やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー42 可憐なるキイの花

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 ジゼル・キャトル・ブレットゥは、一輪の可憐な花といった風情だった。

 美人というよりは、可愛いと表現したほうがしっくりくる。まだ若い娘だった。
 大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、毛先まで輝く金茶の髪に、桜貝のような爪は先まで整えられている。この場においては、誰よりも目を引く麗しい令嬢だった。

(さしずめ、キイの花と言ったところか)
 カイはさしたる感慨も抱かずに、そう評価を下す。

「ブレットゥ伯爵令嬢は、この件に詳しいので?」
「はい。実は最近入ったメイドが、以前セール伯爵家に雇われておりまして……」
 そしてジゼルは、セール伯爵家に起こっている怪異を語ったのである。

 セール伯爵ルネの葬儀から始まった、奇怪な事件の数々。地震を皮切りに、突如屋敷のガラスが幾枚も割れ、火の気のない部屋でカーテンが燃え上がり、井戸から溢れ出した水が辺り一帯を水浸しにし、病気でもないのに庭の木々が枯れ始め……。

(なるほど)
 どれも夜会でミラ嬢から聞いた噂と一致、いや、より詳細である。

「……それに割れた窓ガラスで、後妻のエヴァ様がおケガをなされたようです」
「ケガ? 夫人の容態は?」
 ケガ人まで出ているとは、カイのみならず皆がざわめく。

「幸い軽傷で済んだそうです。……ただ」
 そこで言葉を切ったジゼルは、俯き、続きを言い淀んだ。
 誰も料理に手を付けず、固唾を呑んでジゼルを見つめる。

 窓からの風にカーテンが揺れ、沈殿する空気が不安とともに撹拌された。

「ただ、なんだね?」
 アルブル侯爵が痺れを切らす。

「ケガをしたのは、エヴァ様だけなんです」
「それは、まあ、不幸中の幸いというか……」
 幼い娘がケガをしなくてよかったと、侯爵はそんな意味を込めたのだが、ジゼルはそうではないと力なく首を降る。

「まるでエヴァ様だけが、狙われたみたいで……」
 両手を握りしめ、細い肩を震わせる。ジゼルはおびえているようだった。

 何故、エヴァだけが怪我をしたのか。その場には幼い娘のルーも使用人もいたのに。
 その場の空気がかわる。
 
「確かに……」
「それだけの被害がありながら、怪我をしたのが夫人一人というのは……」
 ジゼルの一言に、その場が騒然となった。ある者は隣の者と囁きあい、ある者は眉をひそめる。

「非常に詳しい情報ですね。ブレットゥ伯爵令嬢は、その話をメイドから聞いたと」
「ええ」
「貴女は、そのメイドと面識があったのですか?」
 カイとしては、ごく当然の質問をしたつもりだった。

「あ、ありませんわ! 何故そんなことを仰るのです!?」
 しかし責められたとでも感じたのか、ジゼルは過敏な反応をする。

「そんな驚くような、おかしな質問をしましたか?」 
 カイは質問の意図を説明した。

「セール伯爵家とブレットゥ伯爵家の距離を考えただけです。セール伯爵家を解雇されたメイドが、隣接する領都のキイ市ではなく、何故わざわざ遠く離れた西ホロ郡のブレットゥ伯爵家の門を叩いたのか疑問に思いまして」

 セール伯爵家はキイ領北部、領庁のあるキイ市に隣接するカナン市にある。対してブレットゥ伯爵家は領南の西ホロ郡を任されていて、間にはミクサ郡、ユタ郡、ヒタカ郡、テーべ市を挟んで、百キロメトル以上あった。
 普通に考えれば、なにかしらの縁を頼ってと思われる。

「実はそのメイドは、エヴァ様にセール伯爵家を追い出されたのです。病弱な『妹』のために身を粉にして働いていたのに、なんの落ち度もない彼女に突然解雇通告をして……!」
 カイの眼差しに込められた温度の変化を敏感に感じ取ったのか、焦ったようにジゼルは言い募った。

 いつもの笑みは鳴りを潜め、カイはジゼルを見つめる。
(私はブレットゥ伯爵令嬢とメイドの関係を聞いたのに、何故メイドの退職理由を訴える?)

 けれどその不自然な会話のすり替えよりも、セール伯爵夫人の非道な行いに、そこかしこで非難の声が上がった。

「ニュアージュ卿、ご覧になってわかる通り、ジゼル嬢は美しく心優しい女性です。その可哀想なメイドは行く当てもなく、ジゼル嬢の優しさを頼りに、ブレットゥ伯爵家に縋ったのでしょう」
 するとそこで一人の青年が立ち上がり、ジゼルを擁護する。

(さて、ブレットゥ伯爵令嬢が本当に心優しいかどうか)
 カイはそんな内心をお首にも出さす、発言者に目を向けた。

(シヤン伯爵家のアルチュール、だったか)
 キツネ色の髪は短く清潔感がある。大声量が耳にうるさいが、ハキハキと喋る様は若手貴族の中心的人物に見えた。

 どうやらジゼルによく思われたいようで、チラチラと意中の人の様子を覗っている。
 可憐な令嬢に好意を寄せるのはアルチュールだけではないらしく、何人もの男性がアルチュールの意見に大袈裟に頷いていた。
 彼らは奇しくも、『セール伯爵家の呪い』を知っている反応を見せた令息たちだった。

 ジゼルは控えめな笑みを浮かべて、目礼する。
 わかりやすく秋波を送っている青年たちは、その微笑みにメロメロだ。

「なるほど」
 カイは口元に薄っすら笑みを浮かべ、満足げに呟いた。 
 ここまでのやり取りで、このキイの人間関係が見えてきた。

「アルブル侯爵、セール伯爵家に使いを出していただけますか?」
「かまいませんが、なんと?」
「セール伯爵夫人と話します」





 晩餐会が終わり、カイはあてがわれた客室の扉を開いた。
 月明かりに沈む部屋に、暗い影が跪く。

 カイは一瞥だけすると、明かりを灯した。
 男は、カイがキイに引き連れてきた手勢の一人である。腰に剣を下げているが、騎士団の人間ではなく、ニュアージュ家が抱える騎士の一人だった。

 そして男は単なる護衛ではない。彼らはカイの手足たるべく、剣術以外にも多用な技術を修めていた。

「調べてほしい人間がいる」
 休む間もなく、とある人物の名を告げる。
 カイの見たところ、その人こそが『セール伯爵家の呪い』、その鍵を握るであろう人物だった。

 夜に紛れて、側近筆頭は密かに真実に手を伸ばす。
 カイの命令に、男は静かに屋敷をあとにした。






 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖


あけましておめでとうございます。
今年も皆様に楽しんでいただけるよう、ご満足いただけるよう、鋭意努力して参ります。
どうぞ本年も、『やさしい魔法使いの起こしかた』をよろしくお願いいたします。

 

 4ー43  秋染まる季節の中で は、1/7(水)21時頃に投稿を予定しています。



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