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第四話 王都次代編
4ー37 キヨウ王立美術館
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芸術の偉大なる庇護者と呼ばれたカエン国王は、絵画をこよなく愛したという。王宮敷地内に自身専用の美術品展示室を建て、愛蔵品を眺めては日々の疲れを癒やしたそうだ。
その後も代々の国王がコレクションを増やし、芸術の振興を願って貴族街に建物を移築、一般に開放されるようになった。
それが、キヨウ王立美術館である。
丸い顔に七三分けの黒髪、丸いメガネの奥には丸い目の小柄な紳士がロワメールたちを出迎えた。ミロ・サンク・ブロー館長である。
「ロワメール殿下、お久しぶりでございますね」
「ミロ先生。おかわりなく、なによりです」
「かわりはありますぞ。ほれ、よく見てくだされ」
そう言って、これ見よがしに口元の髭を触ってみせる。
「ヒゲ!」
「ほっほっほ。どうですかな? 似合っておりますでしょう」
「紳士感が増してますね」
ニコニコと、ロワメールも嬉しそうだ。
「先生?」
親しげなロワメールと館長に、セツが首を傾げる。
「話してなかったっけ? ミロ先生は、ぼくの美術史の先生なんだ」
「殿下はもう、私の教え子ではございませんよ。館長とお呼びください」
「でも、授業は受けてなくても、会えば色々教えてくれるでしょ? なら、やっぱり先生だよ」
「ほっほっほ。これは一本取られましたな」
王子教育は多岐にわたるが、美術史もそのひとつである。
ロワメールは成績こそ優秀だったが、芸術には関心がない。美術史の教師としては可愛くない生徒のはずだが、ミロは他の教師同様ロワメールを可愛がってくれた。
――先生、ごめんね。どの絵も上手いなとか、綺麗だなとかは思うんだけど、それ以上はよくわからなくて。
――ほっほっほ。素直で結構。それでよいのです。絵の価値ではなく、純粋に好き嫌いで判断される。作品に対して真摯である、ということです。
ロワメールはミロが好きだった。国王が用意してくれた教師陣は誰も国内最高峰の頭脳であるだけでなく、尊敬できる人たちだ。
――芸術は、心で感じるもの。恋愛に似ています。いつかビビっとくる作品にも出会えましょう。
ほっほっほ、と鷹揚に笑い、ロマンチストでチャーミングなミロの授業はいつも楽しかった。
「して、本日はレントをご覧になりたいとか」
ミロに案内される館内は静かだ。第二王子の来館で、貸切にされている。
一行はロワメールとセツの他は、侍従長オーレリアン、侍従見習いリアム、専属護衛ヒューイ、後は近衛騎士が護衛として同行していた。今回カイとミエルはお留守番である。
「ぼくの名付け親が、レントに縁のある人なんです。それで、王立美術館に展示されていたのを思い出して」
「なるほどなるほど。当館所蔵の作品は、レントの代表作である『ノアーウド隊長とヴィオレ副隊長の見回り』、『自画像』、『青い着物の女』、『春の嵐』、『酒場の魔法使い』、その他数点のスケッチ画などもございます」
一行は他の作品も見ながら、レントの作品を鑑賞した。
「本当に、有名になったんだなぁ」
立派な額縁に納められ、高名な他の画家と作品を並べられているレントの絵に、セツは感慨深く呟く。
セツの知るレントはまだ名が売れる前で、絶対に有名になってやる、とよく息巻いていた。
「ずいぶんおじさんになってる。ヒゲまで生やして」
自画像の前では、おかしそうに笑う。
「そうか。こんな風になったんだな」
師匠亡き後、氷室での長期睡眠に入ったセツは、以降レントと会うことはなかった。
(例えこういう形であれ、親しい人の行く末を知れてよかった)
ロワメールは、セツの横顔をそっと窺う。
セツは、親しくなった多くの人のその後を案じながら、知ることはできない。
元気で過ごしているか。
幸せになったか。
(そんな当たり前のことすら、知ることができない)
マスターというのは、どこまで可哀想なのだろう。
(セツに、幸せになってもらいたい)
