やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー36 リアム、陥落

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「はあああぁぁぁぁぁ~~~」 
 新緑宮の自室のベッドに腰掛け、侍従見習いのリアムが大きな溜め息を吐く。
 夏の名残りで日没はまだ遅く、赤い夕日が部屋を照らしていた。

(またやってしまった……)
 自分のミスを思い返し、どんよりと落ち込む。
 些細な記入ミス。カイのチェックで見つかり、大ごとにはなっていないが、ミスはミス。

(なんでわたしは、カイさんやレリさんみたいにできないんだろう……)
 情けなくて、泣きたくなる。
 あの人たちのようになりたいのに。

「はああ……」
 項垂れ、じくじくと痛む心を持て余す。

 自分はまだ見習いだから。
 自分はまだ十四才だから。
 そんなことを言い訳にしたくなかった。

 あの人たちみたいになりたい。
 ならなきゃいけない。

 そう思って。頑張っているのに。
 どうしてミスをするのか。

(王子にお仕えする者は、完璧でなければならないのに)

 思考も感情も袋小路に迷い込み、顔が上げられない。
 うじうじと考え込んでは、ひたすら落ち込む。だから、最初、その小さな声は空耳かと思った。

 キョロキョロと見回すと、ベッドの下から再び鳴き声がする。
「にゃあ」

「ミエル!? なんで!?」
 足元でロワメールの飼いネコ、ミエルがリアムを見上げていた。
 見ると、自室の扉が少し開いている。きちんと閉めていなかったようだ。

「ちょ、ちょっと、ミエル、なにしてるの?」
 んしょ、んしょ、とミエルは小さい体でベッドをよじ登ると、リアムが逃げる間もなく登り切ってしまった。

「な、なんだよ。わたしの失敗を笑いに来た……へ?」
 警戒するリアムをよそに、ミエルはごろーんとお腹を見せて寝転がる。
 リアムは思わず、間抜けな声を漏らしてしまった。
 
「え? なに? お腹、見せてくれるの?」
 ネコがお腹を見せるのは、信用している証。
 そうオーレリアンに聞いていたリアムは、思わず口角が緩む。

「もしかして、撫でろって言ってる?」
 ヘソ天で、緑の目をきゅるきゅるさせてこちらを見上げるその姿は、リアムも見たことがあった。ロワメールに撫でてもらいたい時にするポーズだ。 

 大きな耳に緑の目、真っ白でふわふわな毛に包まれたお腹……。
 ごくり、と唾を飲み込む。

 もふもふの魅惑のボディに、まるで誘うように見つめる大きな瞳。この魅力に抗える人間なんていない。
 例え、ネコ嫌いであってもだ。

(可愛い……) 
 
 リアムだって本当は、ミエルを撫でてみたかった。ずっとずっと、抱っこしたいと思っていたのだ。

 恐る恐る、そっと手を伸ばす。
 ふわり、と細い毛が指先に触れる。

(ふひゃああああああぁぁぁぁ……!)

 指先に触れた体毛は、この世のもとは思えないほど柔らかかった。そーっと、恐る恐る撫でれば、温かくてすべすべで、なんとも言えない最高の撫で心地だ。最高級のビロードだって、この触り心地には敵わない。
 
 ミエルは気持ちいいのか、目をつむり、ごろごろと喉を鳴らす。

(ん~~~、気持ちいいいいぃぃぃ)
 しかし、リアムがその撫で心地に夢中になれば、ミエルは見透かしたようにするりとその手から逃れた。

「なんだよ、もういいの……って、え? ええっ!?」
 ガッカリすると今度は、ミエルはリアムの膝に飛び乗ってきたのだ。

「な、なんで???」
 ミエルは当然の顔でリアムの膝を占領し、寛いでいる。

「な、なんだよ、もお。ロワメール殿下がいないから、寂しいの?」
 ロワメールは、カイと陽天宮だ。どこかの貴族との会食は、めずらしくもない。

「しょうがないなぁ」
 文句を言いながらもデレデレと目尻を下げ、リアムはミエルの背中を撫でてやる。

 ミエルもシッポを揺らし、気持ちよさそうに目を閉じていたが、ふとその目を開いてジッと扉を見つめる。
 すると、コンコン、とノックが鳴った。

「リアム、少しいいかな?」
 オーレリアンの控えめな声が聞こえる。

「あ、はい!」
 咄嗟に答えたものの、ミエルがどっしり膝に乗って立ち上がれない。 
「え、えーと、立てなくて、ど、どうぞ!」
 
 オーレリアンは扉を開けると、膝にミエルを乗せているリアムに一瞬目を丸めた。
 あれほどネコを怖がっていたので、当然である。

「ミエルが、無理矢理乗ってきて、あの……っ」
 リアムが恥ずかしさを誤魔化すも、オーレリアンはいつものように微笑むと、そっとミエルの頭を撫でた。

「気持ちよさそうですね。寝心地がいいみたいだ」
「ロワメール殿下がいなくて、寂しいみたいで」
「そうですね」
 言わなくてもいいリアムの言い訳を、オーレリアンは笑顔で聞いてくれる。
 オーレリアンの優しい笑顔は、いつだって安心した。

「レリさん、あの?」
 侍従長がなんの用だろうかと、リアムはオーレリアンを見上げる。

「夕飯前だけど、リアムに味見をお願いしたくてね。明日のお茶請けに出そうと思って」
 オーレリアンはすっと流れるような動きで、リアムの前に皿を差し出した。その動作はひとつひとつが洗練されていて、指先まで美しい。

 小皿の上には、小さなクッキーらしきものが二つ乗っていた。
 
「召し上がれ」
 思わずその所作に見惚れていると、笑顔で促される。

 クッキーのようだが、いつもの物とは違う。いつものクッキーは、色んな形があるが総じて薄い。しかし、このクッキーは小さくてコロンと丸い。半円球だ。

「いただきます」
 パクリ、と口にいれる。
 普段のクッキーはサクサクとした歯応えで、甘くバターの風味が豊かだが、このクッキーは口の中でホロホロとほどけ、香ばしさがある。

「美味しい!」 
「そう? よかった。スノーボールクッキーって言うんだそうです」
 リアムの笑顔に、オーレリアンも笑顔を返す。

(おれの出番はなかったかな)

 オーレリアンは手を伸ばし、リアムの膝の上のミエルの頭を撫でた。
(リアムを慰めてくれて、ありがとう)

 するとその思いが伝わったのか、ミエルはパタンとシッポを振った。
 





 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖

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 4ー37 キヨウ王立美術館 は、12/3(水)21時頃に投稿を予定しています。
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