やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

文字の大きさ
213 / 218
第四話 王都次代編

4ー43 秋染まる季節の中で

しおりを挟む
 カイはキノカ市にあるセール伯爵家を訪れた。

 キノカはキイ市の東にある、ありふれた小さな街である。キイ市へと流れるキノ川を挟んで市街地が広がり、周りにはミカンやハッサクの果樹園が広がる。

 セール伯爵家は、街の中心からは少し離れたところに屋敷を構えていた。伯爵家の屋敷としては、標準的な大きさよりややこじまりとしている。その代わり庭は広い。
 貴族として栄華を誇るでもなく、キノカを治める伯爵家として堅実で慎ましい暮らしぶりが窺えた。

 ざっと庭を見渡せば、屋敷周囲の広葉樹は噂通りに枯れている。後一月もすれば赤や黄色に紅葉するはずだった木々は葉を落とし、無粋な木肌を剥き出していた。
 立ち枯れた太い枝にはカラスが止まり、侵入者であるカイの姿を黒い眼球に映している。

「ニュアージュ様、お待ちしておりました」
 音もなく玄関扉が開き、痩せて細面な執事がカイを出迎えた。

 執事に案内される屋敷の中は、ひどく物静かだ。片足を引きずって歩く執事の足音がズッ、ズッ、と廊下に小さく響く。使用人が次々と辞めていったと噂では語られていたが、その通りなのだろう。人の気配がしない。

 掃除は辛うじて行き届いているが、拭いきれないうら寂しさが屋敷を包んでいた。
 
 カイは黙然と、足の悪い執事の背中を見つめる。
 噂の真偽を確認し、もし事実なら詳しい聞き取り調査をしなければならなかった。

 日が陰ってきたのか、屋敷の中が薄暗く沈む。

 執事が応接室の扉を開ければ、この屋敷の女主人となったセール伯爵夫人エヴァが、第二王子の側近筆頭を待っていた……。


     ❖     ❖     ❖


 アルブル侯爵家での晩餐会は、五晩続いた。慣例ではなく、季節外れの客人に当主である侯爵が大喜びしたことと、第二王子の側近筆頭への過分な歓待のためである。

 侯爵の宴好きは今に始まったことではないので、キイ領の者はみんな心得ていた。
 主賓のカイが屋敷を留守にする昼間は、侯爵邸に招かれた貴族たちは夫人主催の茶会や若手貴族の集い、男性陣は狩りに興じたりと各々好きに過ごしている。

「ジゼル」
 どの集まりにも参加せず、屋敷の庭で物思いに耽けるブレットゥ伯爵令嬢を見つけ、アルチュール・キャトル・シヤンは遠慮がちに呼びかけた。
 ジゼルのそばにはミロン子爵令嬢ニコルとカナー子爵令嬢クララだけが、心配そうに寄り添っていた。

 庭のどこかに咲くキンモクセイの香りに、空気が色づく。秋の柔らかな木漏れ日に、結い上げた金の後れ毛が鈍く輝いていた。

 アルチュールはしばし目的を忘れ、絵画のように憂いを帯びた横顔に見惚れる。

「ルネ様……」
 一雫の涙が、ジゼルの頬を伝った。

 踏み出しかけた足が、力なく下ろされ、アルチュールは立ち尽くす。
 
 ジゼルははらはらと涙を流し、そのまま両手で顔を覆って泣き崩れた。
「ルネ様、どうして逝ってしまわれたの……」

 アルチュールは黙って踵を返した。
 そこにいる女性は、天真爛漫だった幼馴染の少女ではないのだと、その涙に思い知らされる。
 幼い日から彼が愛し、恋焦がれた少女は、もういない。

 ジゼルの生家ブレットゥ伯爵家が治める西ホロ郡と、アルチュールのシヤン伯爵家の東ホロ郡は隣接しており、両家には交流があった。
 年が近かったこともあり、アルチュールとジゼルは幼い頃からよく一緒に遊んでいた。

 明るく、よく笑う少女に恋をするのに時間はかからなかった。
 同じキイの伯爵家、将来は結婚できるのだと無邪気に信じていた。

 でもそれも、ジゼルが十八歳になるまでだった。
 六年前、社交界にデビューを果たしたジゼルは、そこで出会ってしまったのだ。

 ルネ・キャトル・セール。
 セール伯爵家の若き当主。その時二十五歳。陽だまりのような微笑が似合う、クリーム色の髪の美しい伯爵は、キイ領の女性の憧れの的だった。

 ジゼルは、一目で心を奪われた。

 それから、ジゼルは一途に伯爵を想い続けている。
 伯爵が死んでも、なお。

(セール伯爵はもういない。もういないんだ、ジゼル)
 アルチュールは声には出さずに、心の中で何度も叫んだ。
(あの人のことは忘れるんだ、ジゼル!)

