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第四話 王都次代編
4ー40『セール伯爵家の呪い』
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もはや慣例となっている悪口の応酬を終わらせると、ミラはなに食わぬ顔で会話に混じる。
ここまでがいつものことなので、イリスも噛みつかなかった。イリスとて、身ひとつで恋の勝負に挑むミラのガッツは認めているのだ。
「ねえねえ皆さま、ご存知かしら、あの噂?」
カイの気を引きたくて必死なミラが、またぞろどこかから噂話を仕入れてきたらしい。
「おや、私がキヨウを離れている間に、なにか面白いことでもありましたか?」
とっておきの話のように切り出すミラに、カイは卒なく相槌を打つ。
そのカイの反応に、ミラは得意満面だ。社交辞令なのがわからないらしい。
「『セール伯爵家の呪い』、ですわ」
ミラは扇子の陰で意味深に囁き、好奇心を煽る。
イリスを初め、面々は興味深そうに耳を傾けた。正確には、興味深そうなフリをして、だ。
なにかと思えば、怪談話とは。
イリスは内心、肩を竦める。
(カイの気を引きたいのなら、ミスチョイスもいいところね)
この場の誰もが肩透かしを食らった気分だった。そんな話で面白可笑しく騒ぐような人間は、ここにはいない。
「どうせアレだろ? 誰もいないのに声が聞こえたとか、人魂が見えたとか」
ガルデニアが茶化した。ニヤニヤと笑いながら、ミラに構う。
どうもこの男は、子どもじみたところがあった。
「違いますわ! この『セール伯爵家の呪い』は本物ですってば!」
ミラは憤慨する。この二人は、いつもこんな感じだ。いっそくっつけばいいのに、とイリスは思う。
「セール伯爵家? つい先頃ご当主のルネ殿が亡くなった、あの?」
「さすがカイ様ですわ!」
フォルシシアもシュヴァルも、ガルデニアも主要貴族は頭に入れているが、地方貴族でしかないセール伯爵家と言われても、すぐにはピンとこなかった。
「ルネ様? ああ、あの美男で有名な?」
辛うじて、情報通なボニト男爵令嬢クリスティーヌが思い出す。
セール伯爵家はこのキキ島の西南にあるキイ領の、中央とはなんの繋がりもない貴族である。その当主ルネ・キャトル・セールが病で亡くなったのは、今年の紫陽花月、四ヶ月前のことだった。
しかし、若くして亡くなった伯爵のことを指して『呪い』というのは不謹慎である。
だが、呪いは伯爵の死後、葬儀の場から始まったという。
「墓地が揺れたんですって」
「地震では?」
大きな地震の報告はないが、小さなものなら、いつどこで起きても不思議はない。
タイミング的には不気味かもしれないが、不運が重なったとしか思えなかった。
「それが、揺れたのは墓地だけ! しかもすごく短い時間だけですって!」
確かに奇妙な話である。局地的地震にしても、範囲が狭すぎる。
「それだけではありませんわ。セール家では伯爵の死後、奇妙な事件が立て続けに起きておりますの」
怪談話のはずだが、カイが興味を示してくれて、ミラは嬉しさのあまり興奮気味だ。
「屋敷の窓ガラスが誰もいないのに勝手に割れたり、かまどの火が燃え上がって小火がおきたり」
(愚かなこと。カイは、ゴシップになんて興味はないわ)
カイが興味があるのを装うのも、あくまで伯爵令嬢への礼儀である。
だからこそ、次の一言はイリスの予想を裏切るものだった。
「その話、詳しく聞かせてください!」
カイは体ごと向き直り、ミラの話に食いついたのである。
「——急用を思い出したので、これで失礼」
そして話を聞き終わると、そんなありきたりなセリフを残してカイはパーティーを後にした。
「そんなぁ、せっかく興味を示してくださったのに、カイさまぁっ」
カイの関心を引くも逃げられ嘆くミラと、呆気に取られる友人たち。彼らにしても、なにがカイの注意を引いたのかわからない。
今晩は久しぶりに一緒に過ごそうと思ったのに、と拗ねたようにイリスはグラスに口をつけた。
「ご就寝中に失礼します」
新緑宮、第二王子の寝室の扉をノックしたのは、夜会に行っているはずの側近筆頭だった。
「カイ、どうしたの? いつも朝帰りなのに」
ロワメールはすでに寝る準備を済ませ、ベッドの上でミエルを撫でていた。