誰もが享受している幸福を、セツにも味あわせてあげたい。
(ううん、違う。ぼくが、幸せにするんだ)
ロワメールは静かに、決意を新たにした。
その絵を前にした時、セツが息を呑むのがわかった。
『酒場の魔法使い』
そのタイトルを聞いた時、もしかしたら、とロワメールは思った。
セツは、食い入るように絵を見つめる。
「オジ……」
絵の中の魔法使いは酒場の薄明かりの中、無精髭を生やし、伸びた髪を適当に結い、杯を片手に頬杖をついている。
暖色の光の中に描かれたオジは、とても優しい顔をしていた。
「……ねえ、セツ。ひょっとして、その男の子ってセツ?」
「ん?」
ロワメールが、絵の一箇所を指差す。
ロワメールの指先を追い、セツは、くぐもった声を漏らした。
「いっ……!?」
男の眼差しの先、テーブルに突っ伏して眠っている幼子がいる。
みるみるセツが真っ赤になった。
夜の酒場で暗い照明の中、白い髪は柔らかく温かい色味で描かれているが。
「子どもの頃のセツ!」
ロワメールが、セツとは対照的に顔を輝かせた。
「可愛いー!」
「~~~」
言葉にならない声を発して、セツが顔を隠してその場に蹲る。
「オジさん、セツのこと、すごく大事に思ってたんだね」
慈愛に満ちた眼差しを眠る幼子に注ぐ魔法使いは、とても優しそうだ。
「……ってる」
ボソボソと答える声は、はっきりとは聞き取れなかった。
けど、こんなものを面と向かって見せられたら。
「ふふ、セツ、耳まで真っ赤だ」
「うるさい」
側近たちも背後に控えて、その絵を眺めている。
「レントの作品の中ではあまり脚光を浴びていませんが、私はこの絵が一番好きです。とても良く、父性愛を表している」
口髭を撫でながら、ミロがゆっくりと語った。
「芸術は、時を越えて見る者の心を動かす。素晴らしいでしょう?」
「ええ。本当に」
この絵の発表年は、オジ死去の翌年。
友人へのたむけとして描かれた、と思うのは感傷がすぎるだろうか。
ロワメールは、レントがこの絵を描いてくれたことを、心から感謝した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー38 側近筆頭の華麗なる夜会 は、12/10(水)21時頃に投稿を予定しています。
その後も代々の国王がコレクションを増やし、芸術の振興を願って貴族街に建物を移築、一般に開放されるようになった。
それが、キヨウ王立美術館である。
丸い顔に七三分けの黒髪、丸いメガネの奥には丸い目の小柄な紳士がロワメールたちを出迎えた。ミロ・サンク・ブロー館長である。
「ロワメール殿下、お久しぶりでございますね」
「ミロ先生。おかわりなく、なによりです」
「かわりはありますぞ。ほれ、よく見てくだされ」
そう言って、これ見よがしに口元の髭を触ってみせる。
「ヒゲ!」
「ほっほっほ。どうですかな? 似合っておりますでしょう」
「紳士感が増してますね」
ニコニコと、ロワメールも嬉しそうだ。
「先生?」
親しげなロワメールと館長に、セツが首を傾げる。
「話してなかったっけ? ミロ先生は、ぼくの美術史の先生なんだ」
「殿下はもう、私の教え子ではございませんよ。館長とお呼びください」
「でも、授業は受けてなくても、会えば色々教えてくれるでしょ? なら、やっぱり先生だよ」
「ほっほっほ。これは一本取られましたな」
王子教育は多岐にわたるが、美術史もそのひとつである。
ロワメールは成績こそ優秀だったが、芸術には関心がない。美術史の教師としては可愛くない生徒のはずだが、ミロは他の教師同様ロワメールを可愛がってくれた。
――先生、ごめんね。どの絵も上手いなとか、綺麗だなとかは思うんだけど、それ以上はよくわからなくて。
――ほっほっほ。素直で結構。それでよいのです。絵の価値ではなく、純粋に好き嫌いで判断される。作品に対して真摯である、ということです。
ロワメールはミロが好きだった。国王が用意してくれた教師陣は誰も国内最高峰の頭脳であるだけでなく、尊敬できる人たちだ。
――芸術は、心で感じるもの。恋愛に似ています。いつかビビっとくる作品にも出会えましょう。
