やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー47 次代

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 薄く開かれた扉から覗くのは、クリーム色の長い髪。子ども特有の柔らかそうな髪は、ほんのり黄みを帯びている、めずらしい白金色だ。

 大きな薄茶の瞳がおびえと警戒、そして好奇心を宿してロワメールを見つめる。

「はじめまして、ルー」
「王子さま……」
 ロワメールが安心させるように微笑めば、扉がさらに開かれた。
 今ほど、王子と名乗って通用する自分の顔に、感謝したことはないかもしれない。

 絵本から飛び出したかのような王子の姿に、ルーは少女らしくキラキラと顔を輝かせていたが、ハッと我に返ると慌てて頭を垂れた。

「は、はじめまして。ルー・キャトル・セールです」
 たどたどしくも、きちんとした貴族の令嬢の挨拶である。

「ルー、あのね、ぼくは君とお話がしたいんだけど、いいかな?」
「ダメ!」
 ルーはロワメールの一言に、再びバタンッと扉を閉めてしまった。

「ルー!」
 これには、エヴァが小さく悲鳴をあげる。王族に対して、あまりに非礼な態度である。
 しかし、ロワメールは片手を上げて夫人を制した。

「ルーは人見知りをする?」
「いいえ。わたくしと違ってそのようなことは……」
 エヴァは右手で左腕を抱くと、きまりが悪そうに視線を逸らせる。

(なるほど……)
 二色の瞳が夫人を取り巻く噂の真相、その一端に納得を示した。彼女が初めてブレットゥ伯爵令嬢と会った時、冷たい態度だったのも、侯爵主催の社交界に顔を出さないのも、人見知りだから。
 
 そしてルーが人見知りでないとすると、扉を閉めたのにはなにか理由があるはずだ。

「ルー、どうしてダメなの? 理由を聞かせてくれるかな?」
 ロワメールは辛抱強く語りかけた。
 噂のように、継母が怖くて閉じこもっているようには見えない。

「ダメ! ダメなの! ルーに近寄っちゃダメ!」
 幼い声が、必死に訴える。
 ロワメールが顧みるも、夫人は首を横に振る。エヴァも理由はわかっていないようだった。それどころか、初めて聞いたかのように驚いている。

「どうして、ルーに近寄っちゃダメなの?」
「ルーが呪われてるから! ルーに近付いたら、王子さまも、お義母さまみたいに怪我しちゃうから!」
 ルーは涙声だった。

(なんてことだ)

『セール伯爵家の呪い』、その噂はこんな小さな子の耳にまで入っていたのだ。

(ルーは自分が呪われているから、数々の異変が起こったと思って……それで、誰も傷付けないよう、部屋に閉じこもっているのか)

 ロワメールは痛ましさに目を閉じる。口さがない噂に、ルーは自分のせいだと心を痛めていたのだ。
 
 誰もが言葉を失う中、黒いローブが前に進み出る。
 セツだった。

「ルー、聞け。それは呪いじゃない。魔力だ」
 セツは、扉の向こうにいるルーに訴える。

「……魔力?」
「そうだ。魔法使いの力……人を守るための力だ」
 扉越しに、息を呑む気配が伝わった。

「あなたはだあれ?」
「俺はセツ。魔法使いだ」
「魔法使い!?」
 その一言に、扉の奥でガタリと大きく音が鳴る。

「ルーを退治しに来たの!? ルーが悪い子だから!?」
 悲鳴にも似た声は、おびえていた。
 
「ルーのせいでお義母さまがケガをして、ルーがいっぱい物を壊したから……!」
 嗚咽の混じった声が、自らの罪を告白する。

「違う。ルーは悪くない」
「ルーが泣くとなにかが壊れるの! ルーは、ルーのせいで、誰かが傷付くのはもう嫌なの!!」

 どれだけ怖い思いをしたのだろう。
 自分の身の回りで次々と起こる、不気味な出来事。
 それを起こしているのが自分だと気付いた幼い少女は、誰も傷付けないために、部屋に閉じこもった。

 なんと優しい心根か。

 ルーの感情の高ぶりに合わせ、ガタガタと窓ガラスが揺れる。
 セツがそれを確認するかのように一瞥すると、ピタリと揺れが収まった。

「大丈夫だ。ルーはもう誰も傷付けない。俺が傷付けさせない」
 泣き声が漏れる出る扉の向こうに、セツは語り続ける。

「大丈夫だ。怖がる必要はない。もうなにも、悪いことは起きない。お前の力は、人を傷つけるためにあるんじゃない。人を守るためにあるんだ」
「でも、ルー、いっぱい物を壊しました。お義母さまも傷付けて……」
「それは、力が暴走しただけた。これからは、ルーの力が暴走しないように、俺が抑える。力の正しい使い方も教える。だから、もうなにも心配することはない」
「ほんとう?」
「ああ。約束する。ルーはもう、誰も傷付けない」

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと扉が開き、小さな女の子がおずおずと姿を現した。

 そこに現れたのは、人形のように愛らしい少女だった。長い睫毛に縁取られた薄茶の瞳は大きく澄み、小さい鼻は形が良い。サクランボのような唇は可愛らしく、子どもらしい丸い頬は滑らかだ。幼いながらに整った顔を縁取るクリーム色の長い髪は、緩やかに波打っている。
 大人になったら美人になると、十人が十人、口を揃えるだろう。

 カイによると、ルーの両親は父のルネも母のブランシュも、美男美女だったそうだ。ルーは、その血を余すことなく受け継いでいる。

 おびえたように、でも縋る眼差しで見上げる少女に、セツはすっと片膝を折った。

「ルーは、俺が守る」
「……本当?」
「ああ」
「本当? 本当に本当?」
「ああ。約束する」

 ルーの大きな瞳に、透明な涙が盛り上がる。
「絶対?」
「絶対だ」

 後ろからその姿を見守るロワメールには、セツがどんな表情をしているのかは見えない。
 それでも、胸に迫るものがあった。

「……確認のために、手に触れていいか?」
「確認?」
「ああ。ルーの魔力の色を確かめるためだ」

 少女は小首を傾げながら、それでも素直に片手を差し出す。
 セツはその手にそっと触れた。

 セツなら、たぶん触れなくてもルーの魔力の属性は感じているはずだ。
 それでも、たぶん、その手で確かめたかったのだろう。

「……セツ?」
 あまりに長い沈黙に、ロワメールが小さく名を呼ぶ。

 セツはギュッと目を閉じ、握ったルーの手に額を落とした。
「ああ……次代だ」 

 三百年待ち続けた次代を、ようやく見つけた瞬間だった。





 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


❖ お知らせ ❖

 読んでくださり、ありがとうこざいます!

 4ー48 ぼくが望んでいたことは は、2/11(水)21時頃に投稿を予定しています。




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