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第四話 王都次代編
4ー43 秋染まる季節の中で
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カイはキノカ市にあるセール伯爵家を訪れた。
キノカはキイ市の東にある、ありふれた小さな街である。キイ市へと流れるキノ川を挟んで市街地が広がり、周りにはミカンやハッサクの果樹園が広がる。
セール伯爵家は、街の中心からは少し離れたところに屋敷を構えていた。伯爵家の屋敷としては、標準的な大きさよりややこじまりとしている。その代わり庭は広い。
貴族として栄華を誇るでもなく、キノカを治める伯爵家として堅実で慎ましい暮らしぶりが窺えた。
ざっと庭を見渡せば、屋敷周囲の広葉樹は噂通りに枯れている。後一月もすれば赤や黄色に紅葉するはずだった木々は葉を落とし、無粋な木肌を剥き出していた。
立ち枯れた太い枝にはカラスが止まり、侵入者であるカイの姿を黒い眼球に映している。
「ニュアージュ様、お待ちしておりました」
音もなく玄関扉が開き、痩せて細面な執事がカイを出迎えた。
執事に案内される屋敷の中は、ひどく物静かだ。片足を引きずって歩く執事の足音がズッ、ズッ、と廊下に小さく響く。使用人が次々と辞めていったと噂では語られていたが、その通りなのだろう。人の気配がしない。
掃除は辛うじて行き届いているが、拭いきれないうら寂しさが屋敷を包んでいた。
カイは黙然と、足の悪い執事の背中を見つめる。
噂の真偽を確認し、もし事実なら詳しい聞き取り調査をしなければならなかった。
日が陰ってきたのか、屋敷の中が薄暗く沈む。
執事が応接室の扉を開ければ、この屋敷の女主人となったセール伯爵夫人エヴァが、第二王子の側近筆頭を待っていた……。
❖ ❖ ❖
アルブル侯爵家での晩餐会は、五晩続いた。慣例ではなく、季節外れの客人に当主である侯爵が大喜びしたことと、第二王子の側近筆頭への過分な歓待のためである。
侯爵の宴好きは今に始まったことではないので、キイ領の者はみんな心得ていた。
主賓のカイが屋敷を留守にする昼間は、侯爵邸に招かれた貴族たちは夫人主催の茶会や若手貴族の集い、男性陣は狩りに興じたりと各々好きに過ごしている。
「ジゼル」
どの集まりにも参加せず、屋敷の庭で物思いに耽けるブレットゥ伯爵令嬢を見つけ、アルチュール・キャトル・シヤンは遠慮がちに呼びかけた。
ジゼルのそばにはミロン子爵令嬢ニコルとカナー子爵令嬢クララだけが、心配そうに寄り添っていた。
庭のどこかに咲くキンモクセイの香りに、空気が色づく。秋の柔らかな木漏れ日に、結い上げた金の後れ毛が鈍く輝いていた。
アルチュールはしばし目的を忘れ、絵画のように憂いを帯びた横顔に見惚れる。
「ルネ様……」
一雫の涙が、ジゼルの頬を伝った。
踏み出しかけた足が、力なく下ろされ、アルチュールは立ち尽くす。
ジゼルははらはらと涙を流し、そのまま両手で顔を覆って泣き崩れた。
「ルネ様、どうして逝ってしまわれたの……」
アルチュールは黙って踵を返した。
そこにいる女性は、天真爛漫だった幼馴染の少女ではないのだと、その涙に思い知らされる。
幼い日から彼が愛し、恋焦がれた少女は、もういない。
ジゼルの生家ブレットゥ伯爵家が治める西ホロ郡と、アルチュールのシヤン伯爵家の東ホロ郡は隣接しており、両家には交流があった。
年が近かったこともあり、アルチュールとジゼルは幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
明るく、よく笑う少女に恋をするのに時間はかからなかった。
同じキイの伯爵家、将来は結婚できるのだと無邪気に信じていた。
でもそれも、ジゼルが十八歳になるまでだった。
六年前、社交界にデビューを果たしたジゼルは、そこで出会ってしまったのだ。
ルネ・キャトル・セール。
セール伯爵家の若き当主。その時二十五歳。陽だまりのような微笑が似合う、クリーム色の髪の美しい伯爵は、キイ領の女性の憧れの的だった。
ジゼルは、一目で心を奪われた。
それから、ジゼルは一途に伯爵を想い続けている。
伯爵が死んでも、なお。
(セール伯爵はもういない。もういないんだ、ジゼル)
アルチュールは声には出さずに、心の中で何度も叫んだ。
(あの人のことは忘れるんだ、ジゼル!)