ほっほっほ、と鷹揚に笑い、ロマンチストでチャーミングなミロの授業はいつも楽しかった。
「して、本日はレントをご覧になりたいとか」
ミロに案内される館内は静かだ。第二王子の来館で、貸切にされている。
一行はロワメールとセツの他は、侍従長オーレリアン、侍従見習いリアム、専属護衛ヒューイ、後は近衛騎士が護衛として同行していた。今回カイとミエルはお留守番である。
「ぼくの名付け親が、レントに縁のある人なんです。それで、王立美術館に展示されていたのを思い出して」
「なるほどなるほど。当館所蔵の作品は、レントの代表作である『ノアーウド隊長とヴィオレ副隊長の見回り』、『自画像』、『青い着物の女』、『春の嵐』、『酒場の魔法使い』、その他数点のスケッチ画などもございます」
一行は他の作品も見ながら、レントの作品を鑑賞した。
「本当に、有名になったんだなぁ」
立派な額縁に納められ、高名な他の画家と作品を並べられているレントの絵に、セツは感慨深く呟く。
セツの知るレントはまだ名が売れる前で、絶対に有名になってやる、とよく息巻いていた。
「ずいぶんおじさんになってる。ヒゲまで生やして」
自画像の前では、おかしそうに笑う。
「そうか。こんな風になったんだな」
師匠亡き後、氷室での長期睡眠に入ったセツは、以降レントと会うことはなかった。
(例えこういう形であれ、親しい人の行く末を知れてよかった)
ロワメールは、セツの横顔をそっと窺う。
セツは、親しくなった多くの人のその後を案じながら、知ることはできない。
元気で過ごしているか。
幸せになったか。
(そんな当たり前のことすら、知ることができない)
マスターというのは、どこまで可哀想なのだろう。
(セツに、幸せになってもらいたい)
誰もが享受している幸福を、セツにも味あわせてあげたい。
(ううん、違う。ぼくが、幸せにするんだ)
ロワメールは静かに、決意を新たにした。
その絵を前にした時、セツが息を呑むのがわかった。
『酒場の魔法使い』
そのタイトルを聞いた時、もしかしたら、とロワメールは思った。
セツは、食い入るように絵を見つめる。
「オジ……」
絵の中の魔法使いは酒場の薄明かりの中、無精髭を生やし、伸びた髪を適当に結い、杯を片手に頬杖をついている。
暖色の光の中に描かれたオジは、とても優しい顔をしていた。
「……ねえ、セツ。ひょっとして、その男の子ってセツ?」
「ん?」
ロワメールが、絵の一箇所を指差す。
ロワメールの指先を追い、セツは、くぐもった声を漏らした。
「いっ……!?」
男の眼差しの先、テーブルに突っ伏して眠っている幼子がいる。
みるみるセツが真っ赤になった。
夜の酒場で暗い照明の中、白い髪は柔らかく温かい色味で描かれているが。
「子どもの頃のセツ!」
ロワメールが、セツとは対照的に顔を輝かせた。
「可愛いー!」
「~~~」
言葉にならない声を発して、セツが顔を隠してその場に蹲る。
「オジさん、セツのこと、すごく大事に思ってたんだね」
慈愛に満ちた眼差しを眠る幼子に注ぐ魔法使いは、とても優しそうだ。
「……ってる」
ボソボソと答える声は、はっきりとは聞き取れなかった。
けど、こんなものを面と向かって見せられたら。
「ふふ、セツ、耳まで真っ赤だ」
「うるさい」
側近たちも背後に控えて、その絵を眺めている。
「レントの作品の中ではあまり脚光を浴びていませんが、私はこの絵が一番好きです。とても良く、父性愛を表している」
口髭を撫でながら、ミロがゆっくりと語った。
「芸術は、時を越えて見る者の心を動かす。素晴らしいでしょう?」
「ええ。本当に」
この絵の発表年は、オジ死去の翌年。
友人へのたむけとして描かれた、と思うのは感傷がすぎるだろうか。
ロワメールは、レントがこの絵を描いてくれたことを、心から感謝した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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