 ルネ・キャトル・セールが亡くなって、早四ヶ月。ジゼルの悲しみは、いまだ癒えなかった。


     ❖     ❖     ❖


 カイ・トロワ・ニュアージュを迎えての晩餐会も五日目となる。
 カイは連日、昼間はセール伯爵家を訪れたが、夜にはアルブル侯爵邸に戻っていた。

 テーブルには毎夜、贅を凝らした料理が並べられている。中でも目の前の海で採れた新鮮な刺身は、普段は内陸のキヨウで過ごす側近筆頭を喜ばせた。

 マグロは赤身、中トロ、大トロと食べ比べ、淡白で上品な味わいのタイに、きずしと呼ばれるしめサバの、まろやかでとろけるような食感を楽しむ。
 どれも酒に合うようで、カイは機嫌よく杯を進めていた。

 アルブル侯爵は重い口を開く。
「それで、ニュアージュ卿、セール伯爵夫人とは話は順調ですかな?」
「ええ」

 同席している他の人々も気になるようで、雑談を止めて上座を注目した。
 カイは『セール伯爵家の呪い』について調べていたはずだが、その返答から結果はわからない。言葉少なに返され、侯爵はそこから先の会話に悩む。

 会場中から視線を浴びても、カイは顔色をかえずに口を噤んだままだった。ジゼルもジッとカイの返事を待っている。

 けれどアルブル侯爵も、カイが口を閉ざすなら無理には聞き出せなかった。第二王子の命令で噂の調査に来ているのだ。興味本位で立ち入れるはずもない。

 それでも侯爵にとっては、セール家はこのキイ領の貴族。身内も同然だった。
 下世話な勘ぐりではなく、領主として、困っているならば助けてやりたい。

「あの、よろしいでしょうか……」
 なんとか話を繋ごうと試みるも上手い話題が見つからず、手をこまねいていると、うら若い女性の声が割って入った。

 発言者に、晩餐に集まった全員の視線が集まる。
 声を上げたのはまたもや、ブレットゥ伯爵令嬢ジゼルだった。






 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖

 読んでくださり、ありがとうこざいます!

 4ー44 ジゼルの涙 は、1/14(水)21時頃に投稿を予定しています。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。 その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。 フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。 フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。 ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。 セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。 彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

「追放された雑用係の俺、《真理の鑑定眼》で隠れた天才を集めたら最強パーティになっていた」

きりざく
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男は、異世界に転生し《真理の鑑定眼》を授かった。 それは人や物の“本当の価値”、隠された才能、そして未来の到達点までを見抜く能力だった。 雑用係として軽視され、ついには追放された主人公。 だが鑑定眼で見えたのは、落ちこぼれ扱いされていた者たちの“本物の才能”だった。 初見の方は第1話からどうぞ(ブックマークで続きが追いやすくなります)。 評価されなかった剣士、魔力制御に欠陥を抱えた魔法使い、使い道なしとされた職業―― 主人公は次々と隠れた逸材を見抜き、仲間に迎え入れていく。 やがて集ったのは、誰もが見逃していた“未来の最強候補”たち。 鑑定で真価を示し、結果で証明する成り上がりの冒険が始まる。 これは、見る目のなかった世界を置き去りに、 真の才能を集めて最強パーティへと成り上がる物語。

拝啓。私を追い出した皆様へ! 化け物と噂の辺境伯に嫁がされましたが噂と違い素敵な旦那様と幸せに暮らしています。

ハーフのクロエ
恋愛
 公爵家の長女のオリビアは実母が生きている時は公爵家令嬢として育ち、8歳の時、王命で王太子と婚約して12歳の時に母親が亡くなり、父親の再婚相手の愛人だった継母に使用人のように扱われていた。学園の卒業パーティーで婚約破棄され、連れ子の妹と王太子が婚約してオリビアは化け物と噂のある辺境伯に嫁がされる。噂と違い辺境伯は最強の武人で綺麗な方でオリビアは前世の日本人の記憶持ちで、その記憶と魔法を使い領地を発展させて幸せになる。

【完結】儚げ超絶美少女の王女様、うっかり貧乏騎士(中身・王子)を餌付けして、(自称)冒険の旅に出る。

buchi
恋愛
末っ子王女のティナは、膨大な魔法力があるのに家族から評価されないのが不満。生まれた時からの婚約者、隣国の王太子エドとも婚約破棄されたティナは、古城に引きこもり、魔力でポーションを売り出して、ウサギ印ブランドとして徐々に有名に。ある日、ティナは、ポーションを売りに街へ行ってガリガリに痩せた貧乏騎士を拾ってきてしまう。お城で飼ううちに騎士はすっかり懐いて結婚してくれといい出す始末。私は王女様なのよ?あれこれあって、冒険の旅に繰り出すティナと渋々付いて行く騎士ことエド。街でティナは(王女のままではまずいので)二十五歳に変身、氷の美貌と評判の騎士団長に見染められ熱愛され、騎士団長と娘の結婚を狙う公爵家に襲撃される……一体どう収拾がつくのか、もし、よかったら読んでください。13万字程度。

処理中です...