ルネ・キャトル・セールが亡くなって、早四ヶ月。ジゼルの悲しみは、いまだ癒えなかった。
❖ ❖ ❖
カイ・トロワ・ニュアージュを迎えての晩餐会も五日目となる。
カイは連日、昼間はセール伯爵家を訪れたが、夜にはアルブル侯爵邸に戻っていた。
テーブルには毎夜、贅を凝らした料理が並べられている。中でも目の前の海で採れた新鮮な刺身は、普段は内陸のキヨウで過ごす側近筆頭を喜ばせた。
マグロは赤身、中トロ、大トロと食べ比べ、淡白で上品な味わいのタイに、きずしと呼ばれるしめサバの、まろやかでとろけるような食感を楽しむ。
どれも酒に合うようで、カイは機嫌よく杯を進めていた。
アルブル侯爵は重い口を開く。
「それで、ニュアージュ卿、セール伯爵夫人とは話は順調ですかな?」
「ええ」
同席している他の人々も気になるようで、雑談を止めて上座を注目した。
カイは『セール伯爵家の呪い』について調べていたはずだが、その返答から結果はわからない。言葉少なに返され、侯爵はそこから先の会話に悩む。
会場中から視線を浴びても、カイは顔色をかえずに口を噤んだままだった。ジゼルもジッとカイの返事を待っている。
けれどアルブル侯爵も、カイが口を閉ざすなら無理には聞き出せなかった。第二王子の命令で噂の調査に来ているのだ。興味本位で立ち入れるはずもない。
それでも侯爵にとっては、セール家はこのキイ領の貴族。身内も同然だった。
下世話な勘ぐりではなく、領主として、困っているならば助けてやりたい。
「あの、よろしいでしょうか……」
なんとか話を繋ごうと試みるも上手い話題が見つからず、手をこまねいていると、うら若い女性の声が割って入った。
発言者に、晩餐に集まった全員の視線が集まる。
声を上げたのはまたもや、ブレットゥ伯爵令嬢ジゼルだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー44 ジゼルの涙 は、1/14(水)21時頃に投稿を予定しています。
キノカはキイ市の東にある、ありふれた小さな街である。キイ市へと流れるキノ川を挟んで市街地が広がり、周りにはミカンやハッサクの果樹園が広がる。
セール伯爵家は、街の中心からは少し離れたところに屋敷を構えていた。伯爵家の屋敷としては、標準的な大きさよりややこじまりとしている。その代わり庭は広い。
貴族として栄華を誇るでもなく、キノカを治める伯爵家として堅実で慎ましい暮らしぶりが窺えた。
ざっと庭を見渡せば、屋敷周囲の広葉樹は噂通りに枯れている。後一月もすれば赤や黄色に紅葉するはずだった木々は葉を落とし、無粋な木肌を剥き出していた。
立ち枯れた太い枝にはカラスが止まり、侵入者であるカイの姿を黒い眼球に映している。
「ニュアージュ様、お待ちしておりました」
音もなく玄関扉が開き、痩せて細面な執事がカイを出迎えた。
執事に案内される屋敷の中は、ひどく物静かだ。片足を引きずって歩く執事の足音がズッ、ズッ、と廊下に小さく響く。使用人が次々と辞めていったと噂では語られていたが、その通りなのだろう。人の気配がしない。
掃除は辛うじて行き届いているが、拭いきれないうら寂しさが屋敷を包んでいた。
カイは黙然と、足の悪い執事の背中を見つめる。
噂の真偽を確認し、もし事実なら詳しい聞き取り調査をしなければならなかった。
日が陰ってきたのか、屋敷の中が薄暗く沈む。
執事が応接室の扉を開ければ、この屋敷の女主人となったセール伯爵夫人エヴァが、第二王子の側近筆頭を待っていた……。
❖ ❖ ❖
アルブル侯爵家での晩餐会は、五晩続いた。慣例ではなく、季節外れの客人に当主である侯爵が大喜びしたことと、第二王子の側近筆頭への過分な歓待のためである。
侯爵の宴好きは今に始まったことではないので、キイ領の者はみんな心得ていた。
主賓のカイが屋敷を留守にする昼間は、侯爵邸に招かれた貴族たちは夫人主催の茶会や若手貴族の集い、男性陣は狩りに興じたりと各々好きに過ごしている。
「ジゼル」
