「……殴っていいかしら」

 キヨ、下邨。冥福をお祈りします。
 剣呑な空気から抜け出して、私は空乃と一緒にポテチをつまんだ。
 空乃が、そういえば、と聞いてくる。

「告発って、結局何だったの?」
「…………うーん」

 私は頬を掻いた。
 軸丸さんと高頭さんのあの後は知らないし……私が録音データを置いたせいで、2年生はちょっとしたパニックになったらしいけど、曽布川さんがどうなったのかまでは知らないし。
 弓原さんは……感謝状とか言って、メッセージアプリで送られてきたのを読んだだけだし。
 そもそも今回の事件は、あまりパーティーに即した内容でもない。

「……あんまり面白くない話だ。祝いの席で話すと気分が滅入る」
「そうなんだ」
「………………なあ、空乃」

 私の方を見上げてくる空乃は、きょとんと首を傾げた。

 ……相手は自分を許してくれていると、自分に都合のいい方向に思い込んでしまった、高頭さん。
 自分を裏切った元親友が許せなくて、必要以上に疑いを向け、最後には公衆の面前で辱める計画まで立ててしまった、軸丸さん。
 他者に見下されていると感じて恐れるあまり、他者を見下して、結局孤独になってしまった、曽布川さん。

 3人それぞれに対する私の解釈も、合っているかどうか分からない。
 私には、自分の心さえ、たまに分からない時がある。他人の心なんて、もっと分かりっこないし、分かったつもりになってはいけない。
 人間関係って難しくて、友達でい続けることって難しい。

 私は、照れもせず、縋るように言った。

「これからも、友達でいてくれ」
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