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第四話 王都次代編
4ー38 側近筆頭の華麗なる夜会
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煌々と夜を照らす灯りに、着飾った紳士淑女の姿が浮かび上がる。そこかしこで談笑の花が咲き、淑やかな笑い声が泡とはじける。
今宵、とある貴族の王都別邸にて豪華絢爛たる夜会が催されていた。伯爵家子息の婚約披露パーティーである。
立食形式のパーティーに集まるのは、名のある宮廷関係者や有力貴族だった。
伯爵一家に祝いを述べ終えた出席者たちは、各々談笑を楽しむ傍ら、今夜のもう一人の主役、カイ・トロワ・ニュアージュに代わる代わる挨拶に訪れる。
千年の独立を保った魔法使いギルドを傘下に収めた第二王子の偉業を、皆が美辞麗句で褒め称えた。
側近筆頭はいつもの笑顔を片時も崩さず、それら全てに完璧に対応する。
一通りの社交辞令が終われば、数名の男女が残った。常日頃から親好が深い、将来を有望視される若者たちである。
「お疲れ様、ニュアージュ卿」
才女と名高いラック侯爵令嬢イリスが、カイを労う。
貴族とのやり取りも仕事のうちとはいえ、王族の側近と少しでも縁を結びたいという下心が見え透いていては、辟易だろう。
「今回ばかりは仕方ないよ。殿下はあのギルドを懐柔したんだ」
「ロワメール殿下の歴史的快挙に乾杯」
頭のキレと目付きの鋭さを父親である宰相から譲り受けたが、気の優しいフォルシシア子爵令息と、騎士家の生まれながらその才覚を買われるガルデニア卿が、グラスを掲げる。
「それにしても、よくあのギルドに膝を折らせたね」
「さすがニュアージュ。どんな手練手管を使ったんだい?」
フォルシシアとガルデニアが、世辞なしに感心した。
これまで宮廷がどんな手を使っても屈服しなかったギルドが、ロワメールに従うと言ったのだ。両陣営は今や協力関係にある。
ロワメールの評価は、嫌が上にも高まった。
「私ではないよ。あれは殿下の功績だ」
それは謙遜ではなく、ともすれば主の自慢である。
穏やかな微笑みに、愛情が見え隠した。この男にこんな顔をさせられるのは、ロワメールだけである。
「なるほどねぇ。さすがニュアージュの王子だ」
由緒ある家名を引き継ぐシュヴァル伯爵令息が、完敗とばかりに肩を竦める。
カイの能力を高く買っているジュヴァルは、いくら王子とは言え、カイほどの男が誰かに忠誠を誓うのが面白くなかったのだ。
だが今回のことで、ロワメールの非凡さが証明された。
第二王子は、カイが忠誠を捧げるに値する。
「ニュアージュ卿は、これからがたいへんよ」
「遊んでいる場合ではなくってよ」
イリスには同情され、人脈の広いボニト男爵令嬢クリスティーヌからは注意されてしまう。
「なに、予定通りだよ」
「言うねぇ」
カイが嘯けば、ガルデニアをはじめ皆が笑う。気心がしれた仲だ。遠慮はない。
「ギルドを法の管理下には置いた、ロワメール殿下の功績は計り知れない。だが、ニュアージュはそんなことで満足しないだろう? クリスティーヌ嬢の言う通り、これからが本番のはずだ。違うか?」
「さて」
探りを入れるシュヴァルの言葉に、全員がカイに注目するが、当の本人はあっさりしらばっくれる。
「なんだよ、オレたちにまで隠すのか。つれないねぇ」
ふふ、と笑ってカイは酒に逃げるが、ガルデニアが茶化して終わる。誰もそれ以上は追求しなかった。こんな場所でおおっぴらに話す内容でもない。
「反第二王子派も警戒しなければならないし、そんな簡単ではないさ」
「よく言う。プラト侯爵が後継者にと育てていた甥を、思いっきりよく引き抜いたくせに」
「表面上は普段通りだけど、内心ではずいぶん落ち込んでおられるようだよ」
シュヴァルもフォルシシアも当然のように言うが、ウルソン伯爵がロワメール陣営に加わることはまだ公表していない。どこから情報を手に入れているのか、怖い友人たちだ。
「貴女なら、次はどんな一手を打ちますか、イリス嬢?」
イリスの双眸が、黒曜石の煌めきを帯びてカイを見上げる。
「あら、次の手どころか先の先まで、とっくに算段をつけてらっしゃるくせに」