夜会に行けば明け方まで帰ってこないカイが、日付が変わらぬうちに帰ってきたのだ。何事かと心配になる。
「朝帰りはやめたんですよ」
「ふーん?」
いくら恋人がいないからって、とっかえひっかえ相手をかえての夜遊びはどうなの、と健全な青少年であるロワメールは思ってしまう。
――令嬢は、勇気を振り絞って誘ってくれるのです。それを断って恥をかかせるのは、紳士としてどうなんでしょうね。
というのが、カイの言い分だった。厚顔無恥とはこのことである。
そんなカイが、シノンから帰ってきてかわった。
誰のためにかは言うまでもない。
男装の水司は、カイにとってそれだけ大切なのだ。
「至急、お耳に入れたいお話があります」
そしてカイに『セール伯爵家の呪い』の話を聞いたロワメールは、色違いの瞳を瞠る。
「それ本当!?」
「あくまで噂です。ですがあまりに状況が合致する」
ロワメールはカイ同様、驚きを禁じえなかった。
「……でも、少し変だよね、その話」
身を乗り出したロワメールだが、話の不自然さに眉をしかめる。
「なんでそんな話が出回ってるの?」
「そちらも併せて調べさせますか?」
ロワメールは頷いた。聞いた以上、放置はできない。
「わかりました。でしたらすぐに手配を」
「待って、カイ」
ロワメールは、踵を返すカイの腕を掴んだ。
「できたらカイに調べてもらいたい」
「私ですか?」
「信用できる人に頼みたいんだ」
いくら普段憎まれ口を叩こうが、ロワメールはカイを信頼している。それをカイもわかっていた。
「この話、セツ様には?」
「まだ話せない。ぬか喜びさせたくない」
セツは三百年、この時を待っていたのだ。
噂を迂闊に信じて、ガッカリさせたくない。
「承知いたしました。しばしの間、おそばを離れることをお許しください」
「ごめん、カイ。全然休ませてあげれてない」
「貴方様は私の主。謝る必要はありません。それがお望みなら、お命じになればいいのです」
「うん。お願い、カイ」
「お任せください」
心優しい主に片膝を付き、カイは頭を垂れた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー41 アルブル侯爵邸での晩餐会 は、12/31(水)21時頃に投稿を予定しています。
ここまでがいつものことなので、イリスも噛みつかなかった。イリスとて、身ひとつで恋の勝負に挑むミラのガッツは認めているのだ。
「ねえねえ皆さま、ご存知かしら、あの噂?」
カイの気を引きたくて必死なミラが、またぞろどこかから噂話を仕入れてきたらしい。
「おや、私がキヨウを離れている間に、なにか面白いことでもありましたか?」
とっておきの話のように切り出すミラに、カイは卒なく相槌を打つ。
そのカイの反応に、ミラは得意満面だ。社交辞令なのがわからないらしい。
「『セール伯爵家の呪い』、ですわ」
ミラは扇子の陰で意味深に囁き、好奇心を煽る。
イリスを初め、面々は興味深そうに耳を傾けた。正確には、興味深そうなフリをして、だ。
なにかと思えば、怪談話とは。
イリスは内心、肩を竦める。
(カイの気を引きたいのなら、ミスチョイスもいいところね)
この場の誰もが肩透かしを食らった気分だった。そんな話で面白可笑しく騒ぐような人間は、ここにはいない。
「どうせアレだろ? 誰もいないのに声が聞こえたとか、人魂が見えたとか」
ガルデニアが茶化した。ニヤニヤと笑いながら、ミラに構う。
どうもこの男は、子どもじみたところがあった。
「違いますわ! この『セール伯爵家の呪い』は本物ですってば!」
ミラは憤慨する。この二人は、いつもこんな感じだ。いっそくっつけばいいのに、とイリスは思う。
「セール伯爵家? つい先頃ご当主のルネ殿が亡くなった、あの?」
「さすがカイ様ですわ!」
フォルシシアもシュヴァルも、ガルデニアも主要貴族は頭に入れているが、地方貴族でしかないセール伯爵家と言われても、すぐにはピンとこなかった。
「ルネ様? ああ、あの美男で有名な?」
辛うじて、情報通なボニト男爵令嬢クリスティーヌが思い出す。
セール伯爵家はこのキキ島の西南にあるキイ領の、中央とはなんの繋がりもない貴族である。その当主ルネ・キャトル・セールが病で亡くなったのは、今年の紫陽花月、四ヶ月前のことだった。
しかし、若くして亡くなった伯爵のことを指して『呪い』というのは不謹慎である。