どの集まりにも参加せず、屋敷の庭で物思いに耽けるブレットゥ伯爵令嬢を見つけ、アルチュール・キャトル・シヤンは遠慮がちに呼びかけた。
ジゼルのそばにはミロン子爵令嬢ニコルとカナー子爵令嬢クララだけが、心配そうに寄り添っていた。
庭のどこかに咲くキンモクセイの香りに、空気が色づく。秋の柔らかな木漏れ日に、結い上げた金の後れ毛が鈍く輝いていた。
アルチュールはしばし目的を忘れ、絵画のように憂いを帯びた横顔に見惚れる。
「ルネ様……」
一雫の涙が、ジゼルの頬を伝った。
踏み出しかけた足が、力なく下ろされ、アルチュールは立ち尽くす。
ジゼルははらはらと涙を流し、そのまま両手で顔を覆って泣き崩れた。
「ルネ様、どうして逝ってしまわれたの……」
アルチュールは黙って踵を返した。
そこにいる女性は、天真爛漫だった幼馴染の少女ではないのだと、その涙に思い知らされる。
幼い日から彼が愛し、恋焦がれた少女は、もういない。
ジゼルの生家ブレットゥ伯爵家が治める西ホロ郡と、アルチュールのシヤン伯爵家の東ホロ郡は隣接しており、両家には交流があった。
年が近かったこともあり、アルチュールとジゼルは幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
明るく、よく笑う少女に恋をするのに時間はかからなかった。
同じキイの伯爵家、将来は結婚できるのだと無邪気に信じていた。
でもそれも、ジゼルが十八歳になるまでだった。
六年前、社交界にデビューを果たしたジゼルは、そこで出会ってしまったのだ。
ルネ・キャトル・セール。
セール伯爵家の若き当主。その時二十五歳。陽だまりのような微笑が似合う、クリーム色の髪の美しい伯爵は、キイ領の女性の憧れの的だった。
ジゼルは、一目で心を奪われた。
それから、ジゼルは一途に伯爵を想い続けている。
伯爵が死んでも、なお。
(セール伯爵はもういない。もういないんだ、ジゼル)
アルチュールは声には出さずに、心の中で何度も叫んだ。
(あの人のことは忘れるんだ、ジゼル!)
ルネ・キャトル・セールが亡くなって、早四ヶ月。ジゼルの悲しみは、いまだ癒えなかった。
❖ ❖ ❖
カイ・トロワ・ニュアージュを迎えての晩餐会も五日目となる。
カイは連日、昼間はセール伯爵家を訪れたが、夜にはアルブル侯爵邸に戻っていた。
テーブルには毎夜、贅を凝らした料理が並べられている。中でも目の前の海で採れた新鮮な刺身は、普段は内陸のキヨウで過ごす側近筆頭を喜ばせた。
マグロは赤身、中トロ、大トロと食べ比べ、淡白で上品な味わいのタイに、きずしと呼ばれるしめサバの、まろやかでとろけるような食感を楽しむ。
どれも酒に合うようで、カイは機嫌よく杯を進めていた。
アルブル侯爵は重い口を開く。
「それで、ニュアージュ卿、セール伯爵夫人とは話は順調ですかな?」
「ええ」
同席している他の人々も気になるようで、雑談を止めて上座を注目した。
カイは『セール伯爵家の呪い』について調べていたはずだが、その返答から結果はわからない。言葉少なに返され、侯爵はそこから先の会話に悩む。
会場中から視線を浴びても、カイは顔色をかえずに口を噤んだままだった。ジゼルもジッとカイの返事を待っている。
けれどアルブル侯爵も、カイが口を閉ざすなら無理には聞き出せなかった。第二王子の命令で噂の調査に来ているのだ。興味本位で立ち入れるはずもない。
それでも侯爵にとっては、セール家はこのキイ領の貴族。身内も同然だった。
下世話な勘ぐりではなく、領主として、困っているならば助けてやりたい。
「あの、よろしいでしょうか……」
なんとか話を繋ごうと試みるも上手い話題が見つからず、手をこまねいていると、うら若い女性の声が割って入った。
発言者に、晩餐に集まった全員の視線が集まる。
声を上げたのはまたもや、ブレットゥ伯爵令嬢ジゼルだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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