イリスは、『キヨウの真珠』と呼ばれる美女だった。黒く艷やか髪は夜の海を連想させ、きめ細かな肌は海の泡のように白く、輝くような聡明さはまさに玉の如く。
その名高い英知に頼ろうと、多くの者が彼女のもとを訪れる。
そんな彼女が一目置く、それがカイだった。
カイ・トロワ・ニュアージュ、誰もが認める有能な男。
ヒショー王太子の侍従見習いから、ロワメール第二王子の側近筆頭へ、そして今ではロワメールの懐刀と目されている。
そして第二王子陣営は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
それもカイの青図あってこそ、とイリスは思っている。
そしてイリスにとって、カイに意見を求められることは自尊心をくすぐられた。
「そうですわね、わたくしなら……」
イリスの見解を聞きながら、カイは満足そうに口の端を上げる。
イリスにとり、カイとの会話は楽しいものだった。政治の話であろうと経済の話であろうと、打てば響くような返事が返ってくる。女だからと侮りも鼻白みもせず、カイは対等に接してくれる。
カイほど、イリスの心を満たしてくれる男はいなかった。
「そういえば新緑宮に滞在している北辰伯は、どんな方なんだい?」
「ロワメール殿下の命を救った魔法使いなんでしょう? マルスの双子が手も足も出なかったとか」
ふと思い出したようにシュヴァルが聞けば、クリスティーヌがすかさず便乗する。顔の広いボニト男爵令嬢と言えど、さすが王子宮に籠もられては、手も足も出ないようだった。
守護者にして国王の相談役。けれど、新緑宮からほとんど出ないセツの姿を見た者は、ほとんどいない。
多くの者の好奇心を刺激しているようだ。
「北辰伯は陛下と同じくらい、ロワメール殿下を溺愛されているよ」
「それはまた」
国王の溺愛ぶりは、少なくとも宮廷関係者には周知の事実である。
絶句はしたものの、友人たちは当たり障りなく苦笑で濁す。
カイと交流のある彼らもまた、腹芸に長けた、食えない人物たちだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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4ー39 火花も夜会の華なれば は、12/17(水)21時頃に投稿を予定しています。
今宵、とある貴族の王都別邸にて豪華絢爛たる夜会が催されていた。伯爵家子息の婚約披露パーティーである。
立食形式のパーティーに集まるのは、名のある宮廷関係者や有力貴族だった。
伯爵一家に祝いを述べ終えた出席者たちは、各々談笑を楽しむ傍ら、今夜のもう一人の主役、カイ・トロワ・ニュアージュに代わる代わる挨拶に訪れる。
千年の独立を保った魔法使いギルドを傘下に収めた第二王子の偉業を、皆が美辞麗句で褒め称えた。
側近筆頭はいつもの笑顔を片時も崩さず、それら全てに完璧に対応する。
一通りの社交辞令が終われば、数名の男女が残った。常日頃から親好が深い、将来を有望視される若者たちである。
「お疲れ様、ニュアージュ卿」
才女と名高いラック侯爵令嬢イリスが、カイを労う。
貴族とのやり取りも仕事のうちとはいえ、王族の側近と少しでも縁を結びたいという下心が見え透いていては、辟易だろう。
「今回ばかりは仕方ないよ。殿下はあのギルドを懐柔したんだ」
「ロワメール殿下の歴史的快挙に乾杯」
頭のキレと目付きの鋭さを父親である宰相から譲り受けたが、気の優しいフォルシシア子爵令息と、騎士家の生まれながらその才覚を買われるガルデニア卿が、グラスを掲げる。
「それにしても、よくあのギルドに膝を折らせたね」
「さすがニュアージュ。どんな手練手管を使ったんだい?」
フォルシシアとガルデニアが、世辞なしに感心した。
これまで宮廷がどんな手を使っても屈服しなかったギルドが、ロワメールに従うと言ったのだ。両陣営は今や協力関係にある。
ロワメールの評価は、嫌が上にも高まった。
「私ではないよ。あれは殿下の功績だ」
それは謙遜ではなく、ともすれば主の自慢である。
穏やかな微笑みに、愛情が見え隠した。この男にこんな顔をさせられるのは、ロワメールだけである。
