やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー39 火花も夜会の華なれば

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 カイを中心としたグループは、夜会の場でもひときわ華やかだった。

 雑談に興じる彼らの様子を、何人もの令嬢が遠巻きにチラチラと窺っている。なんとか話に入りたくて、隙を探っているのだ。
 彼女たちの狙いがほとんどカイであることは、イリスにはお見通しだった。

 シュヴァルは優しい面の高位貴族だが、婚約者がいる。フォルシシアは、気弱なところを除けば彼自身に問題はないが、『鉄の男』ことフォルシシア宰相をお義父様と呼ぶのは覚悟がいる。イリスにだって、そんな勇気はない。

 ガルデニアは陽気なハンサムだが、騎士家の出身。貴族の娘が騎士家に嫁ぐなんて、愛がなければ無理な話である。ただし男兄弟のいない、婿養子を望む令嬢は別だ。ガルデニア卿は都合よく次男である。そしてガルデニア自身も、爵位を望み、貴族への婿入りを考えていた。

 その点、カイは別格だ。
 この国の独身貴族の中で、カイほどの男はいない。中央の大貴族ニュアージュ侯爵家の嫡男で、第二王子の側近筆頭。上背があり見栄えもよく、その上女性に優しくて扱いにも慣れている。結婚相手としての条件が完璧に揃っていた。

 今夜のカイは、婚約披露パーティーということで格調高い着物を着ている。深い緑の着物に同色の糸で刺繍された華やいだデザインが、長身に映えていた。
 今夜も多くの令嬢が、この男を狙っているだろう。

「カイさまあ……!」
 ほら来た、とイリスはグラス越しに視線を送った。
 鼻にかかる甘ったるい声が、イリスの聴覚を不快に刺激する。

「やっとお会いできましたわ! ずっと探しておりましたのよ」
 カイにしなだれかかるのは、赤毛の美女だ。人が減る頃合いを見計らっていたくせに、わざとらしい。

「カイさまったら、三ヶ月も夜会にいらっしゃらないんですもの。ミラは寂しゅうございました」
 ミラはカイの腕に自身の腕を絡め、その肩に頭を預ける。
 わざわざ上目遣いをしなくとも、カイとの身長差があればどんな女も上目遣いになるのに、ご苦労なことだ。

「それは申し訳ないことをしましたね」
 カイは豊かな胸を押し付けられても眉一筋動かさず、かといって振りほどきもせず、ミラの好きにさせている。
 
 イリスとクリスティーヌは目を合わせて失笑した。
 いつものことだ。

(十代の少年じゃあるまいし、脂肪の塊を押し付けられたからって、カイが鼻の下を伸ばすわけもないのに)
 他に取り柄がないとはいえ、頭が足りなくて哀れなことだ。

「おや、今宵は新しいお召し物ですか。よくお似合いですよ」
 気もないくせに、女を褒めるのだけは欠かさない。これもいつものことだ。
 お世辞も大概にしろと言いたくなる。

「まあ! お気付きくださって、嬉しゅうございますわ。先日出来上がったばかりですの。カイさまに見ていただきたかったので、今日お会いできて本当によかった!」
 ほれ見たことか。
 カイの社交辞令を真に受けて、ミラが頬を染める。

 黒地に、赤や白の大輪のダリアが咲く着物は美しい。
(着物はね)

 ミラがわざとらしくベタベタとカイに接触しようと、イリスは取り立てて嫉妬はしなかった。

 何度肌を重ねようと、カイと自分は恋人同士ではない。単なる大人の関係だ。
 カイは甘い言葉を交わす相手ではなく、知的な会話と熱い夜を楽しむ相手である。

 それにこの男とそういった関係にあるのは、自分だけではなかった。少なくとも、両手の指では足るまい。

 カイのプレイボーイぶりは、キヨウでは有名だった。
 特定の恋人も婚約者もいない独身貴族、なにも悪くはない。

 夜会とはそもそも、情報収集と人脈作りの場。カイは夜会が終っても、それを夜通し続けているだけだった。

 そんなカイだが、ある特定の女性たちだけには頑なに一線を引いている。
 カイが拒むのは、一度関係を持ってしまえば、責任だ、結婚だと騒ぎたてる相手である。そう、このミラのようにだ。

 もし一夜でも共にしようものなら懐妊したと騒ぎ立て、赤子を盾に結婚を迫るのは目に見えている。
 どれほど見え透いた嘘でも、男にそれを確かめる術はない。
  
 だからこそ、遊びは遊びと割り切った女性しかカイは相手にしなかった。遊びに本気を持ち出す無粋な女は、及びではないのだ。
 
 そんなことすらわからず、ミラは今夜もカイを落としにかかっていた。自分の美貌と肉体に落ちない男はいないと信じ切っている。
 イリスはそんな令嬢を冷めた目で眺めていた。

「あらあ、イリスさま。いらしたの? 相も変わらず貧そ……細いお体で、全然気が付きませんでしたわぁ」
「ご機嫌よう」

 無駄な煽りもイリスは涼しい顔でやり過ごす。ミラはイリスをライバル視しているが、お門違いもいいところだ。
 カイがなびかないのをイリスのせいにするのはやめてもらいたい。
 かと言って、ミラに好き放題言わせるのも癪に触った。

「わたくしには、自己主張の必要性はございませんから。無用の長物はいりませんの」
 自慢の体で未だカイを落とせないことを強烈に当てこすれば、ミラの綺麗に整えられた眉がピクリと跳ね上がる。

「まあ! 幼児なような体型だと、精神も引きずられるのかしら。強がりはみっともなくってよ?」
「お可哀想に。幼児体型の意味もご存知ないのね。栄養を脳にも行き渡らせたほうがよくってよ」
 バチバチと火花が散るのも、いつものことだった。

 女性二人の応酬に、気の優しいフォルシシアはおびえ、ガルデニアは面白がり、シュヴァルは傍観に徹し、当のカイは我関せずを貫く。
 カイは、女たちが自分を取り合おうと興味すら抱かなかった。

(本当に、冷たい男)

 イリスは心の底で、カイを罵る。
 しかし同時に、イリスはカイのことを誰よりも理解しているつもりだった。





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 4ー40『セール伯爵家の呪い』 は、12/24(水)21時頃に投稿を予定しています。
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