だが、呪いは伯爵の死後、葬儀の場から始まったという。
「墓地が揺れたんですって」
「地震では?」
大きな地震の報告はないが、小さなものなら、いつどこで起きても不思議はない。
タイミング的には不気味かもしれないが、不運が重なったとしか思えなかった。
「それが、揺れたのは墓地だけ! しかもすごく短い時間だけですって!」
確かに奇妙な話である。局地的地震にしても、範囲が狭すぎる。
「それだけではありませんわ。セール家では伯爵の死後、奇妙な事件が立て続けに起きておりますの」
怪談話のはずだが、カイが興味を示してくれて、ミラは嬉しさのあまり興奮気味だ。
「屋敷の窓ガラスが誰もいないのに勝手に割れたり、かまどの火が燃え上がって小火がおきたり」
(愚かなこと。カイは、ゴシップになんて興味はないわ)
カイが興味があるのを装うのも、あくまで伯爵令嬢への礼儀である。
だからこそ、次の一言はイリスの予想を裏切るものだった。
「その話、詳しく聞かせてください!」
カイは体ごと向き直り、ミラの話に食いついたのである。
「——急用を思い出したので、これで失礼」
そして話を聞き終わると、そんなありきたりなセリフを残してカイはパーティーを後にした。
「そんなぁ、せっかく興味を示してくださったのに、カイさまぁっ」
カイの関心を引くも逃げられ嘆くミラと、呆気に取られる友人たち。彼らにしても、なにがカイの注意を引いたのかわからない。
今晩は久しぶりに一緒に過ごそうと思ったのに、と拗ねたようにイリスはグラスに口をつけた。
「ご就寝中に失礼します」
新緑宮、第二王子の寝室の扉をノックしたのは、夜会に行っているはずの側近筆頭だった。
「カイ、どうしたの? いつも朝帰りなのに」
ロワメールはすでに寝る準備を済ませ、ベッドの上でミエルを撫でていた。
夜会に行けば明け方まで帰ってこないカイが、日付が変わらぬうちに帰ってきたのだ。何事かと心配になる。
「朝帰りはやめたんですよ」
「ふーん?」
いくら恋人がいないからって、とっかえひっかえ相手をかえての夜遊びはどうなの、と健全な青少年であるロワメールは思ってしまう。
――令嬢は、勇気を振り絞って誘ってくれるのです。それを断って恥をかかせるのは、紳士としてどうなんでしょうね。
というのが、カイの言い分だった。厚顔無恥とはこのことである。
そんなカイが、シノンから帰ってきてかわった。
誰のためにかは言うまでもない。
男装の水司は、カイにとってそれだけ大切なのだ。
「至急、お耳に入れたいお話があります」
そしてカイに『セール伯爵家の呪い』の話を聞いたロワメールは、色違いの瞳を瞠る。
「それ本当!?」
「あくまで噂です。ですがあまりに状況が合致する」
ロワメールはカイ同様、驚きを禁じえなかった。
「……でも、少し変だよね、その話」
身を乗り出したロワメールだが、話の不自然さに眉をしかめる。
「なんでそんな話が出回ってるの?」
「そちらも併せて調べさせますか?」
ロワメールは頷いた。聞いた以上、放置はできない。
「わかりました。でしたらすぐに手配を」
「待って、カイ」
ロワメールは、踵を返すカイの腕を掴んだ。
「できたらカイに調べてもらいたい」
「私ですか?」
「信用できる人に頼みたいんだ」
いくら普段憎まれ口を叩こうが、ロワメールはカイを信頼している。それをカイもわかっていた。
「この話、セツ様には?」
「まだ話せない。ぬか喜びさせたくない」
セツは三百年、この時を待っていたのだ。
噂を迂闊に信じて、ガッカリさせたくない。
「承知いたしました。しばしの間、おそばを離れることをお許しください」
「ごめん、カイ。全然休ませてあげれてない」
「貴方様は私の主。謝る必要はありません。それがお望みなら、お命じになればいいのです」
「うん。お願い、カイ」
「お任せください」
心優しい主に片膝を付き、カイは頭を垂れた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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4ー41 アルブル侯爵邸での晩餐会 は、12/31(水)21時頃に投稿を予定しています。
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