「なるほどねぇ。さすがニュアージュの王子だ」
由緒ある家名を引き継ぐシュヴァル伯爵令息が、完敗とばかりに肩を竦める。
カイの能力を高く買っているジュヴァルは、いくら王子とは言え、カイほどの男が誰かに忠誠を誓うのが面白くなかったのだ。
だが今回のことで、ロワメールの非凡さが証明された。
第二王子は、カイが忠誠を捧げるに値する。
「ニュアージュ卿は、これからがたいへんよ」
「遊んでいる場合ではなくってよ」
イリスには同情され、人脈の広いボニト男爵令嬢クリスティーヌからは注意されてしまう。
「なに、予定通りだよ」
「言うねぇ」
カイが嘯けば、ガルデニアをはじめ皆が笑う。気心がしれた仲だ。遠慮はない。
「ギルドを法の管理下には置いた、ロワメール殿下の功績は計り知れない。だが、ニュアージュはそんなことで満足しないだろう? クリスティーヌ嬢の言う通り、これからが本番のはずだ。違うか?」
「さて」
探りを入れるシュヴァルの言葉に、全員がカイに注目するが、当の本人はあっさりしらばっくれる。
「なんだよ、オレたちにまで隠すのか。つれないねぇ」
ふふ、と笑ってカイは酒に逃げるが、ガルデニアが茶化して終わる。誰もそれ以上は追求しなかった。こんな場所でおおっぴらに話す内容でもない。
「反第二王子派も警戒しなければならないし、そんな簡単ではないさ」
「よく言う。プラト侯爵が後継者にと育てていた甥を、思いっきりよく引き抜いたくせに」
「表面上は普段通りだけど、内心ではずいぶん落ち込んでおられるようだよ」
シュヴァルもフォルシシアも当然のように言うが、ウルソン伯爵がロワメール陣営に加わることはまだ公表していない。どこから情報を手に入れているのか、怖い友人たちだ。
「貴女なら、次はどんな一手を打ちますか、イリス嬢?」
イリスの双眸が、黒曜石の煌めきを帯びてカイを見上げる。
「あら、次の手どころか先の先まで、とっくに算段をつけてらっしゃるくせに」
イリスは、『キヨウの真珠』と呼ばれる美女だった。黒く艷やか髪は夜の海を連想させ、きめ細かな肌は海の泡のように白く、輝くような聡明さはまさに玉の如く。
その名高い英知に頼ろうと、多くの者が彼女のもとを訪れる。
そんな彼女が一目置く、それがカイだった。
カイ・トロワ・ニュアージュ、誰もが認める有能な男。
ヒショー王太子の侍従見習いから、ロワメール第二王子の側近筆頭へ、そして今ではロワメールの懐刀と目されている。
そして第二王子陣営は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
それもカイの青図あってこそ、とイリスは思っている。
そしてイリスにとって、カイに意見を求められることは自尊心をくすぐられた。
「そうですわね、わたくしなら……」
イリスの見解を聞きながら、カイは満足そうに口の端を上げる。
イリスにとり、カイとの会話は楽しいものだった。政治の話であろうと経済の話であろうと、打てば響くような返事が返ってくる。女だからと侮りも鼻白みもせず、カイは対等に接してくれる。
カイほど、イリスの心を満たしてくれる男はいなかった。
「そういえば新緑宮に滞在している北辰伯は、どんな方なんだい?」
「ロワメール殿下の命を救った魔法使いなんでしょう? マルスの双子が手も足も出なかったとか」
ふと思い出したようにシュヴァルが聞けば、クリスティーヌがすかさず便乗する。顔の広いボニト男爵令嬢と言えど、さすが王子宮に籠もられては、手も足も出ないようだった。
守護者にして国王の相談役。けれど、新緑宮からほとんど出ないセツの姿を見た者は、ほとんどいない。
多くの者の好奇心を刺激しているようだ。
「北辰伯は陛下と同じくらい、ロワメール殿下を溺愛されているよ」
「それはまた」
国王の溺愛ぶりは、少なくとも宮廷関係者には周知の事実である。
絶句はしたものの、友人たちは当たり障りなく苦笑で濁す。
カイと交流のある彼らもまた、腹芸に長けた、食えない人物たちだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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